最終話 いつか、君たちが大人になる日に

 ベルは一人、静かな湖の水面に寝転がって、無数の星と赤い月が輝く夜空を見つめていた。かつては闇しかなかった空に溢れる光は、孤独な彼を穏やかに照らす。心地よい静寂に包まれて、ベルは睡魔に襲われ目を閉じた。これでしばらくは誰にも邪魔されずに眠れる、と思ったその時。


「また貴方はこんなところで眠ろうとして! いい加減にしてくれませんか」

「ベル、いつも思っていたのだけれど、ここに来てまで寝ようとするのはどうかと思うよ?」


 聞き覚えのある声に、ベルはうんざりと目を開く。そこには呆れ顔のダンと苦笑いするグリュックがいた。


「うるさい、こうでもしないとゆっくり昼寝もできないんだ。現実世界では誰かしら私を叩き起こしに来る」

「そもそも君が重要会議をことごとくすっぽかすのがいけないんじゃないかな?」

「あんなもん出る意味ない、私の財産目当てで媚を売ってくるやつと、地位目当てで蹴落とそうとしてくるやつと、とにかく私が気に入らなくて嫌がらせをしたいやつ、どれかしかいないんだからな」

「それは気の毒ですが、だからといって毎回現実逃避してこないでください。代償が軽いからって軽率にやるべきものではありません」


 ベルの現実逃避の代償は、逃げた現実の深刻さに比例して大きくなる。昼寝を邪魔する現実から逃げるための代償は、耐え難いほどの空腹に襲われる、程度のものだった。ダンにたしなめられて、ベルは仕方なく起き上がる。


「分かったよ、大人しく会議に出てくる」

「あ、待って、ベル」


 ため息をついて現実に戻ろうとするベルを、しかしグリュックが引き止めた。


「せっかくだし、最近の君たちの様子を聞かせてくれないかい? 今日は会議サボってもいいから」

「別にいいが、ダンに聞けばわかるだろう?」

「君の口から聞きたいんだよ」


 キラキラと輝く瞳で頼まれて、ベルは断るに断れない。会議をサボれるならなんでもいい、ということもあり、ベルはグリュックの頼みを聞き入れた。


「分かった。何が聞きたいんだ?」

「じゃあ、まず君のことから。王都での貴族暮らしには、もう慣れた?」


 その問いに、ベルは自嘲気味に肩をすくめる。


「全然」

「あはは、だろうね」


 全てが終わった後、ベルはランたちによって国王の元に連れて行かれた。そして、ベルが行方不明だった三大貴族の一つ、シュテルンツェルト家のたった一人の生き残り、ベルモンド・シュテルンツェルトそのひとであると正式に認められた。王家は国の発展に代々多大な貢献をしていたシュテルンツェルト家の財産を、一族のほとんどが殺されて十年経った今でも保護していたのだという。そして、その地位と財産は全てベルの元に返された。


 ベルは地位も財産も全く興味がなく、その受け取りを拒否しようとした。けれど、国王にその財産をどう使うかは君の自由だ、と言われて、ベルは考えを変えた。緋色の王様が起こしたあの悲劇は、王都では空から謎の流星群が落ちてきた天災だということになっている。その復興で王城の有力者たちはてんやわんやで、城壁が壊れて自由に王都に入れるようになったスラムの人々への対応はほとんど考えられない状況だった。


 もし、自分に地位と財産があれば、スラムの有様を変えられるかもしれない。ベルはそう考えて、貴族としての地位を受け入れることを決めた。ただ、何をするにも周りの貴族やお偉い方の反発と嫌がらせを受ける日々にベルは疲れて、頻繁に昼寝場所を求めて現実逃避をするようになった。


「使用人は雇ったかい?」


 グリュックに問われて、ベルは一人で暮らすにはあまりに広すぎるシュテルンツェルト邸を思い浮かべる。


「いいや。雇ってないし、これから雇う気もない」

「え。あの広い屋敷、手入れするのがどれだけ大変か分かっているんですか」

「う」


 ダンの指摘に、ベルは苦い顔をした。十年間空き家だったシュテルンツェルト邸は王の指示で常に手入れがされていて、住み始めたばかりの今は美しく保たれていたが。今後は自分で手入れをしなければならないと思うと、憂鬱な気分になる。


