俺の畑は魔境じゃありませんので~Fランクスキル「手加減」を使ったら最強二人が押しかけてきた~

うみ

第1話 俺、この仕事が終わったらファーマーになるんだ

「オーバードライブ。降臨せよ。絶対聖域ザナドゥ」


 王国最強の女騎士が何を思ったのかとんでもない魔法を発動する。

 俺は「雑草を引き抜く」と言ったよな? それがどうして!

 ぐ。間に合えよお。

 

 脳内に問いかけ、最適な魔法を選び出す。

 

「マキシマムマジック。無に帰せ。黒の衝撃ダーク・インパクト


 ザナドゥの柔らかな光は深淵から噴き出る黒の染みにかき消された。

 ハアハア……。


「すごーい。バルトロー。黒の衝撃ダーク・インパクトにマキシマムー」

「地獄の門が開いたかと……肝が冷えた」


 俺の名を呼び嬉しそうに両手を叩いて跳ねる、ふんわりとした薄紫の髪を靡かせる魔族の少女。

 一方で女騎士は愕然と膝を落とした。

 対称的な二人であったが、俺に彼女らをゆっくり眺めている余裕はない。

 

「ま、魔法はいいから。普通に雑草をこの手で引き抜く。これが一番なんだ」


 中腰になり、むんずと雑草の束を掴む。

 軽く力を入れるだけで雑草は根っこから引き抜かれた。


 こんなことになるなんて、ほんの一週間前には想像もできなかった……。

 きっかけはそう。使えないと思っていた「手加減」スキルで窮地を切り抜けてからになる。

 あの日から俺の生活は一変したんだ。


 ◆◆◆


 耳をつんざく凄まじい咆哮に体がビリビリと揺れる。

 ぽかぽか陽気の元、小高い丘に広がる真っ白な花畑をのんびりと眺めていた。

 護衛対象の子供たちと引率の女性、同僚の友人とまったりとした昼下がり。

 しばらくゆっくりとしてから、街へ帰るつもりだった。

 そのつもりだったんだ――。

 

 空から舞い降りた怪鳥によって静かな時は突如、終わりをつげる。


「逃げろ!」


 叫ぶ。

 あまりの出来事に固まる子供たちと引率の女性は、俺の叫びにようやくハッとしたようにワナワナと震えはじめた。

 

「グイン! 頼む! 彼らを連れて逃げてくれ!」

「し、しかし。お前さん……」

「『約束』しただろう。だから、大丈夫だ」


 精一杯の虚勢を張り、後ろへ向けて声を張り上げる。

 歳の離れた友人は未だ戸惑ったように困った顔をするばかり。

 

「俺はこれでも『スキル持ち』なんだぜ。だから、逃げろ!」

「お、お前さんのスキルはFランクなんだろう……」

「なんとかするさ。約束したじゃないか。畑を見てくれるって。だから死なない」

「お、おう……だ、だが」

「早く! 間に合わなくなる!」


 案に全滅を示唆すると、友人のグインは子供たちを抱え、引率の女性の手を引き進みだす。

 ホッと胸を撫でおろすが、俺自身の状況が変わったわけじゃあない。

 確かに俺は五百人に一人しか持たない産まれついてのスキル持ちだ。だけど、スキルランクは最低のF。

 つまり、役立たずのスキルと判定されている。

 

 対峙するは巨大な鳥。

 全長およそ二十メートル。鶏に似たトサカを持ち、くすみがかった灰色の羽毛を持つモンスターだ。

 レベルを確認してもいいけど、恐らく百近くあるだろう。

 少なく見積もって俺の倍はある。とてもじゃないが、まともに戦って勝てる相手ではない。

 

 ――クエエエエエエエエ!

 怪鳥は俺を睨みつけ、嘴をパカンと開き叫ぶ。

 もうこれだけで、倒れ込みそうになる勢いだよ……。

 ガクガクと膝が震えるが、彼らを救いたい一心でなんとかその場に踏みとどまる。

 

 これまでずっと堅実に無理をせず冒険者をやってコツコツとお金を溜めて来た。

 それが最後の最後になってこんなことになろうとは。

 でも、人を助けて死ぬのならそう悪くはないのかもな。

 

 自嘲し剣の柄に手をかけるが、引き抜く気力を奪うほど奴から圧力を感じる。

 

「一か八かやってみるしかねえ!」


 ただでは死んでやるものか。

 稼げるだけ時間を稼ぐ!

 故に使えるものは全て試してやる。

 

 両の拳を胸の前で打ち合わせ、目を瞑る。

 

「発動せよ。『手加減』スキル」


 求めに応じ、拳から海の青のような光が迸り、すぐに光が消えた。

 おや、さっきからずっと感じていた苛烈なまでの圧力を感じなくなっている?

 

 不思議に思うも、事態が考えることを許さない。

 怪鳥を真っ直ぐに睨みつけ、腰の剣を引き抜くと共に背中の盾も手繰り寄せる。

 

『クエ……』


 半歩。

 こちらから前に出ると奴は翼を大きく広げ威嚇の体勢をとった。

 その様子は上位者が見下ろすようなものではなく、最大限の警戒を払うように見て取れる。

 

 ま、まさか。

 手加減スキルがこいつに対して発動した?

