第4章 本当の願いを、見失うな

第29話 流れ星に願いをかけて

 しばらく、誰も何も言えなかった。空には流星群のように無数の赤い光が流れ、王都に向かって落ちていく。遠くで聞こえる爆発音を聞きたくなくて、ニックは必死に耳を塞いだ。


「これ、もしかして……僕のせい?」


 ブラッディが今にも消えそうな声で呟く。自分が母の死を不用意に伝えたことが、この悲劇の開幕ブザーを押すことになったとしか思えなかった。震えるブラッディにランが優しく首を降る。


「いいえ、貴方のせいじゃないわ。なんとかしなきゃ。ここにいるみんなで、ソルを止めなくちゃ」


 泣きそうな声で、それでも必死に彼女は呼びかけた。その毅然とした姿は確かに、一国の姫にふさわしい。


「お前の言う通りだ。なんとかしなくては。だが、何がどうなってこうなったのかも分からないのに、何をすればいいんだ……?」


 そんな彼女の言葉に、ベルが悔しそうな顔で問いかけた。ソルが人殺しになる姿など絶対に見たくはないが、この悲劇を止める方法が分からない。


「……あ」


 その時、キティが何かを思い出したというように顔を上げた。耳を塞いで地面にうずくまっているニック以外の全員が、彼女の方を見る。


「忘れてた。みんな、この悲劇を終わらせたいって願ってる? その方法が知りたい?」

「あ、ああ。もちろん、知りたいと思っているが……?」


 唐突な彼女の問いかけに、戸惑いながらベルは頷いた。それを見て、キティは突然大声で叫ぶ。


「ダン! あたしたち、知りたいんだけど! 教えて!」

「あのねえ! そんなに馬鹿みたいに叫ばなくても聞こえますから!」


 彼女が呼んだ瞬間、誰もいなかったはずの場所に一人の男が現れた。右手に分厚い本を持った怪しげな男。ダンだ。


「お前は……!」


 瞬時に警戒の色を見せたベルに、キティが安心して、と声をかける。


「こいつ、怪しいし良いやつじゃないけど、今は信用できると思うから。こいつに頼るしかない。ベルは信じられないかもしれないけど。こいつを信じるって決めたあたしを信じて、ベル」


 その強い意志を秘めた瞳は、今までのただソルの後ろをついていくだけだったキティとは違っていた。彼女はソルを諦めていない、そのことが強く伝わってきて、ベルは勇気付けられる。


「分かった。信じるよ、キティ」


 自分が一応信用されたことを確認して、ダンは口を開いた。


「信用していただきありがとうございます。まあ色々ありましたが、私は《知ることで未来を変えたいという人の願いそのもの》。貴方たちが《神様》を止める術を知りたいというのなら、その願いを叶えましょう」


 その言葉に、ベルは消えたグリュックの言葉を思い出す。彼は自分を《誰かを愛し、その幸せを願った人々の願いそのもの》と言っていた。そしてさっき、ソルの姿をした《神様》と名乗るあれも、自分を《他人の不幸を願った人々の願いそのもの》と表現していた。


「お前とグリュックと、ソルの体を乗っ取った《神様》とやらは、同じ存在だということか?」

「ご名答。私たちは同じものですよ。貴方たち人間の願いによって生み出された、その願いを叶えるためのもの。私たちは人々の願いが強ければ強いほど力を得て、誰も願ってくれなくなればやがて消えていく。そういうものなのです」


 ベルは自分の目の前で消えていったグリュックの姿を思い浮かべる。彼が消えてしまったのは自分のせいだ、とベルは真っ青になった。


「じゃあグリュックはもう……」

「安心してください。完全に消えてはいませんよ。貴方たちが最後まで希望を捨てず、人々を愛し、救いたいと願うならば。必ず彼は復活します。グリュックがいれば、《神様》を抑えつけることはできるでしょうね」


 ただ、とダンは表情を曇らせる。


「《神様》は尋常ではないほどたくさんの願いを喰らい尽くしてあそこまで成長してしまいました。グリュックの復活だけでは、どうにもならない。《神様》に力を与えている緋色の王様を止めて、《神様》と融合しているソルを引き剥がす必要があります」

