《竜殺し》が 友達 に 加わった?


「すまなかったぁぁぁぁ!」


 ズガン! と轟音と共に地面が揺れる。

 なんの音かといえば、ジークフリートが深く下げすぎた頭を地面に打ちつけた音だ。


 どうもこの女騎士、「《竜刻印》の力に溺れた村人が、《竜の巫女》を奴隷のように扱い虐げている」とデタラメを吹き込まれたらしい。それで義憤に突き動かされるがままに走り出し、その勢いで問い質しすらせずにいきなり斬りかかってきたそうだ。


 なんつーか、うん。馬鹿じゃないのか?


「本当にすまない。冷静さを欠き、公正な判断も下せずに剣を抜くなど、騎士としてあってはならないこと。こうなってはこの首で謝罪する他……」

「イランイラン。首なんかもらっても、こっちにはなんの得もないぞ」

「リュー、ニシキの恋人。痛いことも、酷いことも、されたことない。毎日いっぱい可愛がってもらって、可愛がってる?」

「まあ、うむ。それはよくわかった。今まさに目の当たりにしているというか、見せつけられているというか」


 ジークフリートが地面に両膝をついて頭を下げる、東方式の謝罪『土下座』をする前で、俺はベンチに横たわってリューに膝枕されていた。


 リュー曰くご褒美とのこと。まあ実際ご褒美だし、【ドラゴン・スクラッチ】を強引に押し込んだ際に腰の骨が砕けたもんだから、気を遣ってくれたんだろう。もう『再構成』が終わるから起き上がってもいいんだが、さりげなく押さえつけられている。


 こんな中庭のド真ん中で、流石に恥ずかしい……「あーん」の時点で今更? イヤイヤ、学院の制服ってスカート短くて、膝枕するとダイレクトに太ももの感触がヤバイ!


「こうなれば、我がファフナー家に伝わる家宝を献上するしかっ」

「いや、それ《霊宝》だから渡されても勝手に戻る……待て、その鎧はまさか」


 ジークフリートが刻印から顕現した『ソレ』に、俺の中に刻み込まれた《龍》がざわめく。まるで、懐かしさに胸が震えるかのように。


 その鎧は騎士が纏うにしては攻撃的な刺々しい造形で、金属にしては生物的で禍々しい質感を放つ。今にも鼓動が聞こえてきそうな迫力があり、事実俺とリューには鎧から力の脈動が感じ取れていた。


 ジークフリートは、どこか安堵の混じった神妙な顔で頷く。


「やはりわかるか? これは《ファフナーの鎧》……その名の通り、我が祖先が打倒した邪竜ファフナーを素材として造られたとされる、竜の鎧だ。そして我が祖先が竜に打ち勝った証明でもある。その誇りを守れなかったのは無念だが……いや、真なるドラゴンの爪から生き延びたことを、むしろ誉れとするべきかな」

「ほう? そこまで察してたか」


 学院長に続いて王都では二人目の、《竜》と《龍》の違いを知る者だ。

 そしてバルムンクで放った技からも、ジークフリートは自分が《龍殺しドラゴン・スレイヤー》でないことを理解していた。


 もしもその区別がつかず【ドラゴン・スレイ】などと叫んでいれば、技の発動が不完全なものとなり、技ごと俺の【ドラゴン・スクラッチ】に斬り裂かれていただろう。


「真なるドラゴンの恐ろしさは、父からも聞かされたことがあってな。だから貴殿の力を見たとき、最初は《龍刻印》を通じてドラゴンの力に深く浸食され、精神まで蝕まれているのではないかと危惧していたのだが……」

「凄まじく見当外れな心配だな。この刻印を手にした瞬間からずっと、俺は俺自身の意志で戦ってきた。ましてや、憐れまれる謂れなんかない」

「ああ。十二分に思い知ったよ。騎士であるなしに関わらず、剣に生きる者は剣を通じて相手を理解できるもの。剣術や体術とは全く違う異質なものだが、ニシキ殿の一撃には底知れない研鑽と意志力の重みがあった。貴殿は尊敬に値する、強き戦士だ」


