ドラゴンは お風呂 で イチャついている。


「いやー、ちょっとやりすぎちまったかもな?」

「やりすぎちゃったかもねー」


 ホカホカのお湯に体を浸しながら、リューと王都生活の初日を振り返る。

 入学して早々、手始めに闘技場を更地にしてしまったわけだが、流石に学院長のおっさんには悪いことをしたと思わないでもない。


「でも、リューは楽しかった! とっても!」

「竜巻ごっこなんて久しぶりにやったもんな。昔は湖の水を丸ごと巻き上げたりして遊んでは、先生に怒られたっけか」


 当然の話だが、ドラゴンが竜巻くらいでどうにかなったりはしない。


 俺もリューも存分に暴風の中を舞って楽しみ、竜巻が消えた後は危なげなく着地した。勿論、俺がリューをお姫様抱っこしながらだ。ちょっと英雄譚の一場面っぽくてワクワクするんだよな、これ。いや、俺は英雄じゃなくてドラゴンなんだけど。


 結局、俺が起こした竜巻を凌げた者はほとんどおらず、大半が保健室送りになった。


 おかげで今日の授業は全面的に中止。俺とリューは一通り学院を見て回った後、学院長に用意してもらった家に帰宅した。なんでもある貴族が別荘として建てさせたものの、直後に賭博で破産したため、長らく手つかずの空き家になっていたそうな。

 で、現在は二人仲良く入浴中なわけで。


「しかし、貴族様の別荘って割にはそこまで贅沢な感じじゃないよな。一軒家だし、無駄に金をかけた内装でもないし、湯船も狭い。もっとこう、それこそ森の湖くらいの広さを期待してたんだけど。俺とリューの二人で入ったら満員だもんな」

「ん。でも、くっつくの、丁度良い広さ」

「あー……郊外で立地が良くないから買い手がつかなかったって話だけど、元々そういう目的で建てられたのかもな。人目を忍んで愛人と楽しむためー、とか」

「リュー、ニシキの恋人。伴侶。お嫁さん」


 愛人という言葉が引っかかったようで、不満そうな顔を近づけてくるリュー。

 そして顔を近づけた分だけ密着度を高める、極上の感触。


「わかってる。間違ってもリューを愛人とかそんな風に思ったことないから。つーか思えるはずがないだろ? リューは俺にとって世界で一番、特別で大切な人なんだから」

「……えへへー。ニシキ、好きー」

「俺も好きだよ。だから――ちょっと加減してくれませんかねえ」


 質の良い木材で作られた東方風の浴室。

 リューの言う通り、くっつき合うには丁度良い狭さの湯船で、リューは俺に体を預けていた。互いの間になにも、布一枚の隔たりさえない状態で。しかも向き合いながら。


 だからヤバイ。とてもヤバイ。

 遠慮なく押しつけ擦りつけられる、柔らかくて温かくて時折固い感触がヤバイ!

 ついさっきまで散々致したというのに、この娘ってばまだ満足してない様子だ。


 何度も瀕死になりながら耐えてくれた俺の理性さんだが、「半脱ぎの制服」が発する謎の背徳感漂う誘惑の前に、とうとう悶死。

 入浴前に二回、湯船に入る前に二回、洗いっこしながら三回、と汗とかその他諸々で汚しては洗ってまた汚すの繰り返し。


 なにが困るって、精力もドラゴンだからまだまだ余裕なのがなあ……精神でブレーキかけないと止まらない。でもリューの誘惑が理性さんの弱点すぎて止められない。


 今だって蕩けた顔で、甘い吐息が胸をくすぐってくるもんだから、せっかく息を吹き返した理性さんが今度はのぼせ死にしそう。

 なにか、雑談で気を紛らわせなければ……!


「それにしても、アレだ。風呂なんて初めて入ったけど、なかなかいいモンだな。森じゃ川や湖で水浴びだし、村でもお湯を張った桶で体を洗うのがせいぜいだったし。こうしていると、一日の疲れがお湯に溶けていくみたいでさあ」

「うん。凄くいい気持ちー」


 火照った肌で頬擦りされて、早速理性さんが焼死寸前!

 ええい立て直せ、まだ本題にも入ってないから!


「森でもやろうと思えばやりようはあるだろうけど、スイッチ一つでいい湯加減に温まるとか便利だよな。こいつは王都じゃないと味わえなかっただろ」

「魔導装置、だっけ?」

「そうそう。《魔結晶》をエネルギー源とした魔導技術による発展。先生からもある程度は聞きかじっていたし、魔道具なら多少の心得もあるんだけどな。言っちまえばただの湯沸かし装置なのに、魔道具より遥かに精密な仕掛けが組み込まれてやがる」

「そのおかげで、誰でも使える。魔道具、あくまで補助。力、引き出す技術、要る。これは技術、要らない。技術、全部仕掛けが代わって、くれる」


 これこそが《魔導文明》と呼ばれる、現人類の繁栄の象徴。


 先生に言わせれば『それを罪と知りながら欲に目を濁らせ、手放せないままでいる人類の業』とのことだが、なるほどこれは手放し難い。火を使わず煙が出ない照明。夏でも食料を腐らせない冷蔵庫。清潔な水が蛇口を捻るだけで出る水道。


 どれもこれも便利で快適で素晴らしく、そりゃあ一度味わってしまえば手放せないのも頷ける。……まあ、その便利さに比例した代償もあるわけだが。資源の消費だとか環境破壊だとか、それよりもっと性質の悪い代償が。


 物事に代償が付き纏うのは元々自然の摂理だから、俺とリュー的にはあまり気にならないけどな?