「それでも、使用人は雇わない。信用できないから」


 十年前、家族を皆殺しにしたのは何年も仕えてくれていた使用人だった。あのときと同じ目には遭いたくない。そんなベルの内心を理解し、グリュックは悲しそうな顔をした。


「そっか。いつか、君が信頼できる誰かに出会えることを、願っているよ」

「……そんな日がくるとは思えないけれど、気持ちは嬉しい。ありがとう」


 しばし、なんとも言えない沈黙が流れる。一番最初に耐えられなくなったのはダンだった。彼は咳払いをすると、手振りでグリュックに次の質問を促す。


「あの後、ソルとは上手くいっている?」


 ベルは複雑そうな顔をした。少し答えに悩んだ後、自信なさげな声を出す。


「分からん。私とあいつの間にある信頼関係は変わらないけれど、ただ……」



※※※



「助けてくれて、ありがとう。ベル」


 七年間も離れていた我が家の自室のベッドに横たわりながら、ソルはベルの目を見ずに告げた。


「でも、これから先も俺は同じことをするよ。今回は目的を見失って暴走したけれど、次は上手くやる。ベルを傷つけるやつは、俺が何をしてでも排除する。そうじゃなきゃ、奪い取られるのはベルの方だから」


 ベルはその言葉に何かを言おうとして、そして何も言えなかった。この件に関して、ベルは自分が何を言っても意味がないような気がしていた。


 ソルの言う《ベルのため》は、ソルが側にいて、笑ってくれればそれでいいと願うベルのためにはならない。けれど、それを指摘してベルがソルの行為を否定することは、ソルにとってきっと大きな傷になるのだろう。


 互いに思いやり、その幸せを願いながら、決して埋められない溝が消えることはない。それはある意味、ソルの払った代償なのかもしれなかった。


「それでもベルは俺の側にいたい? 俺が側にいてくれれば幸せだ、なんて言える?」


 そう問いかけられて、ベルはソルが目を合わせてこない理由が分かった。彼はため息をつくと、ベッドに横たわってそっぽを向くソルの体を転がして無理やり自分の方を向かせた。


「言える。私は他人を信用できない。この王都で信じられる相手は、ソルとランとブラッディだけだ。だから、お前が側にいてくれることは何より心強く、幸せだと思うよ」


 既に涙で顔をぐちゃぐちゃにしたソルの瞳が金色であることを確認して、ベルは安堵する自分に気づく。《神様》なんかになったソルを受け入れることは出来ないが、彼が彼のままでいる限り、その困った性質も含めてベルは受け入れられた。


「だから泣くな、ソル。そんなんじゃキティの心は射止められないぞ」


 その言葉に、ソルはベッドから飛び起きる。


「え? キティはその辺にいるんじゃないのか?」


 キティは当然側にいるだろうと思い込んでいたソルは、ベルに告げられた事実に目の前が真っ暗になった。


「キティはスラムに帰った。ソルとはもう会う気は無い、今までありがとう、と伝えてくれと頼まれた」



※※※



「私も、てっきりキティはソルの側にいるんだと思っていたよ」


 グリュックはベルの話に驚き目を丸くした。ダンは少し思うところがありそうな顔で付け加える。


「彼女は聡明な人ですから。自分のいるべき場所を、しっかり見据えているんですよ」

「そうなんだ? 聡明な人という話について詳しく」


 珍しく人を褒めるダンの言葉に食いつくグリュックを横目に、ベルは最後に見たキティの姿を思い浮かべていた。



※※※



「あたし、スラムに戻るね」


 ソルが生家のルス家の屋敷に運び込まれるのを見送って、付き添いに行こうとするベルにキティはそう声をかけた。


「なぜ? 生まれがどうとかいうなら関係ない、お前はあんなにソルを大切にしているんだ、あいつの家族も看病を認めてくれるはずだ」


 けれど、キティはゆっくりと首を振る。その顔つきは、ソルの後ろをついていくばかりだった頃とは随分違っていた。キティは強く、美しく、そして少し大人びた、思わずどきりとするような笑顔を浮かべる。


