ドラゴンは 王都 を 案内されている。


 屋根から屋根に渡って、衛兵を撒いた俺たち。

 結局、どこからか俺たちとジークが知り合ったことを聞きつけ、強引についてきたという王女さんも交えての王都巡りとなった。


 この王女さん、こうして城を飛び出してくるのは日常茶飯事で、決まってジークに供回りをさせているらしい。

 なんでも王家とファフナー家は、没落する以前から縁浅からぬ付き合いだとか。つまり代々ファフナー家は王族に振り回されている模様。


 既に疲れた顔のジークにちょっと同情したんで、ここは本当に彼女の顔を立ててやろうと思う、俺とリューであった。





 そういう次第で、最初に案内を頼んだ先は武器屋。


 俺自身は武器を使う予定なんてないけど、王都の武器の品質は、王都にいる猛者どもの品質にも繋がる。なにも学院に通う刻印持ちばかりが強者じゃない。刻印の有無は不条理なまでの格差を生むけど、それすら覆す本物の天才や怪物も世の中にはいるのだ。


 そして装備の充実は、強者が育まれる環境に重要な要素だ。どれだけ才能があっても、棒切れしか武器がないような環境では成長にも限度がある。

 その辺りを推し量る意味を含めて、まずは武器屋を物色だ。


「武器といえば、ニシキはなにか装備を身につけないのか? 【龍化】があるとはいえ、全身を武装できるわけではないのだろう?」

「今は、な。それに【龍覇気】が強大なエネルギーである分、並以上の武器や防具でもまず耐えられないんだよ。一振りできれば上出来なくらいだ。それこそ竜を素材とした武器や防具でもなけりゃ、ドラゴンの力を受け止める器として機能しない。だから俺たちは五体そのものを武器とする徒手空拳が戦闘スタイルの基本なんだ」

「もしくは龍秘法で、使い捨て、作る。買うより、早いし、簡単」

「龍秘法で一から錬成した武器の方が、数回程度は持つしなあ」

「フハハハハ! とんだ武器職人泣かせもいいところであるな!」


 しかし、案内された武器屋の品揃えは正直言って今一つ。

 貴族御用達とのことだけど、如何にも貴族好みの見栄え重視という感じで、実用性機能性は微妙なところだ。


 案内するジークの身振り手振り、そのぎこちなさから察するに、普段彼女が贔屓にしている店ではない。大方、突然王女さんが参加することになったんで、慌てて案内しても問題なさそうなこっちに切り替えたんだろう。


 高価な素材を無駄遣いしてるような店じゃ、推し量るもなにもなあ……。

 なんて考えが顔に出ていたか、カイゼル髭の店主が突っかかってくる。


「失礼。どうにも、聞き捨てならない言葉が聞こえたものでして。話の半分以上が意味不明でしたが、我がナマクォーラ武具店の品にご不満があると? ここに並ぶのは、古の英雄が振るおうとも不足のない逸品ばかり。ましてや、そこの平民風情の扱いに耐えられないなど……使い手のみすぼらしさに武器が耐えられない、というならいざ知らず」

「ほほう? そこまで言うのなら、たとえばそこの壁に飾られた立派な魔剣。まさか彼が軽く一振りしただけで壊れるようなことはないであろうな?」

「無論ですとも! それはうちの店でも最高品質の魔剣。もしも、万が一、そんなことになりましたら弁償など結構ですとも!」

「あ……」

「あーあー」


 王女さんの挑発にまんまと乗った髭店主に、ジークとリューが憐れみの目を向ける。


 ――案の定、と言うべきか。最高品質だという魔剣は俺の【龍覇気】に耐え切れず、一振りで粉々に砕けてしまった。


 真っ白になって放心する髭店主を尻目に、俺たちはそそくさと武器屋を退散。

 やっぱり弁償しろとか言われても無理だし、自分の迂闊な発言にしっかり責任を持ってもらうということで一つ。





 次は魔道具店。

 理由は武器屋と同様だ。大概の魔道具や魔法薬は、ドラゴンが使ったところで効き目なんか誤差の範疇でしかない。しかし強者が過酷な戦いを生き延びる上でも、回復手段や補助その他諸々の充実は大事だ。


