《竜殺し》が 友達(未満) に 加わった!


「勝った。ブイー」

「ブイー」

「いや、その指同士を合わせるのはなんなんのだ? 新手の儀式か?」


 ハイタッチならぬブイサインタッチを交わす俺とリューに、ジークは呆れ顔だ。

 まあ、ただの思いつきなんで特に意味はない。そしてリューは可愛い。


「リュー、頑張った。褒めて。撫でて。ギューってして」

「ハイハイ。ほら、ギュー」

「ギュー」


 尻尾をブンブンさせて期待の眼差し、それも上目遣いのおねだりコンボだ。


 抗えるはずがなければ、最初から抗う気もない。姿が半龍半人のままなので、それはもう遠慮なく力一杯にリューを抱きしめてやる。頭も紅髪を梳くようにナデナデと。俺のために怒ってくれたのも嬉しかったしな。


 これだけでリューはすっかりご機嫌だ。満面の笑顔と勢いの増す尻尾で喜びを表現する。柔らかくて温かくていい匂いがして、俺の方が気持ちいいんだけどな。


「顔の怪我、大丈夫か? あまり心配させないでくれよ」

「それ、ニシキが、言う?」


 拗ねたような顔には答えず、まだ血の痕が残ったリューの頬に手を当てる。


 俺たちは、大抵の怪我なんてした先から治ってしまう。だけど痛いものは痛いんだから、ちゃんと自分の体を大事にして欲しい……って、普段は俺がリューに再三言われてることなんだけど。


 いつも心配させているのはわかっているし、悲しませるのは申し訳ない。でも俺の場合、大事にできない事情があるからなあ。


「大丈夫――ううん、大丈夫じゃない。だから、おまじない、して?」

「……しょうがないなあ」


 おまじないというのは、俺がいつもしてもらうアレだろう。

 照れ臭いのを堪え、リューのちっちゃな鼻に唇を落とす。鼻だけと言わず顔中にキスして、乾いた血を舌で舐め取った。


「唇も、切ったから」

「了解。ん……」

「ん、くちゅ……ちゅっ」


 唇を合わせれば瞳が蕩け、舌でなぞれば背筋が震える。頬をリンゴ色に染めてなんとも幸せそうな顔をされては、もう止められそうになかった。

 ここは入場口を入ってすぐの通路、憚る人目もない。


 ――ただし、こちらを直視できず真っ赤な顔でプルプルするジークを除いて。


「お前たち……頼むから時と場所を考えてくれ!」

「ジーク、野暮」

「正直すまん。でも割といつもこんな感じなんで慣れてくれ」

「これがか!?」


 リューが不服そうに軽く頬を膨らませる横で、俺は間一髪の気分だった。

 不覚。痛い思いをしたリューを甘やかしたくなって、ついつい自重を忘れた……!


 しかしジークには悪いけど、実際これが俺たちの通常運転だからなあ。

 これでも理性さん、いつも頑張ってるんだぞ?


 恋人で、将来も約束してて、親代わりの先生公認で。同じ屋根の下に二人きりで暮らして、一線なんてとうの昔に越えてて、段階とか手順は概ね通過済みで。咎められる謂れは何一つなく、当然として許される理由なら山のように。


 なによりこんな可愛いリューが俺の恋人で、隙あらば積極的に無防備に甘えてくるんだぞ?

 これで我慢するとか、男としてオスとして不可能だろ!? 俺は無理でした!


 日中は自重できているだけ、理性さんの日々の奮闘を褒めてやって欲しい。

 まあその分、夜は毎晩理性さんが瞬殺されてるけど。洗いっこが、洗いっこがまず抗えないんだ……一日の疲れと一緒に理性さんも流されちゃうんだ……。


「うん、その辺はアレだ。俺やリューの友達になった者の運命だと思って諦めてくれ。何分森育ちだし、ドラゴンだし、人間基準のお付き合いの匙加減がわからないっていうか、そういう感じのアレなんで」

「――友達、か」


 表情を一瞬強張らせたジークが、なにか一大決心したような顔になる。


「その件についてだが、一時保留させて欲しい」

「保留? 撤回じゃなくてか?」

「ああ、保留だ」


 ふむ。あえて切り込んで見たが、これには揺るがないか。


 隣に座って観戦していたから、こいつがリューの戦いにどう反応していたかもわかっている。だからリューに対して拒絶を示しても、驚きはしなかった。ただ落胆し、失望し、八つ裂きにしてやるつもりでいた。