「そうじゃないんだ。ソルにはきっと、あたしは必要ない。当然だよ、あたしはソルに守られるだけ、後ろをついていくだけのお荷物だったんだから。

 今、ソルの家に着いていったら、きっとあたしは今までと同じお荷物になっちゃう。でも、それはもう嫌なんだ」


 彼女は、この惨劇が収まったことに喜び、安堵する人々がまだ思い至りもしていないような、ずっと先を見据えているようだった。城壁のあった方向を真っ直ぐに見つめながら、彼女は自分の決意を語る。


「きっとこれから、スラムは大きく変わっていく。城壁がなくなったことは、きっと良いことも悪いことも引き起こすんじゃないかな。

 だから、あたしはスラムが良い方向に行くように、自分の手で未来を作りたい。成り行きに任せるのではなく、誰かに指示されるのでもなく、自分たちが願う未来を、自分たちが作るんだ。

 そう思っている人はきっとたくさんいる。あたしたちはその人たちと一緒に、これからの戦いをしにいきたい」


 そこで、揺るぎなかった彼女の瞳がキラリと潤む。空に輝く太陽を見つめながら、それでも彼女は笑って告げた。


「だから、さよなら、ソル。あたし、ソルが大好きだった。もうあんな化け物に取り憑かれたりしないで、幸せになってね」


 そして彼女はベルにソルへの伝言を託して、スラムへと戻っていったのだった。



※※※



「でも、多分ソルはキティを諦めないと思う。実際、もう何度もあいつはスラムにアタックしにいってる。一度も会ってもらえていないらしいが」

「ソルはキティのことが好きなのかい?」

「いや、今のあいつはまだキティは自分の後ろにいて当然、と思い込んでるから。その執着が愛やら恋やらに変わる日が来るかどうかは、まだ分からん」

「ソルは面倒くさい子だねえ」

「全くだな」


 一同の間に和んだ空気が流れる。グリュックは楽しそうに笑いながら、次の質問を口にした。


「じゃあ、ランとブラッディは?」

「あー、あの二人は……」



※※※



「お父様のバカ!」


 久しぶりに自室に帰ってきたランは、感慨に耽ることもなく怒りの叫びをあげてベッドに飛び込んだ。ランとブラッディは帰ってきて早々、国王にこっぴどく叱られたのだ。枕に顔を押し付けて泣くランの頭を、ブラッディが慰めるように撫でる。


「ほら、泣かないでラン。僕たち、ベルとソルを連れ戻すって目的は達成したじゃないか。破壊されかけた王都を守ることも出来たし。悲しむことないよ」

「そうだけど! あんなにお父様の機嫌を損ねたら、しばらく絶対に言い出せないわ!」

「ん? 何を?」


 キョトンとするブラッディに、ランは枕を抱きしめながら最大級の爆弾を投下した。


「私、ブラッディと結婚するわって」

「ちょっ、ちょっと待ってなにそれ!? え、話が早くない? そりゃ確かに、なんか告白じみたことはした気がするけど、まだデートだってしたこともないし、ケ、ケ、ケ、ケッコンなんてっ!」

「嫌なの?」


 涙で濡れた瞳で、ランが静かに問いかける。


「いや、別に嫌というわけじゃ」

「結婚したくないの?」

「いや、あの、その、えーっと」


 はっきり言わないブラッディの様子に、ランは益々涙を零す。ランの泣き顔に弱いブラッディは、とうとう観念してやけっぱちに叫んだ。


「ランと結婚したいですっ!」



※※※



「王都の復興を優先するため、しばらくは見送るらしいが、復興が進んだ暁には結婚するらしい」

「それはおめでたい話だね! もし二人の子供が娘さんだったら、ぜひ私の息子たちと結婚してほしいなあ」

「は!?」


 軽やかに投げつけられた爆弾発言に、珍しくダンが目を丸くした。


「あ、あなた息子いるんですか!?」

「あれ? 知らなかったのかい?」

「知るわけないでしょう!」

「君にも知らないことがあるんだね! びっくりだ」

「私の方こそびっくりですよ!」


 そのままダンがぐちぐちグリュックへの文句を叫び始め、グリュックはヘラヘラ笑ってかわし続ける。ベルがそこにいることすら忘れていそうな二人の様子を苦笑いで見つめながら、ベルはそろそろ現実に戻るか、と二人に背を向けた。その時、ふとベルは呟く。


