第20話 意外な再会は王様の教会で

「「うわあ……」」


 ソルとキティは目の前に現れた立派な教会を見て、揃って感嘆の声を漏らした。かつて戦場となり打ち捨てられたというこのスラムには、崩壊しかかった廃墟ばかりが残っている。しかし、緋色の王様と名乗る青年に連れてこられたこの教会は屋根もあるし、壁に穴もない。窓ガラスがちゃんと残っているのも驚くべきことだった。


「素敵な教会でしょう? さあ、遠慮しないでどうぞ!」


 そう言って彼は入り口の扉に向かって直進する。彼は何故か扉の取っ手に手をかけようとせず、危うく扉にぶつかるというところでやっと立ち止まった。


「あ、そっか。扉、開けなきゃ入れないんだったね」


 どうにもおかしなことを呟く彼の様子をソルは気に留めてもいないようだったが、キティはなんとなく底知れない不安を感じてしまう。そんなキティの内心を見抜いたのかどうか、緋色の王様は一瞬振り返ると、キティに向かって優しく微笑んだ。


 トン、トントントン、トン、トントン。


 彼はリズミカルに扉を叩く。それはどうやら合図のようで、すぐに中から扉が開けられた。


「お帰りなさい、緋色の王様。扉を開けさせるなんて、一体何を連れ帰ってきたん……です、か」


 王様たちを出迎えたのは、長い前髪で左目を隠した青年。彼は王様の後ろに立つソルとキティを見て目が飛び出るのではないかと心配になるくらい目を見開く。


「ただいま、ニック。この子たち、怪我したんだって。傷薬を分けてあげようかなと思って。ついでにお話もしたいから、連れてきたんだ」


 なぜか楽しそうな王様の後ろで、ソルとキティも口をパクパクさせていた。二人はしばらく驚きのあまり何も言えなくなっていたが、やがてソルが声を上げようとする。


「え、なんでニッ」

「あー! そうなんですね王様、貴方は本当に優しい方だ! 俺が手当てをしますから、それが終わったらお茶を用意します。王様は子供たちと遊んで待っていてください!」


 そんなソルの声を遮るように、やたら大きな声でニックは王様に告げた。腕をブンブンと振りながら、さりげなく王様とソルたちの間に移動するニックの様子に王様は少し怪訝な顔をするが、すぐに頷く。


「じゃあ、よろしくね! 手当てが終わったらすぐ呼んでね、約束だよ!」


 右手の小指で約束の印を見せて、王様はパタパタと走って教会の奥に去っていった。その足音が遠くなったことを確認して、ニックは安堵のため息をつく。そして唖然としていたソルとキティを引っ張り込んだ。


「色々言いたいことがあるのは分かってる。でも救護室に着くまで黙ってろ。余計なこと言ったらぶん殴るからな」


 見たこともないほど焦ったニックの様子に、ソルとキティは顔を見合わせる。しばし二人の間で無言の意見交換が行われていたが、ニックの告げた「ぶん殴る」という言葉が決め手となり、二人は揃って神妙な顔つきで頷いたのだった。



※※※



「なんでお前らがここにいるんだ!?」


 救護室にて。キティの擦りむいた両手に消毒液を丁寧にかけながら、ニックは心の動揺を必死で抑えようとしながらも失敗していた。


「いや、それは俺らの台詞だから! あんた、情報屋じゃなかったのかよ? あの王様とかいうやつに召使いみたいにへりくだって、別人みたいだったぞ?」


 痛いところを同時に突かれて、ニックはうっと小さく悲鳴を上げる。


「そこはその、あー、えっと、色々あるんだ、色々! 知りたかったら代金払え、情報屋からただで情報もらえると思うなよ」


 明らかに苦しい言い逃れの上、本人も完全にやけっぱちになっていた。残念すぎるニックの様子にソルは呆れたようにため息をつく。


「あっそ。なあ、あんたベルのこと知らない? 俺たち、西地区に行ったベルを追いかけてたんだけど」


 それを聞いてニックの顔色が真っ青になる。勢い余って消毒液を大量に吹きかけてしまい、キティが悲鳴をあげた。


「嘘だろ……!? 今西地区には《あれ》がうろついてるってのに……!」


 ニックはしばらくソルたちに聞き取れないくらい小さな声でブツブツ呟いていたが、やがて二人に向かって鋭い視線を向ける。


「分かった、あいつのことは俺が探しておく。とりあえずお前らは王様と話してこい。絶対機嫌損ねるなよ。俺と知り合いだとかそういうことは言うな。今初めて会ったことにしといてくれ」

「なんで?」

「なんでもだ」


 それ以上のことを教えてくれる気は全くないらしいと分かって、ソルはうんざりして髪をくしゃくしゃにかき乱した。ニックがキティの手に包帯を巻き終わったのを見ると、乱暴にニックを押しのけてキティの手を取る。


「ベルを見つけてくれなかったら、あの王様って人にあんたのこと言いつけてやるからな!」


 そんな捨て台詞を残して、二人は救護室を出て行ってしまった。その後ろ姿を見て、ニックは頭を抱える。万が一彼らが自分との関係を王様に話してしまったら、危険な目に遭うのは彼ら自身だ。だが、そのことをどうやって説明すればいいのか、自分と王様の間にあるあまりに複雑な感情を他人に語る術がニックにはわからなかった。


「なんでこんな面倒なことに……?」


 救護室のベッドに倒れこんで、枕に顔を押し付ける。何も打開策が浮かばないまま、うだうだとベッドで転がり続けていると、クスクスと誰かが意地悪く笑う声がした。


「相変わらず翻弄されてますねえ。貴方の苦労体質はもう呪われてるとしか思えません」


 ニックは反射的に起き上がり、声の主をぶん殴ろうとする。しかしその行動は完全に読まれていたらしく、彼の拳は空を切っただけだった。


「お前、いつ入ってきやがった!?」

「今しがた。貴方がうだうだしているところ、しっかり拝見いたしましたよ」


 ニックは馬鹿にしきったダンの物言いに舌打ちする。へらへらと胡散臭い笑みを浮かべた彼の胸ぐらを勢いよく掴んで、壁に押し付けた。


「なあ、あんたに聞きたいことがあったんだ。王様と《神様》のことで」

「そうですか。私にお答えできる内容であれば、なんでもどうぞ」


 ニックが問いかけてくることさえ最初から見透かされていたようで、ダンは余裕をたたえた表情を崩さない。それがニックをより苛立たせた。


「お前、知ってるんじゃないのか? 母上が……王様の姉が、なぜ王様を捨てたのか。いや、知っているだけじゃない。お前が裏で手を引いて、んじゃないのか!?」


 ダンの顔からフッと一切の表情が消える。ゆっくりと、しかし信じられないほどの力で無理やり胸ぐらを掴むニックの手を引き剥がしたダンは、彼の手を痛いほど強く掴んだままで。


 妖しく、不気味で、それでいて歓喜に満ちた、まるで悪魔そのもののような笑みを浮かべたのだった。

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