 視線を奴から逸らさず、心の中でステータスと念じる。

 

『名前:バルトロメウ・シモン

 種族:人間

 レベル:九十八

 状態:手加減』

 

 う、うお。

 見たことのないレベルにまで俺のレベルが上がっているじゃないか!

 こ、これならいける。

 

 しっかし、こいつ……強い強いと思ったが、レベルが九十三もあったのか。

 災害クラスのモンスターがこんなのどかなところに現れるなんて、酷い現実だよ。

 

「飽きるまで相手をしてやる」


 手加減スキルが発動したのなら、こっちのものだ。

 現金なもので悲壮感はまるで無くなり、とんでもない力を持つ怪鳥へ向け薄っすらと笑みを浮かべる。

 

 ――クエエエエエ!

 咆哮をあげ、勢いよく翼をはためかせると暴風が俺へ襲い掛かって来た。

 ヒュンヒュンと風切る音を立て真正面から暴風が俺にぶつかるけど、髪の毛が数本切れた程度の被害しか俺に与えない。


「カマイタチだったのか……」


 スキルが発動していなければ、これで体がバラバラになってこの世とおさらばしていたところだった……。

 背筋に寒いものを感じるが、自分の体の様子を確かめている間にも奴は高く飛び上がってしまった。

 

 このまま去ってくれるといいんだけどなあ。

 

「って、やっぱりそうはいかねえか!」


 俺に向けて奴が嘴をパカンと開き、力を溜めているじゃあねえか。

 一体何者なんだ? あいつは。

 

 空を攻撃する手段なんて持ち合わせていない。なので、待ち構えることしかできないから、奴のステータスを見ることにした。

 

『名前:クアクア

 種族:ロック鳥

 レベル:九十三

 状態:空腹』

 

 ……。

 あれが、ロック鳥だと!

 規格外ってもんじゃないぞ。ロック鳥は確かに危険度Sクラスのモンスターだ。

 だけど、ロック鳥が脅威なのは巨大だから。巨体から来る強烈なかぎ爪と脚での攻撃は人間じゃあ一たまりもない。

 レベルはおよそ七十後半ってところ。

 ところが、こいつはレベル九十三。伊達にネームドじゃねえってことか。

 

 来る!

 奴の口元に稲光がチカチカと走り、極太の帯状をした閃光が放たれた。


「う、うおお」


 盾を頭の前に構え、腰を落とす。

 次の瞬間、盾に衝撃を感じた。

 だけど、体が持っていかれるほどではない。足に力を入れれば十分凌ぐことができるくらいだ。

 

 光が消え去り、目が慣れてきたら周囲の光景に腰を抜かしそうになる。

 

 一面の花畑が荒地に変わっていた……。

 な、何という威力!

 

「今ので相当力を使ったようだな」


 ニヤリと口元をあげ呟く。

 その証拠に奴は空から地に降り立ち、俺と対峙しているのだから。

 

 あれだけの巨体だ。飛ぶのにはそれなりに体力を使うはず。

 先ほどの閃光によって奴も地面に降りざるを得なくなったってわけだ。

 

 剣が届く位置に来た。

 なら、こちらから行こう。

 

 足先に力を込め跳躍するように前へ踏み出すと、普段の自分からは想像できないくらいの速度で体が動く。

 対する奴はスピードにも翻弄されず、愚直に真っ直ぐへ進む俺へ右脚を蹴り出して来た。

 

 奴の脚に合わせ左の頭上へ盾を向ける。

 本来なら俺の腕ごと千切れ飛ぶほどの威力なんだろうが、腕の力だけで奴の脚を凌ぎ切った。

 進む足を止めず、そのまま奴の懐へ入ると真上に跳躍。

 剣を天に突き上げ、くるりと体を回転させ横なぎに奴の左足を切り裂く。

 

 だが剣は奴の皮膚を傷つけずには至らず、澄んだ音と共に弾き返されてしまった。

 

 うん、まあ、そうだろうな。

 手加減スキルが発動中だし。

 

「う……」


 さすがレベル九十三のモンスター……今の一撃だけで剣が欠けて……。

 く、くう。結構なお値段がしたってのに。

 

 これ以上、剣が破損したらたまらない。

 

 ――カラン。

 投げ捨てた剣が子気味良い音を立て地面に転がった。


 目の前でふざけた行動を取る俺の隙を見逃す怪鳥ではなく、またしても右脚が俺を踏みつぶそうと襲い掛かって来た。

 一方で俺は両手を頭上にあげ、手のひらで奴の脚裏を受け止める。

 

 たかが矮小な人間が巨体の全力の踏み込みに耐えきってしまう。

 それどころか――

 

「うおおおりゃああ」


 左に向け腕を振ると、怪鳥の右脚が俺の左側の地面を踏む。

 

 ◆◆◆

 

 怪鳥の足元に張り付き、攻防を繰り返すことおよそ十分。

 俺も怪鳥もかすり傷程度しかダメージを受けていない。

 

 よっし、これだけ引きつければもうグレン達はかなり離れたところまで逃げてくれたはずだ。

 あとは、どうやってこいつから逃げ出すかだな。

 

「くあくあ。お散歩はもうおわりだよー」


 怪鳥の足元にいる俺からは姿を確認できないが、気の抜ける若い女の子の声が俺の耳に届く。

 

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