「子供、か」


 自分がこの惨劇に巻き込まれるきっかけとなったあの少年を思い出す。結局自分は、彼の願いを叶えることができたのだろうか。


 そして、今。


「あの人たちは、幸せに暮らしているだろうか……」



※※※



「まなー!」

「ねえ、あそぼー!」

「あそぼー!」

「ああ、みんないっぺんに声をかけられても、誰が誰だか分からないよ! ほら、列に並んで。一人ずつ、順番に、何がしたいか言ってごらん」


 教会の礼拝堂で物思いに耽っていたマナの元に、一斉に子供達が群がってくる。彼らはマナの呼びかけを素直に聞き入れて、綺麗に整列した。


「はい、最初はだあれ?」

「ぼくだよ!」

「ジャック! 今日は何をして遊びたいんだい?」

「かけっこしたい! おそとにでかけて、みんなではしりまわろうよ!」

「なるほど、楽しそうだね! じゃあ、次の子は?」

「はい、あたし!」

「ルーシーだね! ルーシーは今日もお人形遊びかい?」

「ううん、きょうはおままごとにしましょう! マナがおかあさんやくね!」

「僕、お母さん役なのかー。それ、お父さんは誰なの?」

「ニック!」

「わお、それは楽しそう! じゃあ、次の子は?」

「え、えっとね、マナ。わたし」


 その声を聞いて、マナは見えない目を大きく見開いた。


「ジェーン? 珍しいね! ジェーンのやりたいこと、教えてくれる?」


 マナの言葉に、引っ込み思案のジェーンはお下げ髪をふるふる震わせながら、両手で抱き抱えた一冊の絵本を差し出した。


「これ! あ、えっと、えほん!」


 マナの手は宙を探って、ジェーンの差し出した絵本を手に取る。


「えっと、読んでほしいのかな? 申し訳ないけど、僕にはこれ、見えないんだ。ニックに頼んで……」

「わたしが!」


 突然、いつも小さな声でおどおどと話すジェーンが大声を上げたので、マナは驚いた。それから、安心させるように笑顔を見せる。


「ジェーンが、どうしたの?」


 その微笑みに背中を押されたのか、ジェーンはゆっくりと、今までの彼女が出したこともないような大きな声で告げた。


「わたしが、かいたえほんなの! だから、みんなによんでほしくて、その……マナはおめめがみえないから、わたしがよみきかせてあげるね」


 その言葉に、マナは花が咲くように満面の笑みを浮かべて。喜びのあまり、ジェーンの絵本を抱きしめてその場をくるくる回り始める。


「ジェーンが書いた本だって! すごい、すごいよ! みんな、今日の遊びはジェーンの絵本の読み聞かせでいい? みんなもジェーンの絵本、読みたいよね?」

「よみたい!」

「たーい!」

「ジェーン、すごいねー!」

「すごいすごい!」


 礼拝堂が歓声に包まれて、あまりの騒がしさに別の部屋にいたニックがやって来た。


「何かあったんですか? とても楽しそうな声が向こうまで響いてましたが……」

「ニック、ちょうどいい所に! 君もおいで、今からジェーンが自分で書いた絵本を読んでくれるんだって!」

「そうなんですか! それなら早く呼んでください。俺のいないところでそんなことするなんて、許しませんよ!」


 そして、教会のみんなで揃ってジェーンの絵本の読み聞かせを聞くことになった。


「なんて題名のお話なんだい?」

「えっとね、『おうさまとまほうのりんご』」

「もしかして、僕が主人公? やったあ!」

「マナ、静かにしてください、ジェーンの声が聞こえなくなります」

「はーい」


 ジェーンはみんなに注目されて顔を真っ赤にしていたけれど、やがてすうっと息を吸うと、ゆっくりゆっくり絵本を開いて読み始めた。


「むかし、むかし、あるところに、あかいかみのおうさまがいました。

 おうさまはあかりんごがだいすき。あるとき、おうさまはかんがえました。

