ドラゴンは ベッドの上 で イチャイチャしている。
カーテン越しの朝日で、ふと目を覚ます。
柔らかなベッドの感触と、腕の中のもっと柔らかくて温かい感触。
しかし、些細だけど無視できない違和感。
俺に抱きしめられながら、とても幸せそうに安らかな顔で眠るリューを見やる。
うん、いつも通りの可愛い寝顔だ。なにもおかしいところはない。
一体なにに違和感を覚えたのか。しばし考えて、気づく。
――お互いに寝間着を着ている?
肌を遮る布数枚分の隔たりこそが、違和感の正体だった。
……いや、そこで違和感覚えるのもどうなんだって話だけど。実際問題として、このベッドで最後まで寝間着を身につけたまま朝を迎えた記憶がない。
無性に触れ合いたくなって、布一枚の隔たりすら我慢できなくて。そういう気持ちに駆られることが割と頻繁に、うっかりすると昼夜を問わず起こるからなあ。
衝動的、本能的に過ぎるとは自分でも思うけど、まあ俺もリューも若いということで一つ。
しかしそんな俺たちが、なんで昨夜に限っては何事もなかったのか?
「……ああ、いつものか」
自分の状態を再確認して、すぐに思い出した。
体内から響く異音。頭蓋骨の裏側を引っ掻き回したくなる不快感。筋肉が神経が骨格が、いや細胞という肉体の構成物質の最小単位で軋むような疼痛。成長痛が何段階も、悪い意味で進化した感じの症状。
それら自体は、今朝に限らず常に感じているものだ。だけど、その症状が耐え難いほど悪化する「波」が周期的に来る。昨夜もそうで、色々と致すどころじゃなかった。だから寝間着のまま、普通に抱きしめ合って寝たんだったな。
「また、心配かけちまったな」
疲労の色が滲んだ目元を指でなぞる。
そっち方面の積極性が肉食竜並みとはいえ、それで不満を漏らしたりするリューじゃない。俺の痛みが少しでも紛れるよう、優しく寝かしつけてくれた。
こうやって、いつもリューには苦労をかけてしまう。
少しでもリューの眠りが心地よいものであって欲しい。そう願いながら、彼女の頬に手を添える。絹のシーツよりも滑らかで、吸いつくようにしっとりとした手触り。それと血の通った温もりを堪能するように、頬を手で撫でた。
「ん、ふふ……」
たったそれだけで、リューの寝顔がふにゃふにゃに綻ぶ。
見ていて胸がポカポカしてくる笑顔だ。俺の右腕を枕に、俺の左手で頬を撫でられて、どうしてこうも嬉しそうにしてくれるのか、不思議でならない。
もう少し微睡みに浸らせてやりたい。でも、早く目を覚まして、その紅い瞳に俺を映して欲しい。その愛しい声で俺の名前を呼んで、「おはよう」と言って欲しいとも思う。我ながら、なんて贅沢な悩みだろうか。
そんなことを考えているうちに、リューが身じろぎした。目覚めの兆候だ。
そしてピクリと震えた瞼が、ゆっくりと開く。露わになった紅宝玉の瞳に、俺のだらしなくにやけた顔が映り込む。
やがて意識の覚醒したリューは、見る見る満開の笑顔を咲かせた。
「おはよー、ニシキ」
「――ああ。おはよう、リュー」
大好きな人が、目を覚まして一番に自分をその瞳に映してくれる。
幸せそうに笑いかけて、目覚めて一番最初の「おはよう」をくれる。
世界中の誰より先んじて、「おはよう」を返すことができる。
これが、このありふれたやり取りが、どれほどの幸福であるか!