 そう言って俺を見つめるジークフリートの目には、言葉通りの敬意と称賛。

 な、なんかくすぐったいな。侮られ蔑まれ、あるいは恐れられるのなら慣れっこだが、こういう好意的な眼差しは初めてかもしれない。


 そしてリューは、なぜか滅茶苦茶嬉しそうに声を弾ませる。


「うん。ニシキ、凄くて強い。優しくて、あったかくて、かっこよくて、素敵で…………あげない、よ?」

「うむ。取ったりしないから安心してくれ。なんというか……リュー殿は、本当にニシキ殿のことが好きなんだな」

「――うん、大好き」


 万感の想いが込められた、花が咲き綻ぶような呟き。


 ああもう、膝枕されていて良かった。とても顔を見れないし、見せられない。

 今、うっかりリューの顔なんて見たら、愛しさのあまり抱きしめちまいそうだ。自分で慎みがどうとか言ったくせに。


 そんな俺とリューの顔を見て、なにか感じるものがあったのか。

 ジークフリートは土下座から片膝をつき、騎士の礼に則った姿勢で頭を下げる。


「改めて、謝罪させて欲しい。風聞で貴殿らの関係を邪推し、剣を向けてしまった。そしてニシキ殿の覚悟を疑い、無礼な言葉を口にしてしまった。どうか、私の罪を贖う機会を頂きたい。そのためならなんでもしよう」

「ん? 今なんでもって言ったか?」


 思わずお約束みたいな返しが口から零れるが、上から刺さるジト目。

 違うんだって。ジークフリートがあまりにベッタベタな、庶民向けの舞台や小説で女騎士が口にする鉄板セリフを言ったからで、誓って他意はないのだ。


 軽く咳払いして、俺はせっかくだから一つの提案を告げる。


「それじゃあ……お前さ、リューの友達一号になってくれないか?」

「ふえ?」

「わ、私がリュー殿の?」

「ああ。ここまでのやり取りから、お前が真面目で猪突猛進で正直で単純で、正義感が強くて走り出したら止まれない突撃石頭馬鹿なのはよーくわかった」

「あの、それは褒められている、のか?」


 どちらかといえば小馬鹿にしているな。

 だけど俺たちからすれば、打算だけの小賢しい自称策士より、真っ直ぐな熱血馬鹿の方が好ましく感じるものだ。


 体を起こし、名残惜しそうなリューの頭を撫でつつ続ける。


「お前は馬鹿だけど、信用できる馬鹿だ。女の子が酷い目に遭わされてると聞いて、打算も見栄も損得もなしに、ただ助けなくちゃって突っ走れる馬鹿だ。そんな馬鹿なら友達一号としては丁度良いと思う。どうだ、リュー?」


 リューはずっと《魔窟の森》で育ってきて、俺と先生の他に親しい相手なんかいなかった。森の中で暮らし続けるなら、それでも良かったかもしれない。

 でも、俺は俺の我儘でリューを外の世界に連れ出した。


 そうした以上、俺はリューに思い切り外の世界を楽しんで欲しい。そのためにも、リューには俺以外の味方が必要だ。俺はなにがあろうとリューを守るけど、俺だからこそ話せない悩みだとか、女同士だからこそできる話だってあるだろう。


 この馬鹿だけど真っ直ぐな女騎士なら、きっとリューの助けになってくれる。

 ……無論、リューを裏切ったり悲しませるようなことがあれば、勧めた責任を取って、地の果てまで追い詰め八つ裂きにしてやるが。


 リューはしばらく考え込むように目を伏せた後、ベンチから立ち上がってジークフリートに歩み寄ると、恐る恐る右手を差し出した。


「よろし、く?」

「ああ、よろしく頼む。どうか、私のことはジークと呼んで欲しい。ファフナー家の、騎士の、それ以上に私自身の誇りに誓って、あなたの最初の友人となろう」


 優しくも力強く両手でリューの手を握り返し、ジークフリート――ジークは宣誓するかのように微笑んだ。リューも笑みこそ返さないが、繋いだ手のぬくもりを確かめるように、空いた左手を添える。


 うん、悪くない画だ。

 願わくば、これが友情の芽生えとなってくれるといいが。



「オーホッホッホ! 随分とまぁ無様を晒したようですわねぇ、ジークさぁん?」



 ……誰だよ、せっかくのいい場面に水を差す、この不快な猫撫で声は。

 出所を見やれば、なにやら男子生徒を大勢引き連れた女子生徒が近づいてくる。

 あの髪型は、金髪ロールだと!? 旅の舞台役者以外で初めて見た!


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