「リューは王都に来てみて、どうだった? 空気がマズイとか、ご飯が美味しくないとか、ちょっとでも不満があったら遠慮なく言えよ? 砕いて壊して焼き尽くして解決できる問題なら、俺がパパッと片づけるからさ」

「森と空気、違う。でも嫌じゃない。ご飯、見たこともない料理、たくさん! 他にも目に映る全部、新鮮が一杯で楽しい!」


 リューは目をキラキラさせて笑う。

 何分、俺もリューも魔窟の森でサバイバル生活が長かったからなあ。

 王都の豊かさ絢爛さは実に刺激的で、俺もこれからの王都暮らしが結構楽しみだ。


 だけどリューが楽しくなければなんの意味もないし、リューさえ楽しんでいればそれでいい。リューを楽しくさせないものは俺が潰す。燃やす。滅する。


「ニシキは、どう? 敵、歯応え、期待できそう?」

「うーん。これからの成長と活躍に期待、って感じだな。一見じゃ上がるか下がるか判断つかないし、何人がどの程度まで上がることやら……」


 俺が竜巻で闘技場を丸ごと吹き飛ばした、あのとき。

 生徒も教師もほとんどが凌ぐことさえできず、木の葉同然に吹き散らかされるだけの情けない体たらくだった。しかし「ほとんど」とは全員じゃないということ。


 自力で怪我もなく身を守り切った者が八名。

 自身に加えて他人まで守った者が五名。

 そもそも闘技場に顔を出さず、しかし明らかに気配が他とは別格の者が三名。


 将来的に見込みのありそうな者を含めればもう少し数は増えるが、まず三〇にも満たない。生徒・教員まとめて学院の総員が数千ってところらしいのを考えると……学院長のおっさんが苦渋の顔になるのも頷ける体たらくだ。


 人類滅亡の危機が近づいてるって話が本当なら、人類の未来はお先真っ暗。

 見込みアリを含めた全員が飛躍的に爆発的に成長して、他国にも同等以上の戦力が整っていて、全部の国が共同戦線を張って――ようやく戦いになるかどうか。


 歴史に名を刻む無双の英雄たちが、全員の命を投げ打ちかろうじて乗り越えたような大戦だ。当時より数も質も劣っている現代では絶望的だろう。


 まあ、俺たちには関係のない話だけど。

 人類の存亡なんて壮大な話より、もっと大事なことが俺たちにはある。


「無理しないで、言わない。必要なこと、わかってる」


 俺の胸に頬を寄せてリューは目を閉じる。心臓が刻む鼓動と……龍秘法の反動で砕けた肉体が、蠢き変質し別物に再構成されていく異音に耳を澄ますようにして。


「それでも、心配だし、辛いし、悲しい。だから、約束、絶対に守って」

「ああ、約束は必ず守る。俺はなにがあっても、どんな敵が相手になろうと絶対に死なない。戦い抜いて、勝ち抜いて、そして必ず……俺は、ドラゴンになる」


 俺は間違っても王国や人類を救いに来たわけじゃない。

 王都に来たのは闘うため。英雄どもと肉を裂き合い、骨を砕き合い、魂が灰になろうと燃やし尽くして殺し合う。


 全ては――愛するリューと、ずっとずっと一緒に生きていくために。


「ありがとう。ニシキ、好き。大好き」

「礼を言われることじゃない。好きでやってるんだ。リューが大好きだからやってるんだ。……待って、リューは絶妙な重心移動で俺の身動きを封じて、舌なめずりなんてしながら一体ナニをやろうとしてるのかな!?」

「リュー、ニシキのもの。身も心も、全部全部捧げる。それにお預けされた分、ちっとも足りない。夜はまだまだこれから、だよ?」

「イヤイヤ捧げるとは言うけど、これ完全に俺が捕食される側ぁぁぁぁ」


 将来を誓い合った仲とはいえ、俺たちは恋人同士で今は学生。

 大事な大事な、宝箱に閉じ込めてしまいたいくらい大切な恋人だ。大切に大切に可愛がって、愛でて、幸せにしたい。欲望のまま貪るなんて論外だ。


 しかし如何せん、リューの積極性が肉食獣も真っ青な肉食龍なわけで。

 心から幸せそうな蕩けた笑顔に、遠慮なんてしてたら貪られっ放しで。


 結局は風呂上りも、着替え中も、ベッドに入るまでも、ベッドに入ってからも、俺の理性さんは美味しくモグモグされてしまうのであった。


 ……寮に入らなかったのはつくづく英断だったなあ。

 主に、部屋付近の生徒が壁で頭部を乱打して憤死しかねないという意味で。


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