ドラゴンたちは 試験 に 挑んだ……?
【定期報告】
重傷で運ばれてきた生徒を検体〇〇一とし、貴国より要請のあった実験を試行。
《刻印》に対し、「処置」の影響は確認できず。
一方で、肉体の急激な活性化を確認。腰椎の損傷による下半身付随が、予定を遥かに上回る速度で回復。これが「処置」の影響であると仮定した場合、《刻印》と肉体の間には密接な繋がりがあると想定される。
そこで、逆説的に肉体への「処置」によって刻印に影響を与える実験を提案――
また、検体〇〇一の重傷は《龍刻印》所持者にやられたとの証言アリ。
信憑性は低いが詳細を調査中――
【定期報告】
検体〇〇七に対する呪符を用いた実験の結果、人体改造を通じた《刻印》の変化を確認。呪符の効果にない魔力の大幅な増強が発生。これにて「肉体の変質が刻印にも影響を及ぼす」という仮定は実証されたと思われる。
従って、貴国より提唱された実験は十分に可能であると結論――
また、《龍刻印》所持者が学院に入学。竜巻を引き起こして闘技場を完全に破壊した戦闘力から、「預言」された本物だと――
【定期報告】
生徒ではリスクが大きいと判断し、商会ギルドの暴力団構成員を検体〇二七として実験を試行。《刻印》の改竄による肉体の変異が発生。《リザードマン》に近い鱗が表皮を覆い、巨大化する。また、高い再生能力も発揮。
ただし時間経過と共に急速な身体機能の低下が見られ、細胞の劣化が激しいと推測する。少なくとも現段階では、兵士の強化策としては有効でないと判断。
引き続き、「儀式」に向けた検体の調整を進める。
なお、検体〇二七は《龍刻印》所持者と戦闘のち破壊され――
【定期報告】
パーティー対抗戦により、生徒から多数の負傷者が発生。
彼らに「処置」を施し、総勢三七体の検体として調整を完了する。
○月◆日、試験の場に於いて「儀式」を発動。
《龍刻印》所持者を仮想敵としての戦闘による最終実験を開始――
「それでは、私もこれから学院ダンジョンに入ります」
「負傷した生徒たちの治療、くれぐれもよろしくお願いします。いや、先生にはここ最近、面倒のかけっぱなしで申し訳ない……」
「いえいえ。無茶をして怪我が堪えないのは若い子の特権でしょう。その面倒を見るのも保険医としての務めですから。まあ、最近はちょっっと『無茶』の程度が一部凄いことになっているみたいですが。おかげさまで、連日保健室が大盛況でしたよ」
「ハハハ、彼らを招いた身としては胃が痛い限りで。先生の処方してくれた胃薬がなければ、私も保健室のベッドの世話に……おや? もしやむしろ損をしましたかな?」
「フフッ、お上手ですね。ですが先に断って置きますと私、恋人いますので」
「なんと。あなたの心を射止めた幸運な男がこの学院に?」
「いえ。彼とはこちらに就職する以前からの付き合いで。今は仕事の都合で離れて暮らしていますが、そろそろ仕事に区切りがついて会えそうなんです」
「それはよかったですな。では気兼ねなく恋人さんと再会するためにも、仕事の方を頑張ってくださいね」
「ええ、頑張ります。…………あまり気の進まない『実験』ですが、最後ですしね」
定期実戦試験、当日。
違和感は《学院ダンジョン》に入った時点であった。
今回のフィールドは洞窟。ゴツゴツした硬い岩肌に一面が覆われ、都合の良い明かりもなく真っ暗だ。内部は迷路のように入り組んでいて、一度道に迷ってしまえば永遠に出られなくなると思える。人によってはいるだけで不安と恐怖に神経を削られる空間だ。
とはいえ、ここのところ快進撃を重ねる俺たちに怖いものなどなし。
アリスが召喚したランタン小人で明かりを確保し、俺たちは特に気負いもなく進軍。
並行して夜目が利く魔物に探索と斥候を頼んだんだけど、暫くしてアリスから返ってきたのは奇妙な報告だった。
「他の生徒の様子がおかしい?」
「ええ。なんだかフラフラした足取りでどこかへ向かっているの。メンバーの声も聞こえていない様子で、目だってどこを見ているのかサッパリだわ。どこのパーティでーも、誰かしらおかしくなっちゃってるみたい」
「恐怖のあまり、集団発狂?」
「まさか! 確かに洞窟は恐怖心を煽る場所だが、洞窟での戦闘訓練も皆授業で経験済みのはずだ! 集団でパニックに陥るとは考え難い!」
