ドラゴンの前に 金髪ロール が 現れた。


 なんか、やたら偉そうな金髪ロールが出てきた。


 胸を反らして偉ぶる態度の大きさだけなら、これまで絡んできた剣を振る馬鹿や魔法を使う馬鹿より遥かに上。それと香水の匂いがきつい。化粧も濃い。ついでに胸部には、無駄に大きな脂肪の塊を二つぶら下げている。


 うーん。リューの張りがあるお椀型を至上とする俺からすれば、ただの垂れて不味そうな乳袋だ。これ見よがしに胸を張られても、正直寄るなとしか感想が出ない。


 そしてどうもこの金髪ロール、ジークとは穏やかじゃない関係のようだ。

【ドレイク・スレイ】が敗れて弾き飛ばされた際、地面を転がって土に汚れたジークの制服。それを見て金髪ロールが、オーガの首でも獲ったように笑みを深める。


「あらあら、みすぼらしい姿だこと。仮にも《竜殺し》の名が泣くのではなくって? 花となって殿方を癒す貴族令嬢の役目も果たせず、野蛮に剣を振り回すしか取り柄のない貴女から、野蛮な強さまで取り除いたら一体なにが残るのかしら?」

(誰、こいつ?)

(エレノア=ヒルデスビー……今は断絶したヴァナディース侯爵家の分家であり、宗家に代わって《愛の女神》フレイヤの刻印を継いだヒルデスビー伯爵家の令嬢。学院でも勢力として一、二を争う女子グループのトップに君臨している女狐だ)


 ジークと小声でやり取り。

 貴族の御家事情なんか知らないが、フレイヤの名は聞き覚えがある。ラグナロク大戦で命を落とした、今は亡き《アスガルド皇国》の英雄の一騎だ。


 しかし女神って……初代はともかく、今や分家の貴族令嬢がその称号名乗るとか、王族に対して不敬だったりしないのか? まあ刻印には『王』や『神』を冠するモノも多いし、ジークの《竜殺し》なんかも被っている英雄が多々いるしで、気にするだけ無駄か。


 しかし真名も冠していないのにこいつ、なんで真名を許されたジークよりこうも偉そうなんだ? ジーク以上の実力者だとは、とてもじゃないが思えない。


「かつては無双の英雄と謳われた《竜殺し》の伝説も堕ちたものねえ。そもそも伝説自体の信憑性も疑わしいではなくって? そのドラゴンの鎧とやらも、果たして本物か怪しいですもの。そこらのトカゲの生臭い皮ではないかしら?」

「敗北を喫したのは彼が強く、私が弱かったからだ。力及ばなかった私の不徳については言い訳の余地もない。しかし……我が祖先に対する侮辱は看過できないぞっ」

「ホホホ、惨めに没落した子爵令嬢風情が虚勢を張ったところで、ねえ?」


 金髪ロールの合図で笑い出す取り巻き。唇を噛むジーク。


 あー……大体わかった。

 ジークの家系は騎士として優秀でも、貴族の陰険な騙し合い蹴落とし合いは不得手だったんだろう。それで派閥争いに負けて家は没落したと。


 なまじ大戦以降は平和な時代が続いたために、当時は武勇を誇った血筋も、権力争いに負ければどんどん降格されていく。そうして上に立ち力をつけていくのは、謀に長けたより狡猾で欲深い連中ばかり。


 その結果が、真名持ちのジークと無名の金髪ロールの逆転した力関係か。

 しかし立場上は格上でも、ジークを見下す金髪ロールの目。勝ち誇っているようで奥底には、ジークに対する妬み僻みが丸見えだ。


(見た目、中身、全部負けてる。なのに、なんで偉そう?)

(容姿でも性格でも負けてるからこそ、自分のことは棚上げで相手の失態を声高に叫んでるんだよ。相手の評判を下げて、相対的に自分が上に立とうとしてるのさ)


 俺にとってリューが至高で殿堂入りで唯一無二の最愛なのは言うまでもない。

 言うまでもないが、それはそれとしてジークは結構な美人さんだ。


 スラリとした長身に、鍛えられ引き締まった体躯。銀髪銀眼の顔立ちは凛々しく、無駄や余分が一切見当たらない。優れた刀剣に通じる、飾り気がないし必要としない美しさ。男より女にモテそうなタイプの美貌だ。


 そして女子生徒から注目を集める分、女子グループのトップ様からは目障りに思われていると。身分の上では格下だから尚更、ジークへの劣等感を認められない。


 だから派閥争いで孤立していようと曇らないジークの輝きを、隙あらば貶めたがっている。自分は既に格上で、才能を磨く気も努力する気もないから、相手を地に引きずり下ろすことで安心しようとする。


