第52話エピローグ
自己を犠牲にする魔法らしく、神々しいまでの暖かな光が俺とアーバインを包み込む。
『ぎぃやああああああ!』
「ハアハア……」
魔力枯渇のため、再び立っていられなくなりガクリと膝をつく。
手加減スキルは本来、相手も自分も軽微な損害しか与えない。
魔力の枯渇もある意味「軽微な損害」なんだな。何故なら、肉体的には何ら傷を負ってないんだもの。
魔力は休めば回復するし、ぐっすり寝たら全快する。
だが、それはあくまで肉体を持つ場合だ。
俺の予想が正しければ……アーバインは――。
奴の体が希薄になっていく。
「予想通りか。お前は実体を持たないんだろう? だって、実体は俺たちが滅したからな」
『うひゃひゃひゃ。まさか、私の魔力を全て持っていくとは……予想外です! いいでしょういいでしょう、眷属たる貴方に託しましょう!』
「託さなくていいから消えろ」
『すでに「開いて」いるのです。私の目的はあと一歩でした。そう……あと一歩だったのですよおおおおお』
その言葉を最後にアーバインは消滅する。
「何とかなったか」
ふうううと大きく息を吐き出す。
少しばかり休めば動けるようになるだろ……。
「バルトロ―」
勢いよくプリシラが俺の胸に飛び込んできた。
「うわっぷ。魔力切れで動けないんだからな……」
「わたしは少しだけ回復したよー」
「おう。俺はもうすっからかんだ」
「えへへー」
「こらー。これ見よがしに張り付くんじゃねえ」
「だってー。バルトロが頑張ったからご褒美だよー」
プリシラに口を塞がれる。
いや、それ自分がやりたいからやってるだけだろ?
こうなると、ほらやっぱり。
突き刺さるような視線を感じるだろ?
「ぷはー。すまん、イルゼ。引き離して……どうした!?」
「バルトロ殿、あれを」
イルゼの指先がワナワナと震えている。
覆いかぶさるプリシラがいるから何も見えねえ。
彼女に肩を貸してもらい前を向く。
「な、何だと……何だこれは」
アーバインが開いた穴は未だ健在だった。
あいつは言っていた「あと一歩」ってさ。
そう、異界の口は開いていたんだよ。アーバインを倒したからといって開いた口は閉じない。
奴は残すは「仕上げだけ」と言っていたんだ。
仕上げが何かは……この穴を広げることなのか、こっちの世界を吸い込むことなのか詳細は不明。
だけど、このままこの穴を放置しておくわけにはいかなさそうだぞ。
穴から紫色のドロリとした液体がどんどん漏れ出してきているのだから。
緑の床に触れた紫色の液体は、しゅうしゅうと煙をあげ床の色を緑から群青色へと変色していくではないか。
本能が叫ぶ。
こいつはやべえもんだって。
「プリシラ。イルゼ。逃げろ!」
「しかし、バルトロ殿」
「だめだよー」
「俺が何とかする!」
首を左右に振る二人に対しカッコよく言い放つ。
言葉とは裏腹にプリシラに肩を借りているんだけどな……。
彼女の肩から体を離すと、膝がガクガクとして腰を落としそうになるがグッと堪えた。
「もうフラフラではないか」
「大丈夫だって。イルゼに借り受けたこれを使わせてもらう」
「……そ、それは」
何故か顔を赤らめるイルゼだったが、すぐに「使ってくれ」と俺から目を逸らし呟く。
小瓶を懐から取り出し、きゅぽんと栓を抜いた。
この中に入っているのはエリクサー……だとイルゼから聞いている。
本物であってくれよお。
祈るような気持ちで中の液体を飲み干す。
よおおおっし。
きたきたあああ。
体に魔力が満ちて来る。
「これでもう大丈夫だ。ここは俺に任せろ」
「分かった」
「だけどー」
「私とプリシラもここで待機する」
「うんー」
イルゼとプリシラが笑いあい、俺の後ろに回り込んだ。
仕方ねえなあもう。
だけど、彼女らが俺の帰りを待つなんて姿も似合わないか。
「しかし、バルトロ殿、手はあるのか?」
「手は……これから探す」
最もなことを言うイルゼに応じつつ、目を閉じた。
可能性はある。
