ドラゴンは 《ファフナーの鎧》 を 使った。


(――以上が、私とニシキのこれまでで、王都にやってきた理由です)


 長い話を語り終えたリューに、ジークたちはとてもかける言葉が見つからなかった。

 俺は龍だと、龍になるのだと何度も聞かされたニシキの宣言。

 それがまさか、言葉そのままの意味だとは思いもよらなかった。


 ……否、たぶん自分たちは薄々気づいていた。ただ、そんな馬鹿げたことがあるわけないと、ニシキの言葉を軽く見ていたのだ。


(あの人は私のために、全てを捧げてくれました。私なんかを選びさえしなければ、いくらでも望めたであろう「普通の」幸福、平穏、人生……その全てを捨て去って、私と一緒に生きる未来を望んでくれた。だから私は、私の全てを彼に捧げると誓いました。それくらいしか、彼に報いる術が私にはないから)


 リューが語っている間も、ニシキとバフォメットの戦いは続いていた。

 魔法や腕による攻撃で身を引き裂かれながら、ニシキは一歩も退かない。

 燃やされても、潰されても、千切られても、次の瞬間には再生して殴り返すのだ。


 そしていつしか、ニシキの体には異常が表れていく。


「グル、グググ、グルォォォォ……!」


 両腕のみならず、全身へ同時に【龍化】が及び始める。


 しかし、それはまともな変異ではない。腕から尾、頭から翼と、デタラメな配置で人にはない部位が生えているのだ。しかも変異した先からドロリと泥のように崩れていく。リューのような半人半龍と呼ぶには、あまりに歪な奇形の姿だ。


 それでも力だけは増大しているらしい。角が刃のように生えた腕の一薙ぎで、バフォメットの右側の腕が二本まとめて両断された。

 苦悶の叫びを上げる山羊頭の上で、レヴィアタンは戦慄の表情を浮かべる。


「《龍》の力が、肉体という器に収まる域を超えつつあるようですね。それほどのエネルギーを引き出す意志力には驚嘆しますが……貴方、死にますよ?」

「死ぬかよ。死ぬ、ものかよ。俺は《龍》だ、《龍》になるんだ……!」


 ドラゴンになる――一〇〇人が利けば一〇〇人が妄言だと嗤うだろう。

 しかし何者にも覆せない、深く激しい情念が、ニシキの言葉には込められていた。

 ニシキは心の底から本気で龍に至ろうとしている。


 ただ、リューと百年でも千年でも一緒に生きていくために。

 ただ、リューを幸せにするために。

 只々、リューを愛するためだけに。


 リューの永遠に、ニシキは己の全てを賭して挑むつもりなのだ。


「ニシキ……」


 人ならざる少女へ身も心も捧げ、人であることさえ捨てようという少年の恋。

 それに己の全てを捧げることで報いようとする、人ならざる少女の愛。


 人の身に過ぎず、また恋も愛も未だ知らないジークでは、とても理解が及ぶ感情ではなかった。正直、恐怖さえ覚える。


 ――それでも。

 それでも、美しいと思ったのだ。


 愛する人のために命を燃やす二人の在り方は、どれほど歪で身を焦がす激しさであろうと、間違いなく尊いモノ。誰に憚る必要もなく、誰もそれを笑うことなどできない。


 だからこそ、ジークは尚更、黙って見ているだけではいられなかった。

 そしてそれは、傍らの二人も同じ。


「全く、冗談じゃないですよ……そんな必死になって、犠牲も払って、なにもかもを捧げて……だったら、おたくらは絶対に報われなくちゃ駄目でしょうが!」

「そうよ。愛の物語は、ハッピーエンドでなくちゃ!」


 ロビンとアリスが、手足と言わず全身に襲う震えを堪えて立ち上がろうとする。

 間近で上位悪魔と龍が激突しているのだ。いくら結界に守られていようが、恐ろしくないはずがなかった。所詮自分たちは学生に過ぎず、それはジークとて例外でなく。


 だとしても、自分たちはパーティーなのだ。

 一方的に守られているだけで、なにが仲間であるものか!