 で、俺が今回その隙を与えちまったわけ、か。


「家格の違いも理解できない野蛮人の貴女に、私手ずから身の程を思い知らせてあげましょうかと思っていたのだけれど。これでは私が直接手を下すまでも――」

「たかが伯爵家とやらに生まれたことしか誇るモノのない小娘が、俺の認めた騎士に舐め腐った口を叩くじゃないか」


 際限なく調子に乗りそうな金髪ロールの言葉を遮る。

 軽く挑発してやれば、面白いくらい相手の顔が引きつった。


「たかが伯爵家、ですって?」

「ああ、そうとも。たかがだ。そもそも子爵だの伯爵だの、そんな記号がドラゴンの前でなんの意味がある? 爪で軽く撫ぜれば等しく肉片よ。そしてこの騎士は、俺の爪を受けてなお五体満足でいる。これが偉業でなくてなんだ」


 この一週間だけで、貴族生徒どもの腐れ具合は嫌というほど目にした。


 そんな中、格が低くとも貴族には違いないジークを、リューの友達一号として推薦することが、俺にとってどれだけの決断だったか。その決断をさせた、ジークが剣で示した誇りがどれほどの意味を持つか。


 それをこんな、俺の勝利を自分のものみたいに宣う盗人女に貶められるのは我慢ならない! ドラゴンは財宝狙われるから盗人嫌いなんだよ!


「下を向くな、ジークフリート=ファフナー。誇り高き《竜殺し》の末裔よ。貴様の研鑽を、貴様の在り方を、誇るに足るものだと他ならぬ俺が認めた。ドラゴンが認めたのだ、これ以上の誉れがどこにある!」


 うん、我ながらなかなか決まったのではないかと思う。

 思うのに、周りの野次馬はまだしも、なんでジークまで呆れ顔になるのか。


 リューの方を見れば、首をコテンと傾げる。うん、可愛いけど俺の言った内容がよくわかってない顔だな。しまいにはジークが軽く噴き出しやがるし……まあ、さっきまでの情けない顔よりかはマシだけどさ。


 そして血管が破裂寸前の顔をしていた金髪ロールは、なにを思ったのか突然にこやかな笑顔を作った。いっそ見事なくらいの作り笑いでちょっと怖い。


「あなた、平民にしてはお強いそうですね。私もか弱い乙女、あなたのような強い殿方に守って頂けたら安心なのですけど……」


 胸を押しつけるようにしなだれかかってくる金髪ロール。頭沸いてるのか?

 上目遣いにこちらを見つめる瞳が怪しい輝きを放ち、瞬間――その顔面に拳が深々とめり込んだ。縦に回転しながらふっ飛ぶ金髪ロールの体。


 殴り飛ばしたのは俺じゃない。一瞬で間に割って入ったリューだ。

《龍》の眼を光らせながら息を荒げるリューに、俺は苦笑いで言う。


「あー、リュー? 俺にあんな低レベルの【魔眼】なんか通じないって」

「わかってる。でも、ニシキのこと、誘惑しようとした。リューから、ニシキ、奪おうとした。許さない。赦さない。生かして、置かない」


 移り香も許さないとばかりに、抱きついて体を擦りつけてくるリュー。


 うん。実際、【魔眼】より香水のきっつい臭いの方が辛かったので、俺もリューの紅髪に顔を埋めてフガフガする。

 うーん、心なしかリンゴの香り。美味しそうだな?

 全身で所有権を主張するように独占欲を示されて、正直まんざらでもなかった。


 喜びに浸る俺に、ジークが強張った声で呼びかける。


「あの、仲睦まじいのはとても良いことだと思うのだがな? 殴り飛ばされたエレノアの顔がその、大変なことになっているような」

「ん? あんなの、ちょっと鼻と顔面の骨が砕けた程度だろ?」

「ん。あれくらい、怪我のうち、入らない」

「ちょっとって、いや、ええー……?」


 俺たちと金髪ロールの間で、ジークの視線が右往左往する。


 金髪ロールには取り巻きたちが群がって介抱していた。

 どうも取り巻きの中に何人か治癒魔法の使い手がいるようで、数人がかりで金髪ロールの陥没した顔面を治療している。


「私の、私の美しい顔がっ。よくも、よくも私の美しい顔にぃぃぃぃ」


 なかなか優秀な治癒魔法使いだったと見えて、やがて起き上がった金髪ロールの顔は元通りになっていた。どうせなら鼻の形は潰れたまま治してくれたら良かったのに。


 しかし鼻血で顔も制服も汚れたし、殴られた痛みまでは消えない。

 それ以上に、高貴な自分が殴られたことに対する屈辱が精神的に応えたようで?


「け、け、けけ、決闘ですわぁぁぁぁ!」


 絞め殺される寸前の鶏かナニカが上げそうな、甲高い絶叫が響き渡る。

 これは、第二闘技場も更地になりそうだなあ……。


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