「お? このポーション、なかなかの品質なんじゃないか? ほら、この透明度」

「いや、私は詳しくないのだが、透明な方が高品質なのか?」

「ん。透明度高い、成分の分離少ない。調合、完璧に近い証拠」


 武器屋がとんだハズレだったのに対し、ここ魔道具店の品揃えはなかなか良い。


 携帯式のテントや点火装置といった魔道具も驚きの便利さだけど、魔法薬の質が非常に優れていた。

 先生に路銀の稼ぎ方の一つとして、魔法薬作りを散々仕込まれたからよくわかる。


 ここの商品にドラゴンの血を加えたらどうなるか試してみたいところだけど……俺たちじゃ使った方がって話になるからな。せいぜい、ジークに持たせるような機会でもあれば、といったところの話か。


「ほう? そなたらは辺境の村出身だと聞いていたが、魔法薬の知識まであるか? 道すがらの会話といい、そなたらには村人らしからぬ一定の教養を感じるな」

「そういえば、学院の座学にも問題なくついていっている様子でした……。辺境の村は色々と特殊だそうだが、学び舎の類もあるのか?」

「学び舎なんて高尚なものはないぞ。ただ、俺とリューには『先生』がいたからな」

「先生、たくさんのこと、教えてくれた。狩りの方法。魔法の知識。人間の弱さと、愚かさ。愚行、繰り返す歴史。悪意、腐敗した社会。それに対処、寄せ付けない、跳ね除けるやり方、たくさんたくさん」

「後半に随分と偏りを感じることだ……その御仁、相当な人嫌いと見受けられるな」

「まあ、人じゃなくて《最上位竜》だしな」

「サラッととんでもないことを言わなかったか!?」


 うっかり余計なことを口走った気がしないでもないけど、まあ置いといて。

 魔道具店ではそこそこの収穫を得て、店を後にした。


 ……実際に買ったのは生活用品にも使えそうな魔道具が大半で、一番の収穫が「防音性優秀な簡易ベッド付き携帯テント」だったのは秘密である。





 最後は服屋。

 これは前者二つと違い、リューを着飾らせてやりたいという目的だ。


 今のところ、辺境の村から持ち込んだ簡素な服しか持ってないからなあ。布地からして、学院の制服と比べても格差が酷いこと酷いこと。

 どんな服着たってリューの可愛さは揺るぎないけど、それはそれとしてだ。


 リューにお洒落を楽しんで欲しい気持ちと、単純に俺が着飾ったリューの姿を見たい気持ち。半分以上は俺の我儘だけど、リューは俺の提案に快く頷いてくれた。リュー自身にも、お洒落してみたい気持ちがあったのかもしれない。

