第21話 偽善者は悪魔に勝てない

「違いますよ」


 悪魔のような笑みを浮かべたダンは、まるで自分がやったと言わんばかりの表情にも関わらず、ニックの言葉を否定した。


「言い逃れしようってのか。王様から聞いたぞ。お前に教えてもらったって」


 ニックは先日の王様との会話を思い出す。姉に捨てられて意気消沈していた自分の前にダンが現れて、《神様》について教えてくれた、と王様は言っていた。


「お前が教えなければ、王様は《神様》をああやって育てたりしなかった。こんな風に、自分のために子供達の願いを利用したりしなかった。違うか?」


 必死に訴えかけながら、ニックは自分の手を掴むダンの手から逃れようともがく。しかし、ダンは驚くほど強力にニックを掴んでいて、どうしても逃げられない。まるで今の自分や王様そのもののような状況だった。


 そんなニックの無様な姿を見ながら、ダンは冷たく告げる。その声はどこか超然として、人間らしさを全く感じなかった。


「知りたいと願ったのは彼ですよ。いいえ、彼だけではありませんね。このスラムで、大勢の人々が願ったのです。『その方法さえ分かれば、自分達を見捨てた王都の人間たちに仕返し出来るのに』と。


 平和的に話し合いで解決する方法が知りたいと貴方達が願っていれば、こんな方法を教えたりしませんでした。

 彼らの幸せと自分達の幸せ、両方を願えるほど貴方達は賢い生き物ではなかったわけです。願ったのは貴方達人間。そして、知った後どうするか選んだのもそう。


 私のせいだなんて、酷い言いがかりはよしてくださいよ。全部貴方達人間のせいです。そして願いを叶える魔法には必ず代償が伴う。貴方達が今苦しんでいるのは代償の一部ですよ。


 今後も貴方達は大きな代償を払い続けることになるでしょう。痛くて辛くて苦しくても、願いの先で王都の人々から幸せを奪い取れたなら。貴方達は、幸せなんでしょう?」

 

 ニックはそんなダンに心の底から恐怖を覚えた。恐ろしさのあまり、声も出ない。今目の前にいるのは人間ではない、そのことだけは確信していた。


 完全に黙り込んでしまったニックを見て、ああ、それから、とダンは突然妙に人間臭い、優しげな笑みを浮かべる。


「私が教えなければきっと彼は死んでいましたよ。彼の姉が彼を捨てたときにね。彼にとって自分の存在意義の全ては彼女だったのだから」


 その言葉にニックはどきりとした。そしてそんな反応をした自分自身に驚いた。ダンはそんな彼の様子を見逃さない。


「なんでそんな顔をするんです? そもそもあの時彼が死んでいれば、貴方は母親の元から引き離されずに済んだんですよ。そちらの方が貴方にとって良かったはずでしょう? それなのに、彼が死んでいたかもしれないと言われて、なぜ泣きそうな顔をするんですか」


 そしてダンはいきなりニックを強く押し倒した。背後のベッドに倒れ込んだニックの顔のすぐ横に手をつき、顔を近づけて責め立てる。


「ねえ、そろそろ気づきましょう? 貴方は王様を憎みながら、愛してしまった。


 貴方はとても自分勝手な人ですよね。愛しているからあの人の過ちを止められず、愛しているからあの人が誰かを傷つけても見ないふり。

 たまにあの人の手にかかる所だった子供を助けたかと思えば、助けた理由は『自分に似ている気がしたから』でしょう?


 もう偽善者のフリなんかやめなさい。貴方が救いたいのは子供達なんかじゃない。自分自身でしょう。なにもかも自分のため。半端な愛情で緋色の王様を愛して、半端な善意で子供を救う。そうしてただ自分が救われた気になっていただけだ。違いますか?」


 傷口を抉るようなダンの言葉に、けれどニックは何一つ反論できなかった。全てがその通りだったから。


「俺はあの人を憎まなければいけないはずなんだ。あの人さえいなければ、俺は両親の元で幸せに暮らしていけた。


 でもあの人、最初は全然優しくなかったのに、どんどん俺に笑いかけるようになって、君は僕の特別なんだって得意げに言って、ずっと隣にいてねって泣きそうな顔で懇願してくるものだから。父親のような、兄のような、それでいて子供みたいなあの人のことを、愛さずにはいられなかったんだ。


 あんたの言う通りだよ。俺はどこかで止めるべきだった。辛いことを忘れるようにして、なかったことにして逃げ続けるんじゃなく。でももう全部手遅れだろ? だからせめて、別の誰かが止めてくれればって思って、だから死んだ《あの子》やベルを助けたんだ。俺に似ているあの子達ならきっと……!」


 前髪に隠れた左目を抑えつけて、涙に滲む瞳で必死に叫ぶニックに、けれどダンは同情さえしなかった。


「じゃあ、貴方は王様と貴方が救った子供達が対立したとき、どちらの味方に着くんですか?」

「そ、れは……!」


 問いかけられた瞬間、ニックの心の中で答えは迷うことなく決まってしまっていた。そんな自分自身に、彼は心底幻滅した。そんな彼の様子を見て、ダンがあざ笑う。


「ほら、貴方は酷い人だ! 分かったのなら、いい加減足掻くのはやめましょう? 王様が連れてきたあの金髪の少年は、彼の願いの成就に必要不可欠です。が、貴方も異存はありませんね?」


 その言葉に、ニックはもはや絶望しきった瞳で力なく頷くばかりだった。



※※※



「ねえソル、勝手にウロウロして大丈夫かな? ニックに怒られない? あの王様って人、なんだか怖いし……」


 恐れることもなくずんずん先に進んでいってしまうソルに手を引かれながら、キティは不安そうにキョロキョロ教会の廊下を見回していた。どこに行っても何をしてもそう言ってソルを止めようとするキティに流石にうんざりしたらしく、ソルはぴしゃりと告げる。


「キティは何も知らないから、何でもかんでも怖いものみたいに思うだけだよ! いいから黙って俺について来いって!」

「そっか、そうだよ、ね……」


 キティはソルのきつい言い方に少し悲しそうな顔をしながらも、ゆっくりと頷いた。


「あれえ? 君たち、ニックと一緒じゃないんだね。食堂はこっちじゃないよ?」


 その時、廊下の向こうから緋色の王様が現れた。傍らには小さな子供を連れている。


「おうさま、このおにいたんたち、だあれ?」


 あどけない口調で問いかける4、5つほどの男の子に、緋色の王様は優しく微笑みかけた。


「僕のお客さんだよ。そうだ、お客さんなんて滅多に来ないから、みんなも一緒に遊びたいよねえ! ニックいないし、お茶するのは後にしよう。二人とも、ついてきて!」


「え!?」

「うわわわわ!?」


 言うが早いか、王様は子供を抱きかかえ、ソルの手を取って走り出す。ソルと、ソルに手を繋がれているキティも一緒に、王様に引っ張られるまま後を追うしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る