ドラゴンは 竜巻 を 起こした!


 脳を絞り上げる思いで魔力を捻出しながら、ローラは混乱の極みにあった。


「なんで? なんでなんでなんでなんで! なんで死なないのよおおおお!?」


 激流となって押し寄せる炎と水。

 雨あられと無数に降り注ぐ風刃と石礫。


 鎧でいくら身を固めようが意味を成さない、守りごと呑み込んで殺す魔法の絨毯爆撃。

 刻印持ちでない雑兵相手なら、何十単位の軍隊だろうが殺し得る過剰攻撃。


 それが、全く通じていない。

 殺すどころか、ダメージを与えるどころか、届いてすらない。

 魔法攻撃の嵐の中、ニシキは棒立ちのまま平気な顔だ。


「そんな攻撃の量ばかり増やしたところで、俺には永遠に届かないぞ。数に頼って浴びせるのではなく、質を研ぎ澄まして穿ちに来い」

「教養もない平民風情が……っ、知った風な口を叩くなああああ!」


 どれだけコネや不正に頼って量を積み重ねても、質の低さは補えない。

 言われずとも思い知らされてきた事実を、無能の平民ごときに突きつけられる、この心臓を掻き毟りたくなるような屈辱!


 故に、精神的に追い詰められたローラは切り札を取り出す。

 手にしたのはおどろおどろしい邪気を発する札。紙でなく、おそらくは人間のそれと思しき皮で作られた代物。明らかに真っ当な魔道具ではない。


 素性の怪しい保険医を通じて、闇ルートから集めた禁制の呪符。その中でも特級の大呪符だ。【呪い移し】も通じず、使えばローラ自身が呪毒で蝕まれることになるのは、過去に一度使って確認済み。しかしその際に効果のほども実証済みだ。


 使った分を除いても三枚しか残っておらず、元々は対《雷霆》や対《戦乙女》に用意した奥の手。こんなところで使いたくはなかったが……なりふり構っていられるものか。


 それにここで使えば、流石に呪符のことを隠し切れないだろう。しかし《竜刻印》さえ手に入れれば、後のことはどうとでもなる。なんなら《帝国》や《武国》辺りに亡命してもいい。《教国》には反ドラゴン思想があるから駄目だ。


 残した家族は最悪反逆罪だが、それはどうでもいい。自分はハウラグロー家などのためではなく、自分自身のために高みを目指すのだから。


「呪詛の炎よ、魂まで焼き尽くせ! 【呪怨の黒炎蛇】!」


 呪符が黒く燃え上がり、人間など一飲みにできる大蛇の姿を成す。

 邪気に満ちた黒炎の大蛇は、素早い動きでニシキを囲み、その太く長い体躯で獲物を締め上げようとした。


 が、これも通じない。

 大蛇の胴体はニシキに触れる数十センチも手前で、まるで見えない壁にでも阻まれるようにして停止。黒炎は火の粉すら届かず、制服を焦がすことさえない。


「とっておきもこの程度か? 蛇がドラゴンに敵うものかよ」


 そう言って眉をひそめるニシキは、まるで羽虫にたかられた程度の反応。

 これだ。今までの魔法攻撃もこうして、見えないなにかに弾かれた。


 普通に考えれば、結界などによる魔法防御。しかしそれはありえない。なぜなら【魔力感知】には依然としてなんの反応もないからだ。いくら魔力を隠蔽したとしても、防御する瞬間は微弱でも魔力を発するはず。


 でも、それなら、なぜ攻撃が通らない? なにが攻撃を阻んでいる?

 理解不能の現象に、ローラは金髪を振り乱して叫んだ。


「なんで、なんで私の魔法が通じないのよ!? 魔力が全くない無能のくせに!」

「魔力? ――ああ、なるほど。そこから思い違いをしていたわけか」


 黒炎の大蛇が必死に巻きつこうとする中、ニシキは嫌味なほど涼しい顔で呟く。


「こいつは先生の受け売りだが、そもそも魔力というのは、人の意志を世界に反映させるため、精神力と生命力を変換したエネルギーだ。そこで問題だが……ドラゴンがその意志を世界へ反映させるのに、魔力なんて必要とすると思ったか?」


 瞬間、ニシキの全身から黄金の輝きが迸った。

 どれだけの財宝を積み上げようが及ばない、眩き金色の光。それがニシキにまとわりついていた黒炎の大蛇を、ロウソクの火のごとく消し飛ばす。


「【龍覇気ドラゴニック・フォース】――ドラゴンの超大なる生命力は、そのままで世界を意のままに揺るがすエネルギーとなる。わざわざ魔力なんかに変換するまでもなく、な」


 結界が音を立てて軋み、地面には亀裂が走る。

 大気が鉛に変じたかのごとき重圧で、全身の血と肉と骨が悲鳴を上げた。

 これほどまでの存在感を発して、なお【魔力感知】は一切の反応を示さない。


「大方、貴様は【魔力感知】で俺の強さを図ろうとしたんだろ? 【魔力感知】ではなにも感じなくて当然。俺が操るのは、魔力より遥かに高次元のエネルギーなんだからな。これだけ出力を上げれば、目と肌で嫌でも感じ取れるだろう?」


 ローラは刻印こそ凡庸な、特別秀でた才のない《勇者》だが、魔法使いとして魔道を志す者である。それは魔法を探求することで、世界の深奥を解き明かそうとする求道者。


 そんな魔法使いにとって魔力とは、己を真理へと導く道標だ。

 その魔力で理解どころか認識すらできない存在など、到底受け入れられるものではなかった。しかし、眼前の金色に対して他に説明する術が見つからない。


 ローラにできるのは駄々っ子のごとく、首を振って現実を拒むことのみ。


「あ、ありえない。そんなこと、あっていいはずがっ」

「やれやれ、まだ認められないか。骨の髄まで味わってみなければわからないか? なら、見せてやろう。人の魔法ならざる、龍の秘法をな」


 嗤うニシキの身体に、金色の瞳に続く変異が現れる。

 頬が黒の鱗で覆われていき、口の犬歯が牙と呼ぶべき大きさに。

 そして後頭部から黒髪の隙間を縫って生える――白磁の角。


 キィィィィ、と角が微細な振動を始め、呼応するように金色の光も輝きを増す。


 ニシキが右手を前方にかざした。そよ風がローラの頬を撫でたかと思うと、体がよろめくほどの勢いで風が吹き荒ぶ。ニシキの手のひらに、風が集まっているのだ。風は球状に集束し、加速と凝縮を繰り返しながら渦巻き続ける。


 それはどう見たって、今にも破裂寸前の様子で。


「ちょ、ちょっと。一体、なにを?」

「考えてみたら、いちいち雑魚の相手をするのも面倒だからな。せっかくこうして大勢集まっているんだ。……ふるいかけも兼ねて、闘技場ごとまとめて吹き飛ばす」


 ギチギチに密度を増していく風の球体。その圧縮されたエネルギーが一気に解放されたらどうなるか。


 座学の成績が高いローラには理解できる。できてしまう。風属性魔法にも近い現象を起こす術式はあるが、これは明らかに個人で可能な規模を超えていた。防御できないとか、結界が壊れるどころの騒ぎではない。


「待って、やめ……!」

龍秘法ドラゴニック・スペル、災害級風属性行使。【龍巻く暴風ドラゴン・トルネード】――!」


 建物が大地から引き剥がされる破壊音。

 観客席から空へ投げ出される生徒たちの悲鳴。

 全てを呑み込んで、竜巻は唸りを上げる。


 ニシキの宣言した通り、闘技場が丸ごと吹き飛んだ。


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