俺は今「アーバイン」を手加減スキルの対象にしている。奴自身は消滅したが、手加減スキルの効果は後三十分続くのだからな。
アーバインは「開いた」。なら、俺は「閉じる」ことができるはずなんだ。
焦るな。
冷静に膨大な情報を処理しろ。
「これだ。行くぜ。頼む、俺を両側から支えておいてくれないか?」
「うんー」
「了解した」
プリシラが右からイルゼが左から俺をしっかりと支えてくれる。
深い集中状態に入り、体内の魔力を一点に集中させていく。
右手を穴に向け突き出し、告げる。
「深淵なる扉よ。今こそあるべき姿に戻るがいい。アルティメットマジック エンデ」
右手の手のひらからガリガリと魔力が持っていかれ膝がガクンと落ちるが、二人が両側から俺を引き上げてくれた。
手から伸びた淡い青色の光が穴へまとわりつき、壁を修復するように穴が小さくなっていき……光が消えると共に穴も姿を消す。
残ったのは、一部漏れ出し床を変色させた残骸のみ。
これだけなら、大した影響はないだろう。床を変色させただけで、これ以上何か起こる気配もないからな。
「これで完了だ。戻って回復したら、こいつを切り倒そう」
「やったな! バルトロ殿」
「すごーい!」
◇◇◇
あれから一週間が経つ。
昨日ようやく新居が完成して、グレンとピピンを招待し朝を迎えたところだ。
「しっかし、巨大な蔦だなあ」
「そうだな……」
グレンと横に並んで上を見上げる。
天にも届かんばかりの巨大な蔦は今も健在だ。
切り倒そうと思っていたんだよ。俺の矜持にかけてな。
だけどさ……。
「アレにエリクサーの実が成るんだって?」
「そうなんだよ……誠に遺憾ながらな」
「エリクサーと聞いてしけた面するのはお前さんくらいだぞ」
ガハハと豪快に笑い、俺の背中をバンバン叩くグレン。
異界の紫色の液体を被った床からさ、若木が生えてきてそこに小さな実が成ったんだよ。
そいつがなんとエリクサーの蜜を含んでいて……切り倒すに切れなくなっちまったってわけだ。
切り倒すかかなり迷ったけどな……。
「バルトロ―。アミーゴが来たよー」
「え、マジか……」
イルゼの奴めええ。馬鹿正直に事実を語りやがったな。
事の顛末をイルゼパパに伝え、巨大な蔦のこととか世間的に不問にしようと工作したのがいけなかった。
いや、イルゼパパは俺が考えてた以上に「仕事」をしてくれたんだよ。
王都からここは「魔境」として認定され、巨大蔦を見ようとする観光客とかも来る可能性がなくなった。
ここは断じて「魔境」なんかじゃなく、俺の農場なんだけどな。だけど、背に腹は代えられない。俺が静かに暮らすために必要なことと割り切った。
だが、イルゼはエリクサーのことまで伝えたらしい。
彼女の家は代々直属の子供たちはエリクサーを渡される。これだと思った人にエリクサーを渡すのだそうだ。
俺は開いた穴を塞ぐためにエリクサーを飲んだ。イルゼが持っていたエリクサーをな。
「アミーゴ!」
やべえ。
イルゼパパがこっちに向かってきているじゃねえか。
彼の少し前には申し訳ないって顔をしたイルゼも一緒だ。
「プリシラ、逃げるぞ」
「おー」
ぴゅーっと口笛を吹くと、グアッガがこちらに駆けてくる。
ひらりとグアッガに乗るとプリシラが俺の背中に張り付く。
「バルトロ殿!」
「イルゼ!」
浮き上がりはじめたグアッガに向けイルゼが跳躍する。
俺はがっしりと彼女の手をつかみ、自分の元へたぐりよせた。
すとんと俺の前に収まったイルゼも乗せ、グアッガは空へと飛びあがる。
「よおおし。このまま散歩しようじゃないか」
「おー」
「了解した」
巨大な蔦の脇を抜け、自分達で作った湖を見下ろす。
ひゃー。風が気持ちいいぜ。
明日も農作業に精を出すことにしよう。
プリシラとイルゼと笑いあい、グアッガが速度をあげる。
おしまい
俺の畑は魔境じゃありませんので~Fランクスキル「手加減」を使ったら最強二人が押しかけてきた~ うみ @Umi12345
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