「なにか、なにかないのか。今、私たちにできることは……!」


 ジークは必死に思考を回す。

 ニシキとリューに出会ってから現在までの記憶が、撹拌されて脳裏を駆け巡った。



『《龍》の力が、肉体という器に収まる域を超えつつあるようですね』


『それに【龍覇気】が強大なエネルギーである分、並以上の武器や防具でもまず耐えられないんだよ。一振りできれば上出来なくらいだ。それこそ竜を素材とした武器や防具でもなけりゃ、ドラゴンの力を受け止める器として機能しない』



 竜を素材とした武器や防具でもなけりゃ――

 レヴィアタンの発言から連鎖して脳裏に蘇る、ニシキの言葉。

 それが、ジークに天啓をもたらした。


「私に考えがある! 三人とも、私に力を貸してくれ!」


 リューたちに呼びかけ、手短に策を伝える。

 三人はジークの発案に対する驚きを即座に呑み込み、用意を整えた。


「ニシキィィィィ! これを、受け取れええええ!」


 そして、ジークは自らの《刻印》から取り出した『ソレ』を、ニシキの方に向かって力の限り投げつけた。

 騎士が纏うにしては攻撃的な造形で、金属にしては生物的な質感を放つ鎧を。


「我が家に伝わる《ファフナーの鎧》……お前も知っての通り《竜》の鎧だ! これなら少しばかりでも、《龍》の力を受け止める器の代わりとして機能するはず!」


 騎士鎧の各部パーツがばらけつつも、しっかりニシキへと放物線を描いて向かう。

 しかし当然ながら、それを黙って見ていてくれるような敵ではない。


「なかなか、面白いことを考えますね! ですが……それを聞いて、大人しくさせてあげると思いますか! バフォメット!」


 レヴィアタンの命令を受け、バフォメットの巨体が間に割って入る。

 鎧のパーツをまとめて叩き落とそうと、残る左側の腕二本が振るわれた。


 が――鎧の各パーツが、空中で不自然にその軌道を変える。あたかもパーツそれぞれに羽根でも生えたかのような動きで、巨大な枯れ木と氷柱の腕を掻い潜った。

 そして、実際に鎧を引っ張る小さな翼の存在を、レヴィアタンは目敏くも見抜く。


「鎧に召喚獣を括りつけて……!?」


 そう。ロビンが常備しているロープで、アリスの召喚獣と鎧を結び付けて置いたのだ。

 一旦こちらに引きつけたことにより、鎧は無事ニシキの下へ送り届けられる。

 しかし敵も立ち直りが早い。


「ですが、装着する猶予は与えません!」


 山羊頭が振り返るや否や、特大の雷を放射。

 雷光の濁流が一瞬にしてニシキを呑み込んだ。

 あっ、とジークたちが息を呑む中――濁流を割る、黄金の輝きが。


 雷光をもかき消す眩い【龍覇気】。

 その中心に佇む異形の影を目にして、レヴィアタンが驚愕の声を漏らす。


「鎧を装着するのではなく……肉体に直接吸収した!?」


《ファフナーの鎧》がズブズブとニシキの体に埋まり、同化しているのだ。

 そして鎧を取り込み、鎧と一体化してニシキの全身が変異していく。


「我が家の家宝がァァァァ!?」

「オイオイ」


 思わず叫んでしまったジークと、思わずツッコミを入れるロビン。

 そんな場の空気を読まないやり取りは余所に。

 ニシキは変異を……『変身』を完了した。


「グルアアアアアアアア!」


 一際高まった【龍覇気】が弾け、雷光は四散する。

 黄金を裂いて現れた姿は、竜の鎧を纏った人にあらず。


 全身を覆う、鋼よりも強靭な鱗と甲殻。鋭い爪と牙。鞭のようにしなる尾。

 そして《竜》とは明確に異なる、むしろ人間のそれに近しい骨格のフォルム。

 翼を欠き、角は不完全を表すように短いが、間違いない。


 まさしく伝説に謳われし《龍》――真なるドラゴンの姿だった。


「さあ、見せてやるぞ……本当のドラゴンの力を!」


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