エピローグ
「ヒマだなー」
「なー」
廃墟じみて人気がない、学院の中庭。
俺とリューはベンチでくったりと暇を持て余していた。
帝国の魔族が学院に潜入し、大勢の生徒を生贄に悪魔召喚を行った、この前代未聞の事件から一週間。それはもう蜂の巣を突いたよりも酷い大騒ぎになったようで、学院は絶賛休止中だ。
なにせ犠牲になったのは、子爵から侯爵までに至る貴族の子息子女が大半。
多くの名家が跡継ぎをあっけなく失い、卒倒寸前の有様らしい。
「教師が軒並みクビになって、授業どころじゃなくなったからなあ。普通なら学院長が一番に責任追及されそうなところだけど、追及したら逆に貴族どもが黙らされる羽目になったらしいぞ? そのときの面を拝んで見たかったモンだ」
「んー」
大して興味が湧かないのか、眠たそうな生返事。
久しぶりに【人化】を解いた反動だろう。落差から体の調子が怠いようで、リューは俺に抱きつきながら、んーあーと意味のない声を漏らす。
押しつけられる柔らかい頬っぺたに頬擦りを返してやると、リューがポツリと呟いた。
「あの魔族、結局、なんだった?」
「さてな。国から無茶振りされて、他国で危険な実験をやらされた一兵卒……で片づけるには、色々とただ者じゃあなかったよな」
――結論から言ってしまえば、レヴィアタンは結局取り逃がした。
最後の一撃、僅かな拮抗の間に転移魔法で逃れていたのだ。
追跡しようと思えば龍秘法で可能だったろうけど、《龍》の力を引き出す一助になったこと、クソッタレな生徒どもと違って人柄が嫌いじゃなかったこと、死んだのがそのクソッタレばかりだったこともあり、そのまま見逃した。
王国と帝国のいざこざなんて、ドラゴンの俺たちには関わりのない話だしな。
……まあ、パーティメンバーであるジークたちを害するようなら、話は別だが。
それと、レヴィアタンの犯行には一つ解せない点があった。
エレノアを始めとする、アークデーモン召喚の生贄にされた生徒たち。
そいつらは共通して、家の権力で好き勝手して学院を腐敗させていた、言わば学院の膿と言うべき貴族生徒ばかりだったのだ。そして素性の知れなかったレヴィ先生を学院に引き込んだのも、学院の運営をアレコレ妨害してきた貴族派閥の教師。
息子や娘を失った貴族たちは学院を糾弾するどころか、責任追及から逃れるためにその教師を斬り捨てて沈黙する他なく。
これで、貴族たちは学院に対して影響を及ぼすことができなくなった。学院の腐敗を正して改革するにはまたとない好機と言えよう。
つまり――レヴィアタンが起こした事件は、結果として学院の利となったのだ。
それとなく学院長に探りを入れてみたが、学院長も俺の指摘に驚愕していた。アレは痛いところを突かれたのではなく、敵の意図が読めずに困惑している顔だった。
学院長がレヴィアタンと共謀していた可能性は低い。だとすれば、レヴィアタンは個人的な意思で王国の利にもなるよう立ち回ったと考えられる。元々、帝国の上層部と意見を異にしている節が彼女の言動には滲んでいた。
《ラグナロク大戦》は一国でどうこうできる代物じゃない……あの女魔族なりに、真剣に迫りくる脅威への対抗を考えているのかもな。
「ま、俺たちには割とどうでもいい話か。俺がドラゴンに近づく糧となってくれた分、あの女魔族には感謝してるくらいだ」
「……鎧、返してよかったの?」
「ああ。《竜》の鎧に頼っているようじゃ、《龍》に至るなんて夢のまた夢だからな」
俺が全身【龍化】を果たす助けとなった《ファフナーの鎧》は、ジークに返却した。
正直、吸収したまま戻らなかったらどうしようかと俺自身不安だったけど、無事に分離して元に戻せた。
涙ながらに鎧に抱きつくジークの姿は、酒の席のちょっとした笑い話である。
「それに、リューの友達――に、になるかもしれないヤツだからな。リューの友達なら俺の友達でもある。一方的な借りを作るような、カッコ悪い真似はしたくない」
