ドラゴンたちは 祝杯 を 上げている。


 実質九対一のパーティー対抗戦を快勝で飾ったニシキたちドラゴンパーティー。

 彼らは《黄金の百竜》亭にて、初陣勝利の祝杯を上げていた。


「「「カンパーイ!」」」


 木製のカップを軽く突き合わせ、何度目になるかという乾杯の音頭を取る。


 ちなみにカップの中身は、看板娘の実家が新しく試作したというリンゴ酒だ。試作ということもあってまだまだ上等な味とはいかないが、礼も兼ねたタダ酒なので杯が進むこと。


 思い思いに食事を取りつつ、話題に上がるのは当然今日の対抗戦だ。


「しかし、ロビンは罠の製作技術もさることながら、弓の腕前も見事だったな。それに観察眼も鋭い。私の死角から来る相手を的確に射抜いてくれるおかげで、私は常に正面の敵だけに集中できた。優秀な射手の後方支援がこうも心強いとは知らなかったぞ」

「ジークとリューの間を抜けて敵が私に迫ってきたときも、バシュッて一撃で敵を射抜いたの! 本のロビンフッドにも負けないくらい、とってもかっこよかったわ!」

「いや僕、単に物陰からコソコソ弓言ってただけですし。そんな、いいように取られましてもねえ……」


 少女二人からの絶賛に、ロビンは店内だというのにフードで顔を隠してしまう。


 前のパーティーでの冷遇もあって、自身の《刻印》とその戦闘スタイルにコンプレックスを抱いていたロビンだ。こういう手放しの称賛には慣れていないのだ。


 特に、正々堂々を地で行く騎士のジークに対しては、劣等感が強かっただけに尚更。ジークは親しい相手を呼ぶ際には自然と『殿』が外れるようなので、その点を鑑みてもロビンを認めていることに疑いの余地はない。


 アリスの目なんて、ロビンが物陰に隠れてしまいたくなるほどのキラキラ具合だ。


「そ、そういうジークこそ、アリスを敵に指一本触れさせずに守り抜いて、見事な騎士っぷりだったじゃないですか。正面からの斬り合いで負けないのは勿論、他人を守りながらの立ち回りが巧いんだな。ただ敵を倒すよりよっぽど高等な技能でしょうよ」

「そうね! ジークってば本の王子様よりもかっこよくて、私ったら自分がお姫様になったみたいでドキドキしちゃった!」

「いやその、そう大したものでもないぞ? 姫様にいつも振り回されて、少しばかり慣れているだけというか」


 ジークもジークで、いざ矛先を向けられると照れ照れだ。


 家が政争に負けて没落して以来、騎士の誇りさえ滑稽なだけだと、他の貴族生徒から笑い者にされてきた。どれほど無念の日々を積み重ねてきたことか。そして仲間を守る騎士の本懐を果たせたことが、どれほど救いになったか。


 多くは語らないが、自然と杯が進んでバラ色に色づいた頬が、その胸中を物語る。艶っぽくも無防備なジークの照れ顔に、ロビンが視線のやり場に困る始末だ。


「それに、今日一番の活躍をしたのはアリスだろう。罠の設置、斥候、連絡、【ウィスプ】を率いての迎撃……アリスの召喚獣が果たした役割は非常に大きい。というより、完全に陣形の中核を担っていただろう」

「あれだけ大勢の魔物を同時に召喚したんですからね。あんたとあんたのお友達が、パーティーで一番の功労者なんじゃ?」

「うふふっ。頑張ってくれたのは私じゃなくて私のお友達なんだけど、そう言ってもらえると本当に嬉しいわ!」


 アリスは素直に笑顔で賛辞を受け取る。


 魔物の中でも異形なモノたちを「お友達」と呼んで憚らない。そんなアリスも、周囲から奇異の目を向けられ疎外されてきた身。自分も自分の友達のことも認められるというのは、これまでなかった嬉しい体験だ。


 パンケーキを頬張る笑顔も、一段と華やいでいる。……その周囲を奇々怪々な魔物たちが踊り、他の客が若干引いているのはご愛敬だろう。


「しかしなんだかんだで、最後は我らがドラゴン様が全部持っていっちまったわけですがね。なんですか、あのデタラメな強さ。災害かっての。いや、竜巻で闘技場ふっ飛ばした時点で今更と言えばそうなんだけども」

「リューもとっても凄かったわね! 見たこともない高等魔法をバンバン使っちゃうんだから! ドラゴンは強いだけじゃなくて博識ですものね!」

「私にも、あの二人はまるで底が知れないからな。《龍刻印》と《龍の巫女》……彼らを常識で測ろうとするだけ無駄、か」


 そして話の最後に上がるのは、なんといっても《龍》を冠する二人だ。


 単騎で森を駆け抜け、敵パーティー九組の半数を地に沈めたニシキ。

【ウィスプ】を始めとした高等魔法を苦もなく操り、敵を圧倒したリュー。


 やはりドラゴンの力を宿す二人の戦闘力は絶大の一言だ。しかし、それだけではない。パーティーの采配といい、技量や機転にも目を見張るものがあった。「運良くドラゴンの力を手にしただけ」などと侮る者は、この場に一人としているまい。


 なにより、二人が学院に現れなければ、こうして自分たちがパーティーを組むこともなかっただろう。人の巡り合わせというものはわからないものだ。


「…………で、そのドラゴン様がいつの間にか不在なわけですが」

「あらあら、うふふっ」

「まあ、探しに行くだけ野暮というものだろうなあ」


 二つの空席に目をやり、一同は顔を見合わせて苦笑する。

 多少酒が回ったところで、藪を突いてドラゴンを怒らせるような蛮勇を発揮する気は誰も起こさなかった。





 さて、ニシキとリューがどこに行ったかというと。

 別段そう遠くない近くも近く、酒場の屋根の上だった。


「お酌ー」

「ん。ありがとな」


 肩が触れ合う距離で並び、チビチビと杯を舐める。


 実は二人とも酒は大好物なのだが、ニシキは悪酔いする性質で、リューは滅法弱くてすぐに酔い潰れてしまう。流石に組んで間もないパーティメンバーの前で醜態を晒したくはなかったので、こうして二人きりで杯を交わしていた。


 上等とは呼べないが、看板娘とその両親の心がこもった酒に舌鼓を打ちつつ、ニシキはリューに尋ねる。


「どうだった? パーティープレイの感想は」

「うん、楽しかった。皆と一緒、戦うの、悪くない」

「そっか」


 それだけ聞ければ十分、ニシキの今回の目的は達成された。

 また一つリューに良い思い出ができて、彼女がより外の世界を好きになる一助になればいい。自分の我儘についてきたことを、後悔させたくはないから。


 ――そんなことを考えていると、リューがこちらの肩に頭を乗せてくる。


「でも、今は二人きりが、いい、な」

「……そうだな」


 そういえばパーティーのことがあって、ここ最近は二人でゆっくりとした時間を過ごせずにいたか。遠慮がちに甘えてくるリューに、心揺さぶられながらもニシキは猛省する。


 酒気で火照った頬を擦り合わせ、今は二人きりのひとときを満喫することに。

 夜空を見上げれば、パーティーの勝利を祝うように満点の星が散りばめられていた。


 …………ロマンチックを楽しむには、傍らに転がる大量の酒瓶が台無しだったが。


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