泣き出したくなるような胸の震えは、毎朝それを俺に再認識させてくれる。今の自分がどれだけ恵まれていて、与えられる一つ一つが、どれほどかけがえのないものかを。その重みを決して忘れてしまわないよう、何度だって噛みしめる。
そうしている間も、リューを愛でる手は止めない。頬を撫で、軽く指先で引っ掻いたり抓んだりする手に、リューはクルルと喉を鳴らして笑う。
しかしふと、その笑顔が翳ってしまう。
リューは悲しい顔で、俺の頬に触れてきた。
「痛いの、大丈夫?」
「ああ、こんなの全然平気だよ」
互いに無意味と知りつつ、何度繰り返したかわからないやり取りを、また繰り返す。
俺の身体を苛むこの痛苦は、二人の約束を果たすための通過儀礼みたいなものだ。約束を果たすそのときまで、決して途絶えることはない。もしも途中で止まるようなことがあれば……それは俺たちの関係の破滅と、俺の死を意味する。
そこまでわかっていても、リューは問いかけずにいられないんだろう。
問いかけて、変わらない俺の返答に、言葉を押し殺すように強く唇を噛むのだ。
自分のせいだと思っているのなら、それは違う。
だってこの痛苦の原因は、俺の不甲斐なさにこそあるんだから。
「……ごめんな」
「なんで、ニシキが、謝るの?」
「俺が弱くて駄目駄目なせいで、リューには負担をかけてばっかりだ」
一晩、悪化した疼痛に神経を磨り減らされたせいか、弱音が口から零れる。
学院長の戦友みたいな、過去に《龍刻印》を授かった大英雄たちは、こんな症状に苛まれたりはしなかったはずだ。
ひとえに俺の肉体が脆弱で、ドラゴンの力を受け止める器として足りないのが原因。俺が弱いから、なんの才能もない人間だから。
――リューが隙あらば俺を誘って、毎晩のように肌を重ねる理由。
それは、一時でも俺がこの痛苦を忘れられるように、という気遣いもあるんだろう。
事実としてリューと触れ合っている間、俺は愛しい人の全てを感じることに夢中で、疼痛のことなんかどこかに行ってしまう。理性を捨て去り、情欲のまま存分に彼女を貪れば、朝まで泥のように眠ることができた。
だから。だから本当は、彼女に望まない行為を強いているんじゃないかと。
自分に都合のいい解釈で、欲望のはけ口にしているだけなのではないかと、不安になる。
「その、男は簡単に気持ち良くなれる生き物だけどさ。女はそうじゃないし、欲求だって男ほど強くはないんだろ? もしも、俺のために無理をさせているなら……」
「無理って、なにが?」
上体を起こしたリューが、俺に覆い被さるようにして、顔の横に両手を突いた。
見下ろす眼が、紅から金に色合いと形状を変えている。
これは、怒ってる。凄く怒っている眼だ。
「大好きな人と、触れて、繋がって、融けて、愛し合う。凄く気持ちよくって、幸せで、満たされること。全部、ニシキが、教えてくれたんだよ? リューを、ニシキで、満たして欲しい。ニシキを、リューで、満たしたい。これは、ただ、それだけの気持ち」
気持ちを疑われたことへの怒りと、俺を求める気持ちが金色の目に燃えていた。
この気持ちに嘘なんて欠片もないと、こちらを焼き焦がさんばかりに、切実なまでに訴えかけていた。
「無理なんて、ない。あるわけ、ない。……ニシキは、違う?」
「……悪い。確かに愚問だった。俺も、リューが欲しくて堪らないんだ」
こういったやり取りも、品を変え立場を入れ替え、何度目になるか。
不安になって、弱気になって、大切にしたいのに傷つけてしまう。
俺たちは懲りずに繰り返す。たぶん、約束が果たされる日まで何度でも。それまで俺たちは一緒に歩き続けられるのだろうか? それとも――
込み上げる不安と恐怖を少しでも埋めたくて、俺たちは求め合うのだ。
「ニシキ……」
瞳に情欲の火を灯して、リューが寝間着の胸元を開く。
俺は誘われるまま、その薄布の下へと手を滑り込ませる――寸前で思い留まった。
「待った、ちょっと待った」
「嫌?」
「嫌じゃない。嫌なわけないから泣きそうな顔しないでくれ。……今日は、ジークに王都を案内してもらう約束だっただろ?」
そう、今日はジークと約束した王都案内の当日なのだ。
待ち合わせの時間までいくらか時間はあると思うけど、生真面目なジークのことだ。早め早めの行動で、既に待ち合わせ場所にいたとしても不思議じゃない。
「だからその、これから友達(未満)とお出かけするって直前にするのはこう、色々とまずいだろ? 汗を流したりする時間は、ちょっとなさそうだし」
「でも、このまま行く方が、危険、だよ?」
「んっぐぅ!?」
腰をグリグリするのは反則だろ!?
昨夜はお預けだったわけだから、なんだかんだこっちは臨戦態勢。
俺の理性さんが崖際につま先立ちの状態なんだよ!
「一回だけ。一回だけだから、思い切り、愛して?」
「いや、それ絶対に一回二回じゃ済まないからぁぁぁぁ」
……諸々の事情を差し引いても、やっぱり俺の恋人は肉食が過ぎるのかもしれない。
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