「ん。わかった」
鎧がなくとも今回の戦いで、俺は両手両足を同時に【龍化】できるようになった。
またヤバイ敵が現れるようなら、鎧を借りることもあるかもしれない。
でも、俺はあくまで俺自身の力で《龍》に至って見せる。
それが先生と、リューとの約束だから。
「さて、どうせ授業もないことだし、俺たちのロビンの見舞いに行くか」
「お邪魔、ならない?」
「そろそろロビンが場の空気に耐えられなくなってる頃合いだと見てるんでな」
あの戦いの後、ロビンだけは治療院送りになっていた。
俺とバフォメットの戦いの余波からはリューが全員守り切ったんだけど……地上に戻る途中で、落石からアリスを庇ったジークを庇ってロビンが腕を骨折したのだ。
並の治癒魔法やポーションだと骨折を瞬時に治すとはいかない。下手にそれらで骨を繋ぐと、ズレて繋がったりして悪化の危険もある。龍秘法なら完璧に繋ぐことも可能だけど、俺もリューも【ドラゴン・ロア】ですっかりエネルギー切れ。
結局、自然治癒に任せるのが一番ということで、ロビンは絶賛入院中。
それで今日も、ジークとアリスはロビンの見舞いに行っているわけで。
「あの三人、俺の見立てじゃ今後面白いことになると思うんだよな。主に三角関係的な意味で。いやはや、他人の恋愛を観察するのも案外楽しいなあ」
「悪い顔」
リューには呆れられてしまうけど、実はちょっと憧れがあったのだ。男友達と恋人の話で盛り上がる、いわゆる恋バナというヤツに。ま、三人とも「ちょっと気になる」程度の感じだから、今はせいぜいどう転ぶかを眺めて楽しむくらいだが。
早速修羅場が起きてないか確かめに行くべく、立ち上がろうとしたところに抵抗。
俺の服の裾を掴んで、リューがこちらを見上げていた。
「お見舞い、行く前に、一ついい?」
「なんだ?」
「――今なら、まだ、引き返せるよ?」
感情を深くて暗い水底に沈めたような目をして。
そんなことを、リューは口にする。
「あれだけ傷ついて、ボロボロになって、成果、たったこれだけ。同じこと、今回以上のこと、何度繰り返すことに、なるか。リュー以外なら、こんな苦しい思い、必要、ない。そこまでする、価値、リューには……」
「それ以上は、怒るぞ」
論外も論外の言葉に、思わず声音が低くなる。
想像以上の怒気が出ていたのか、目を丸くしたリューに俺は告げる。
「俺はリューが好きだ。デートして、手を繋いで、抱きしめて、キスして、いつか家族になって、ずっとずっとリューと一緒にいたいんだ。他の誰かなんて考えられない。誰もリューの代わりになんてならない。リューが俺を選んでくれるなら、俺はどんな苦難だって乗り越えて見せる。だから、お願いだから――」
どうか、そんな悲しいことを言わないで欲しい。
どうか、俺を選んだことを後悔しないで欲しい。
君が俺以外を選ぶ未来なんて、それこそどんな苦痛よりも俺には耐えられない。
誰よりも誰よりも、リューのことが好きだから。
「ごめん、なさい。ありがと、う」
震える俺の手に、リューの手が重ねられる。
知らず俯いていた顔を上げれば、リューは静かに泣いていた。
悲しみと、苦悩と、喜びの涙を。
「リューも。ニシキが、好き。大好き。愛して、います」
「ああ。俺も、愛してる」
……未だ俺たちの間に刻まれた溝は深く、道のりは果てが見えない。
不安も、恐怖も、焦燥も、引いては返す波のように心を苛み続けるだろう。
それでも、必ずたどり着いて見せる。この歩みを決して止めはしない。
だって、大好きな人が俺を好きになってくれたのだ。
これに勝る奇蹟なんて、この世のどこにだってないから。
重ねた唇の熱さに、俺は何度だって永遠を誓って見せるのだ。
龍刻印の天災無双~俺たちの恋路を邪魔するヤツは、ドラゴンの尻尾でドォォン!~ 夜宮鋭次朗 @yamiya-199
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