ドラゴンは 龍の咆哮 を 放った!
暴力的なエネルギーが、血流のように俺の全身を駆け巡る。
常ならば制御できずに暴れ狂って、反動で我が身を砕き引き裂く力。
それが今、完全に俺の掌中に収まっているのを感じ取れた。しかも、力はこれまでの部分的な【龍化】より圧倒的に増している。表面だけでなく、骨格や内臓に至るまで完全な【龍化】を果たしたのだ。
まさか《ファフナーの鎧》が【龍覇気】を受け止める器の代替になろうとは……ジークのヤツ、とんでもない思いつきをしたモンだ。
「《竜》ともリザードマンとも似て非なる姿……それが真なるドラゴンの姿というわけですか。ただ立っているだけでこの威圧感、伝説に恥じない力のようですね。――ならば尚更のこと、貴方は危険すぎる。帝国の脅威となる前に、ここで叩きます!」
流石と言うべきか、女魔族――いや、レヴィアタンはすぐに動揺から立ち直る。
こいつ、自我がない上位悪魔の操作と並行して、魔法で俺を牽制したり俺の攻撃を防いだりしていた。人形使いは人形を操る本体を倒せばいい……というセオリーがこいつには通用しない。俺が《龍》の力を引き出す目的でバフォメットに集中し、本人を意識して狙わなかったことを差し引いても、なかなかの難敵だ。
しかし……こうなっては、まるで負ける気がしない。
「バフォメット!」
「ゴオオオオ――「ルァァ!」グォ!?」
バフォメットの雄叫びが途中で遮られる。
跳躍一つで瞬時に距離を詰めた俺の蹴りが、バフォメットの横っ面に炸裂したのだ。
巨体は天地逆さまに横回転し、山羊頭が硬い地面に叩きつけられる。
蹴りの反動で壁に着地した俺は再度、跳躍。
急降下からの拳がバフォメットの腹に突き刺さる。衝撃が地面に吸収し切らず、バウンドした巨体をさらに殴り飛ばす!
「な、あ……!?」
「ここまで《龍》の力を引き出せたのも、貴様が俺をとことん追い詰めてくれたおかげだ。その礼に、とくと見せてやるよ。ドラゴンの力を――!」
俺は全身【龍化】した身体能力を全開で発揮。
地を蹴り、壁を蹴り、【龍覇気】を推進力に変えて空中すら蹴って跳び回る。
そしてバフォメットを徹底的に、一方的に、叩きのめす!
「ゴォォォォグァァァァ!?」
「なんだ、あのデタラメな動きは。漆黒の、閃光……!?」
ジークの唖然とした呟きを、普段より一層鋭くなった聴覚が拾う。
ジークたちからは、黒い影が軌跡を描くごとに、バフォメットの巨大な体がボールのように宙を飛び跳ね、あるいはキリキリ舞いして見えていることだろう。
しかし、驚くほどのことじゃない。
ドラゴンと上位悪魔が殴り合いになれば、こうなるのは当然だ!
「グルアアアアアアアア!」
足下から跳び上がり、バフォメットの顎に最後の一撃を見舞う。
砕けた牙と血が口から四散。一瞬の間と静寂の後、バフォメットの体は高々と打ち上げられた。上空に逃れていたレヴィアタンも巻き込まれ、グングン小さくなる影。
そのまま星にでもなるかと思った、が。
空に光が弾け、大規模な魔法陣が展開された。
あの女、まだなにか仕掛けてくるつもりらしい。
「オイオイオイオイ。なんだよ、ありゃあ? なにをやるつもりなんですかい?」
ロビンも【遠視】で、上空の異様な光景が見えたらしい。
バフォメットの手足があらぬ方向に捻じ曲がり、あちこちから魔結晶が飛び出した。
そう、エレノアたちに起こったのと同様の変異だ。
『アークデーモンが手も足も出ないとは、流石はドラゴン……。ならば、こちらも禁じ手の最終手段を使わせてもらいます!』
距離的に届くか怪しいからと、わざわざ魔法で声をこちらに響かせるレヴィアタン。
『バフォメットを構成する生命エネルギー、その全てを攻撃に転化した、さしずめ生体魔力砲といったところですか。王都ごと消し飛び兼ねないこの威力、避ければお仲間が無事では済みませんよ!』
言われて見れば成程、禍々しい砲身のような具合に仕上がったバフォメット。
山羊頭の砲口に、小型の太陽じみた熱量のエネルギーが集まる。
一度撃てば、砲身であるバフォメットも確実に消し飛ぶ威力だ。
何人分もの《刻印》を対価に召喚した上位悪魔を、たった一撃で使い潰す。まさに禁じ手で最終手段。
なら、こっちも相応の技で迎え撃つまで!
「リュー!」
「クルゥ!」
「あ、いつの間に!?」
あの砲撃相手じゃ、リューの結界も意味を成さない。
そこで呼びかけに応じたリューは、俺の背後に抱きつくようにして配置についた。
半人半龍の姿のリューには角も翼もあるため、二人合わせると完全なドラゴンの姿……に、見えなくもない。
「制御と照準を任せる! 火力は、俺がありったけ出す!」
「クルル!」
俺が大きく息を吸い込み、リューが両手を前方へかざした。
砲身のごとく並ぶ五重の魔法陣に、俺がありったけの【龍覇気】を注ぎ込む。
天と地で小太陽が輝き、熱量の膨張と圧縮はやがて頂点に達した。
そして……同時に放たれる最後にして最大の一撃!
「【サクリファイス・デモンブラスター】――!」
「【ドラゴン・ロア】――!」
天より落ちる赤黒の光芒。
地より昇る深紅の熱線。
二つの光が激突し……僅かな拮抗の後、深紅が突き抜ける!
「――――!」
反動で既に半壊したバフォメットは、熱線に呑み込まれて焼却。
肉片一つ塵芥も残さず、上位悪魔は無に還った。
後には熱線で雲が吹き飛び、嘘みたいに透き通った青空が広がるばかり。
それを、ジークたちは悪夢から覚めたような顔で見上げていた。
「「グルアアアアアアアアアアアアアアアア!」」
青空に龍の咆哮が轟く。
歓喜で満ちた喝采の雄叫びは、蒼穹にどこまでも響き渡った。
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