『たべても、たべても、なくならないりんごがほしいなあ』」



※※※



「こうして、おうさまはおなかいっぱいりんごをたべることができましたとさ。めでたし、めでたし」


 ジェーンの語りが終わった瞬間、礼拝堂には割れんばかりの拍手が響き渡る。子供たちは口々に、魔法のりんごがあったらどうしよう、と空想したことを話し始めて、マナは見えない瞳でそこに書かれてあるのだろう絵を夢中で想像し、ニックも最後まで目を輝かせて彼女の絵本に見入っていた。


「すごい、とっても面白かった! 本当に魔法のりんごがあったらいいのになあ」

「いや、途中大変なことになってましたよ!? 教会がりんごで溢れるシーンとか、恐ろしすぎました」


 そんなマナとニックに、ジェーンは小さな声で問いかける。


「お、おもしろ……かった?」

「もちろん!」

「絵もとっても上手だったよ」


 そんな二人に、ジェーンはなにかを言いかけて、しばらく言おうかどうか悩んでいたが、やがて勇気を出して尋ねた。


「あのね、わたし、おとなになったらえほんをかくひとになりたいの! その、あの……いつか、なれるとおもう?」


 大人になったら。その言葉に、マナはしばし言葉を失う。それから、どこか切なく寂しげな笑顔を浮かべて、彼女に優しく囁いた。


「うん、きっとなれるよ。君が大人になったら、きっと素敵な絵本を書く人になれる。僕がそう言うんだ、間違いないよ。だからこれからも、その願いを忘れないで」


 その時マナは、彼にそう言われたジェーンの、花が咲くような、希望に満ちた笑顔が見えたような気がした。


「うん! わたし、がんばるね!」


 ジェーンは絵本を抱えて、他の子供達の輪に入っていく。彼女はすぐに人気者になって、絵本の内容について質問攻めにあっていた。


「いつか、大人になったら、か」


 彼は、ここで育ち、大人になれなかった何人もの子供達の事を思い浮かべる。その思い出は、甘く、優しく、そして鋭く彼の胸を抉った。


 きっと、自分の目が見えないことを自覚するたびに、大人になれなかった子供達がいたことを思い出すたびに、何度でもこの胸の痛みを感じるだろう。自分の歪んだ願いの果てに、踏みにじられた沢山の宝物を、もう忘れることはできないから。


「次に大人になる子の誕生日が来たら、盛大にお祝いしましょう。どこか、みんなで遠くに出かけるのもいいかもしれませんね。ほら、みんなで海に行ってみるのはどうですか?」


 ニックが、マナの手を握って提案する。きっと、彼も今同じ痛みに苦しんでいるのだろう。


「ああ、海。いいね、海に行こう。みんなで」


 いつか、君たちが大人になる日には。祝ってあげられなかったあの子達の分まで、たくさんお祝いしてあげよう。色々な場所に行って、沢山の思い出を作ろう。だから、君たちが大人になったら、あの子達の分まで、自分自身の願いを叶えて。


「ねえニック」

「なんですか」


 見えなくても、子供達の笑顔が彼を眩しく照らす。優しい、温かな教会で、もうマナは独りぼっちになることはない。


「僕、今、とても幸せだよ」


 あまりに幸福そうなその笑みに、つられてニックも笑顔になる。ボロボロの教会には、いつまでも子供達の笑い声が響きわたっていた。





『こうして、ひいろのおうさまとよばれたせいねんは、あいするこどもたちにかこまれて、いつまでも、しあわせにくらしましたとさ。めでたし、めでたし。


おしまい』







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

緋色の王様 三上 エル @Mikamieru_8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