第14話 そらのたび

 絨毯や! ふかふかの絨毯が敷かれているぞ。

 汚れた靴のまま進んでいいのか躊躇しつつも、プリシラが「わーい」とはしゃいでいたから慌てて追いかける。

 

「お、おい。そんなに走ったら誰かにぶつかる」

「えー。大丈夫だよー」


 顔を後ろに向けたままスキップを踏み進むプリシラ。

 確かにここは天井が高い広いロビーだけど、遮蔽物が無いわけじゃない。

 椅子とテーブルが置かれている場所は衝立が置かれていて、お客同士がゆったりとすごせるように配慮がなされている。

 

 あ、ほら。言わんこっちゃない。

 衝立の影から出てきた人とプリシラがぶち当たった。

 

 プリシラの頭が出て来た人のぷるるんとした双丘をぽふんと押す。


「あ、すいません」


 なんで俺がと思いつつも、すかさず謝罪の言葉を述べる。

 

「いや、こちらも見ていなかった」

「イルゼ―」

「っと。プリシラとバルトロ殿か」

「うんー」

「こ、こら。擦り付けるな」

「鎧は着てないのー?」

「だから顔を……今は非戦闘時だからな」


 プリシラの頭の動きにあわせて、クッションが形を変えて……。

 言うことを聞かないプリシラに対し、イルゼは彼女の頭をぐわしと両手で掴み引き離した。

 

「イルゼ。気を使ってくれてありがとうな」

「いや、私も街でやることがあった。明朝、バルトロ殿に付き合って欲しいのだが」

「あ、ああ。そうだった。服を見に行く約束をしていたよな」

「そうだ。農作業のことはよく分からない。バルトロ殿、エスコートを頼む」

「分かった。とっておきの農具屋に案内するさ」


 それなら俺もついでに農具を見ようかなあ。

 わくわくしてきたあ。

 鋤とクワも一本しかないし、予備や二人が使う分もいるしなあ。あ、そうそう。紐や網なんかもいるよな。

 えっと、あとは……。

 

「ばー」

「……な、なんだよ……」

「あははは。驚いてるー」

「そ、そら。いきなり顔が目の前にあったら驚くって」

「難しい顔で何か考えてたから―」

「そ、そうだな。つい熱くなってしまっていた」

「明日はギルドの依頼じゃなかったのー?」


 お、そうだった。

 農具のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていたぜ。

 俺としたことが……。


「そ、そうだ。イルゼ、ギルドで依頼を受けて来たんだよ。買い物の後から動こうか」

「荷物が増えてしまう。それなら依頼をこなした後の方がよかろう」

「そ、そうか……」


 く、くう。

 お預けになってしまった……。イルゼの言うことはもっともなんだけど、致し方ない。

 

「そこのソファーで話を聞こう」

「分かった」


 ◆◆◆

 

 ふかふかのソファーに腰かけると、ビシッとした黒服を着た男がすぐにやってきてメニューを置いて立ち去る。

 チラッとお値段を見てみたら、さっきの酒場で食べた料理全てくらいの価格がびっしりと書かれていた……。たかがドリンク一杯だぞ。

 

「気にせず頼んでくれ。この宿は聖騎士なら無料なのだよ」

「ほ、ほう」


 すげえな聖騎士。無料で宿に泊れて飲食ができる。

 少しだけ聖騎士に憧れてしまった。

 だが残念だったな、俺は農業の方が百倍好きだ。

 聖騎士に成れもしないのに偉そうに心の中で思う俺であった。

 

 基本的にお金は俺が出すつもりだったけど、無料とあればイルゼに甘えることにしようかな。

 

「注文は適当で。さっそくだけど、依頼の事について話をしたい」

「分かった」

「郊外の行方不明者の中にアルゴリア遺跡に連れ去られて者がいるらしい。だけど、アルゴリア遺跡まで行って真相を掴んだ者はまだいない」

「何! 無辜の民を攫うなど、不届きな奴らだ! 今すぐこの私が成敗してくれよう。この剣に誓って!」

「だああ。待て、待て」


 いきなり立ち上がり、剣を抜こうとするもんだから慌ててイルゼの肩を掴みソファーに座らせた。

 分かっていたけど、彼女はかなり直情的だ。

 もうちょっと事の次第を調べてからとか思わないんだろうか……思わないんだろうな……。

 

「何をする! すぐに行かねばならぬだろう!」

「まず大前提として、アルゴリアの件があろうがあるまいが行方不明者が出ていることは分かっているよな」

「もちろんだとも! 嘆かわしいことだが、モンスターや野盗は滅しても次から次へと湧いて来るからな」

「だから、落ち着け。俺を睨んでも仕方ないだろ」


 もういっそ説明しない方がいいかもしれない。

 万が一、情報が誤っていた場合はそれはそれでよし。「人さらいはいなかった。完結、おめでとう」でいいや。

 彼女もプリシラも実力は折り紙付き……いや、人智を越えるから、彼女らが危機に会う事はないだろう。

 力を振るう場面だけ協力してもらえばいい。

 そもそも、これは俺が金を稼ぐために受けた依頼だしな。協力してくれることに感謝しないと。

 

「それで、いつアルゴリアに立つのだ?」


 やっぱりこうですよねえ。

 話を聞く気はさらさらないらしい。ま、でも、これはこれで良い。余計なことに気を回さずに済む。

 

「今すぐでもいいぞ」

「そうだな。急ぐ方がいい」


 もういいや、またループするしそれならとっとと行った方がいい。


「じゃあー。くあくあで行こー」


 俺とイルゼの手をプリシラが引っ張る。

 

 ◆◆◆

 

 高級なドリンクを飲まずに宿を後にした俺たちは、真っ直ぐに街の外へ向かう。

 街が遠くなったところで、プリシラがぴゅーーーっと口笛を吹くとすぐにロック鳥のクアクアが空から姿を現した。

 

『くあああああ』


 サイズがサイズだけに鳴き声もうるさい!

 鼓膜がびりびりくる。

 

 プリシラに続き、ぴょんとクアクアの背に乗りイルゼを上に引っ張り上げた。

 

「じゃーいこー。くあくあー!」

『ぐあっが!』


 おどろおどろしい地の底から響くような咆哮を出したくあくあがばっさばっさと翼を羽ばたかせる。

 ふわりと彼の体が浮き上がり、俺たちごと空へと舞い上がった。

 

「お、おおお! 空だ!」


 初めてみる空の景色に感嘆の声をあげる。惜しむらくは、自分の体を支えるために握っているトサカの感触くらいだろうか。

 ぶよぶよして気持ち悪い……。

 

「アルゴリアはあちらだ」


 イルゼがその場で立ち上がり、背筋をぴしっと伸ばして細い指先を右に向ける。

 

「おー」


 アルゴリア遺跡までは彼女に任せておいて大丈夫だな。

 俺は情報の整理を行うとしよう。

 腰のポーチからメモ帳を取り出し、ページを捲る。

 うーむ。片手だとやり辛いな。

 

 頑張ってメモ帳を見ようと首を捻るが……暗くてよく見えない。

 それに、吹き抜ける風が強すぎてメモ帳が飛びそうだ。


「仕方ない。着いてからにするか」


 諦めた俺は出したばかりのメモ帳をポーチに仕舞い込んだ。

 ランタンの灯りがあれば、メモ帳を読むに支障がないからな。ここじゃあ、明かりも灯すこともできないし。

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