 その点、アドバイザーとなる女子が二人いるのは心強かった。


「ふむ。この下着のデザイン、最新版の『再現』であるな。ベルめ、こういった情報はこまめに更新・報告しろと常日頃から言っておるだろうに……」

「あの、姫様? このようにフリルやリボンを多用した可愛らしい下着、私のような武骨者には到底似合わないかと」

「リュー、似合ってる? ニシキ、メロメロ、できる?」

「二人ともよく似合っているぞ。ふむ、しかしきちんと胸や尻が収まっていないようであるな? どれ、我が手ずから直してやろう。遠慮なく身を委ねるがよい!」

「ひあ!? 姫様、いけません! そんなところに手を差し込んでは、ァ――!」

「グルル! 触るの、イヤ! 触っていいの、ニシキだけ!」

「…………ドラゴンの聴覚で丸聞こえなんだってば」


 リューの助けに入りたいのは山々だけど、まさか女子三人が着替え中の場に飛び込むわけにもいかず。俺は店の前で余計な想像を膨らませないよう努めながら待機中だ。


 これでリューと二人きりだったら、きっと下着姿のリューに問答無用で着替えスペースの中に引きずり込まれてたんだろうなあ……ホッとするような残念なような。





 それ以降は特に目的地も定めず、王都を歩き回ってなんだかんだと夕方に。

 雑貨店を冷やかし、本屋で立ち読みを怒られ、絡んできた三下は撃沈して。

 割かし有意義な時間を過ごせたと思うけど、リューはどうだったろうか?


 変わらず腕を組んで隣を歩くリューの笑顔。いつもより輝いて見えるのが、どうか俺の独りよがりな思い込みでないといい。


「いやあ、なかなかに楽しめたな! やはり城に引きこもってばかりいるのはよくない。自らの足で世俗に触れることも大事であるな、うむ!」

「姫様がお楽しみになられたのでしたら、なによりですとも、ハイ」


 王女としての仕事はしっかりこなしているという王女さんは、さっぱり息抜きできたご様子だ。一方でどっぷり疲弊し切ったジークにはご苦労様の一言しかない。


「似合う? 可愛い?」

「似合うし、可愛いよ。俺は服の良し悪しなんて、詳しくはわからないけどな。リューの新鮮な格好が色々と見れて、嬉しかった」

「えへへー。リューも、たくさん見てもらえて、嬉しい」


 服屋で買った新しい服に着替えてから、リューはずっとこの調子。

 何度訊かれても、オウム返しみたいな感想しか言えないだけどなあ。それでも気持ちだけはありったけ込めて言う度に、リューは心底嬉しそうに笑ってくれる。


 ……しかし下着を新調したせいか、いつもより胸の形がハッキリ見えるな。

 王女さん曰く「胸を寄せて支えることで形の良さを保つ」とかなんとか。どんな代物なのか、気にはなるし訊けば答えてくれそうだけど、俺の理性さんが死んじゃうからなあ。


 ――そんな、俺の下心なんてお見通しだったようで。

 リューは頬を朱に染めながら、艶の入った甘い声で俺の耳に囁く。


「夜になったら、全部見せてあげる、ね?」


 んぐっふ!


 あ、危ない。強烈な一撃で俺の理性さんが意識を持って行かれるところだった。

 真っ赤な顔で狼狽えているであろう俺に、リューが熱を吸い取ろうとするかのように頬擦りしてくる。


 ……ジークや王女さんとは、それなりに良い雰囲気でお喋りできてたと思うんだけどな。俺にベッタリなのは一切変わらず、か。

 俺離れなんて兆候の欠片も見せないことが、内心本当は嬉しくて。嬉しいと思ってしまうことに、少しばかり自己嫌悪。


 俺の胸中なんて知らず、こちらに生暖かい視線を送る王女さんが、ふと思いついたようにジークに言った。


「そろそろ夕餉時といったところだが、ジークよ。どこか良い店はないかの? いつもは城に退散する頃合いだが、今日はせっかくだ。ドラゴンと食事の席を共にする、またとない機会だからな。我も王都で夕餉を取りたい」

「は、はい。少々庶民向けですが、ニシキとリューにも是非紹介したい店がありまして。《黄金の百竜》亭という名の酒場で、中でもリンゴ料理が有名――ひっ!?」


 俺たち三人の顔を見て、ジークが悲鳴を漏らした。

 たぶん三人とも、真顔で目を爛々と輝かせているんだろう。

 そうか。リンゴ料理の美味い店、美味いリンゴ料理の出る店かあ。


 ――だっぱあ。


「三人の口から凄い涎が!?」


 俺もリューもついでに王女さんも、期待に涎を禁じ得ない。

 なにを隠そう、ドラゴンはリンゴに滅法目がないのだ!


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