「できるの!?」


 ソルを引き剥がす、という言葉にキティが反応した。


「完全に融合してしまえばおしまいですが、まだあれは完全ではありません。本来、私たちは一個人に執着したりしません。私達は願い続ける人々の前に平等です。

 けれど、《神様》は明らかにベルを強く意識している。そもそもソルがあれと融合したのも、《神様》になればベルに幸せをあげられると思い込んだからのようですし。まだあれはソルの人格を強く残しています。ベルの声が届けば、まだ元に戻せるチャンスはあるでしょう」


 そして、とダンは現実を拒絶するようにうずくまったままのニックを一瞥する。


「緋色の王様に語りかけられる人物は彼だけなんですが。全く、どうせああなるだろうと思っていたので、対策は講じてあります」


 ダンがそう言った瞬間、何人かがこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。現れた集団を見て、一同は目を丸くする。たった一人、顔を上げないままのニック以外は。けれどその集団の声は、現実を拒絶したニックの耳にちゃんと届いていた。


「ニックー!」

「にっく!」

「あ! あそこにいる!」

「ほんとだー!」


 スラムの外で聞こえるはずがないその声に、ニックは思わず顔を上げた。彼の目の前に駆け寄ってきたのは、彼と王様が教会で守ってきた、純粋な瞳をした子供達。


「なん、で……」

「あのひとがそとにだしてくれたのー」


 子供の一人がダンを指差す。それを見てキティは合点がいった。


「教会を出た時、やっぱり自分は残ってやることがあるとか言ってたの、あの子たちのことだったんだ」

「ええ、まあ。彼ら以上に、願える人間はいませんから。強く、優しい、素敵な願いを」


 教会の中で守られていたときと変わらない、きらきらした瞳で。子供達は口々とニックに話しかける。


「ねえ、おうさまがピンチだってきいたの!」

「おうさま、どこにいっちゃったの?」

「ぼくたち、王さまをたすけるために来たんだ!」

「王様を……助ける、なんて。もう、無理だよ……!」


 子供達への罪悪感に押しつぶされそうになりながら、涙をこぼしてニックは叫んだ。けれど、子供達の表情は明るいまま。


「そんなことないよ!」

「わたしたち、とってもがんばっておねがいするから!」

「今までは王さまのおねがいごとがかないますように、っておねがいしてたんだけどね、それじゃだめだっておしえてもらったの」

「おうさまがしあわせになれますように、っておねがいすればいいんだって!」


 そして、子供達は一斉に空の赤い流星群を指差した。


「ほら、あんなにながれぼしがながれてるんだよ!」

「ながれぼしがながれているときにおねがいすると、おねがいがかなうってえほんにかいてあったー!」

「ほら、ニックもはやくおねがいしなきゃ!」

「流れ星……?」


 ニックは思わず、直視することを拒否していたはずの現実を、赤い流星群の流れる空を見上げる。そういえば、王様は本の中に気になった部分があると、いつも自分に報告しにきていたな、なんて、場違いな思い出が蘇った。そう、流れ星が書かれた絵本を得意げに見せて、いつか流れ星が僕の願いを叶えてくれるかな、なんて、無邪気に笑っていた。


「だから空から星が降ってくるのか……」


 ああ、なんて、あの人らしい。馬鹿げて、子供じみた、自分勝手な願いの成就。だからこそ、自分が教えてあげなくては。この先にあるのは、貴方の望んだ未来ではない、と。


「そうだね」


 子供達の輝く瞳が、ニックにもう一度立ち上がる勇気を与えてくれる。


「王様を、助けなきゃ」


 ニックの言葉に、子供達が喜びはしゃぎ回った。それを見て、ニックは一つ気になったことを尋ねる。


「そういえば、ここにいるのは全員じゃないよな? 残りの子供達はどこにいったんだ?」


 その言葉に、子供達は顔を見合わせてにっこり笑った。


『きぼうさがし、してるんだ!』



※※※



「あー!」


 スラムの路地裏で何かを探していた子供達の一人が大きな声をあげた。それを聞いて、周りの子供達も駆け寄ってくる。


「みーつけた!」


 小さな子供の掌の上には、汚れひとつない真っ白な毛玉のような生き物が、キューキューと鳴きながらぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

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