「それに、パニックとも様子が違うんでしょう?」
「そうねえ。なんだかゾンビにでもなっちゃったみたいに……あら」
「どうした?」
「やだ、本当にゾンビみたい。おかしくなっているうちの一人が、首を捻じりすぎて顔が背中の方を向いちゃったの。それに目玉が零れ落ちて、空洞の中から《魔結晶》が生えてきたわ。あれじゃあご飯を食べづらいんじゃないかしら?」
「のほほんとした口調のまま、とんでもないことを言っていないか!?」
聞く限りじゃ完全にグロテスクな光景に、ジークを始め全員がギョッとなる。
【感覚共有】で実際に見ているはずのアリスだけだ、平然としているのは。本当にどういう神経の太さをしているんだか。
そうこう話している間も行軍は続いていたんだけど、不意に斥候として先頭を歩くロビンが足を止めた。
「…………なあ、そのゾンビもどきって、あんな感じですかい?」
青ざめた顔で指差した先が、ランタン小人によって照らされる。
パーティーが四組はぶつかり合って戦えるだけの広い空間。その真ん中に一人きりで立つ人影が。一見なんともないように思えて、その実なにもかもがおかしくなっていた。
両手両足が前後逆向きになるまで捻じれ切り、裂けた肉の下から骨が覗く。首に至っては、胴から千切れ落ちんばかりの異様な角度に折れ曲がっていた。胴から上に生えた、最初頭部と思っていたのは、体内から皮膚を突き破った《魔結晶》だ。
どう見ても生きているとは思えない、死体を使った悪趣味極まりないオブジェがごときなにかは、しかし体を痙攣させ声も発している。
そして。
その人物は、俺たちも見覚えのある金髪ロールの女だった。
「エレノ、ア?」
穏やかならざる仲とはいえ、見知った顔の変わり果てた姿にジークは絶句する。
俺たちも咄嗟に言葉が出ないまま、その場に立ち尽くした。
そのとき、
「――おやおや、まさかよりにもよってここで鉢合わせですか。私の運が悪いのか、貴方たちが事件の類に引き寄せられる性質なのか」
涼やかな声が響くと同時、洞窟の天井にいくつもの灯火が現れた。
一気に空間全体が明るくなって視界が開ける。そこには俺たちと金髪ロールの他にもう一人、丁度金髪ロールを挟んだ向かい側に、白衣の女が立っていた。
長さは腰まである、内巻きと外巻きが混ざった癖の強い金髪。怜悧な美貌はジークに近しい一方、ジークにない大人の色香を漂わせている。ふっくらした唇が刻む微笑みと、眼鏡越しの蠱惑的な眼差しにやられた生徒は数知れないだろう。
現にロビンが意味もなく視線を彷徨わせて挙動不審になっており、ジークとアリスから白けた視線を頂戴している。
リューに心も魂も奪われている俺はそれほど動揺せず、純粋な疑問で首を傾げた。
「どちらさん?」
「いや、保険医のレヴィ先生でしょうが!? おたくらだってお世話に…………あー、おたくらは他の生徒を保健室送りにする側でしたね、そういえば」
「定期実戦試験は最悪、死傷者も出る危険を伴うからな。レヴィ先生がこの場にいること自体はそうおかしくもないが――」
「でも、今の口ぶり、怪しい」
「そうね。まるで、この状況が先生の仕業みたいな……」
「その通りだと答えて置きましょう。どうせこれ以上、正体を隠す必要もありませんし」
言って、保険医はおもむろに眼鏡を外す。
そして軽く頭を振ると……その僅かな間で姿が一変した。
金髪から色が抜け落ち、銀とも違う艶やかな輝きを持った白磁の髪に。肌も雪のような血の気を感じさせない真っ白に染まる。服装も白衣から、ドレスのようでいて戦闘用に丈や形状が整えられた黒衣に変じた。
しかし最も劇的な変化は、その眼だ。
漆黒の眼球に深紅の瞳という、王国には一人として存在しないはずの特徴。
王国では、人類の敵として教えられる種族の目である。
「魔族、だと……?」
「保険医レヴィ改め、《アポカリプス帝国》で一応幹部をやっているレヴィアタンです。どうぞよろしく。――貴方たちを屍に変えるまでの、ごく短い間ですが」
気品すら窺わせる一礼と共に、魔族の麗人は名乗りを上げた。
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