 しかし、意外なことに。あるいは期待通りに。

 ジークの目に拒絶の色は微塵たりともなかった。


「既にお見通しだろうが……リューの戦いぶりを、その圧倒的な力と怒りを目の当たりにしたとき。私は内心、恐怖を覚えた。彼女のことが、人ならざる恐ろしい怪物に見えてしまった。好きな人に一途な、ただの女の子である姿を間近で見ていながらな」


 唇を噛むジークの顔に浮かぶのは、自らを省みて恥じる自責の念。


 彼女が抱いた恐怖心は正しい。古来よりドラゴンとは、人間に恐れられて然るべき存在なのだ。仲良く友達になろうなんて思う方が普通どうかしている。

 だからここで距離を取ろうとしても、人間からすればむしろ賢い選択だろうに。


「今の私には、とてもリューの友人を名乗る資格はない。しかし! この未熟な心根を一から鍛え直し、必ずやお前の友人だと胸を張って言えるようになって見せる! そのときこそ、私を友と呼んではくれないだろうか!」


 ジークは退くどころか、前に向かって踏み込んできた。

 自分の至らなさを明かし、なおも口約束の誓いを果たそうとしている。本気で、リューの友達になろうとしている。馬鹿正直でクソ真面目にも程があった。他の生徒たちなら、その愚かしさを指差して嗤うだろう。


「うん、わかった」


 ――だからこそ、その愚直さはリューの心を動かした。

 リューは俺より離れてジークに歩み寄り、今度は自分から手を差し伸べる。


「他人以上、友達未満。ひとまず、それで」

「いい、のか?」

「ジーク、他の嫌な人たちと、違うみたい、だから」


 淡く、俺に向ける満開の笑顔とは程遠い。

 しかし確かな微笑みを浮かべて、リューはジークの手を取った。


「改めて、よろしく」

「ああ! よろしく頼む!」


 今度は互いにしっかりと手を握り合う二人。

 ……うむ。とりあえずは丸く収まってひと安心かな。どうやらリューの友達として、ジークに目をつけた俺の判断は間違ってなかったようだ。


 この学院には貴族平民に関係なく、《龍刻印》目当ての欲深くてろくでもない人間が大勢いる。でもそれが世の人間の全部じゃないと、リューは知ることができたはず。これで外の世界に飛び出したことが、リューにとって一つプラスになればいいけど――。


「それにしても、先程から気になっていたんだが……リューの尻尾、生えている位置が少しおかしくないか? 腰というより、背中の辺りから伸びているような」

「ああ、それな。腰からだとスカートとか服を破きかけないだろ? だから上手いこと服の間から出るように、変異の応用で尻尾が生える位置を調整してるんだよ。俺が【龍化】するときもズボンに穴空けないよう、こうしてる」

「尻尾、スカートめくる。下着、見えちゃう。ニシキは見ていい、けど他は嫌」

「そ、そうか」


 いや、プラスとかマイナスとか、損得を考えるだけ野暮か。

 今は素直に、リューに同性の友達――現状は未満だけど――ができたことを喜ぼう。

 リューの笑顔が増えるなら、それこそが俺にとって一番の幸いなのだから。


「服で思い出したんだけど、ジークに頼みがある。次の休日、俺たちの買い物に付き合ってくれないか? 俺たちまだ王都の店とか詳しくないし、案内して欲しいんだ」

「それは構わないが、いいのか? その、デートの邪魔になるんじゃ」

「遠慮しなくていいぞ。どうせ俺たちも遠慮しないし」

「ジーク、泣いても、イチャイチャ、止めない?」

「ああ、このノリに半日は付き合わされることになるわけか……」


 ジークが若干げんなりしていると、リューが彼女の耳元に口を近づけて囁く。


「可愛い下着、売ってる店、教えて。ニシキ、誘惑、できそうなの」

「んな――!?」


 おそらく専門外であろう無理難題を吹っ掛けられ、顔を真っ赤にして言葉に詰まるジーク。というかこしょこしょ囁いても俺の聴覚だと普通に丸聞こえなんですが、リューは気づいていないのかわざとなのか……。


 ジークが視線で助けを求めてくるが、俺はそっと目を背けた。

 いやだってここで口を挟んだら、絶対俺が直接選ぶ流れになるじゃん……。


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