ドラゴンたちの前に アークデーモン が 現れた!
悪魔とは魔物の中でも高い知性を持った、上位存在とも呼ぶべき代物だ。
他者の精神や感情を食するという、普通の生物では考え難い生態。良質な魂を丸ごと喰らうために、対価として力を貸し与える契約を持ちかけることもあるとか。《ラグナロク大戦》では大氾濫を通じて多くの悪魔が地上に現れ、各国に被害を与えた。
大戦が過ぎ去った現在では風聞でしか耳にせず、《龍》と並んで半ば伝説上の存在と化している悪魔。それも上位悪魔たる《アークデーモン》が、目の前に。
ジークはリューの結界が未だ健在にも関わらず、鳥肌を抑えられなかった。
「――跪きなさい」
なぜか上空から降りてきたレヴィアタンが、空中に浮かびながら悪魔に告げる。
とても人に従うとは思えないバフォメットなる上位悪魔は、しかし驚くべきことに片膝を突き、レヴィアタンに対して深々と頭を垂れた。
大胆にも、果実の身の詰まり具合でも確かめるように、山羊頭を拳で小突きながらレヴィアタンは満足げに頷く。
「ふむ。どうやら自我の剥離は上手くいったようですね。流石に魔力リソースの半分をそこに費やした甲斐はありましたか」
「自我の、剥離?」
「ええ。アークデーモンに対し、精神の束縛による支配を試みるのは絶望的です。過去の悪魔召喚では、いずれも召喚した悪魔の反抗で殺されてしまうのがオチでした。そこで我が帝国の頭がおかしい学者はこう考えたそうです。『なら、最初から反抗する自我意識を取り除いてしまえばいい』とね」
こともなげに告げられた内容の非常識さに、ジークたちは揃って言葉を失う。
レヴィアタンも最初に聞いたときは同じ感想だったのか、こちらの反応に同意するようにして頷いた。
「自我意識を切り取り、強大な魔力を宿す肉体という器だけを召喚する……それが今回の儀式の肝でして。つまりここにいるアークデーモンは、魂なき操り人形に等しい状態なのですよ。だから、私の意のままに操ることができる」
レヴィアタンが手で合図すると同時、バフォメットが動き出す。
捻じれた角から迸った雷が頭上で集束し、目も眩む雷光が放射された!
「うおわ!?」
「きゃ!」
「くう……!」
滂沱と降り注ぐ雷がジークたちを呑み込み、視界が真っ白に塗り潰される。
鼓膜を破らんばかりの雷鳴に混じって、ピシピシと嫌な音が響く。
リューの結界が音を立てて軋み、ついには亀裂が走ったのだ。
リューはすぐさま内側に追加の結界を展開。しかし一枚目が割れ、二枚目の結界も同様に軋んでいく。さらには雷の切れ間から、バフォメットが炎と氷の攻撃魔法を準備しているのを目撃してしまった。
このまま一方的な攻撃を許しては、いずれ結界が破られる。かといって、この雷を潜り抜けて反撃に出られる者などいない。
ただ、一人を除いては。
「グルアアアア!」
結界をすり抜け、黒い影が雷光の中を駆ける。
そして雷を引き裂き飛び出したのは、両腕を【龍化】させたニシキだ。
雷で焼かれた全身を【ドラゴン・ブラッド】で再生しながら、跳躍一つでバフォメットの山羊頭の高さにまで上昇。握りしめた拳が【龍覇気】で輝く。
「龍秘技、【ドラゴン・フィスト】ォォォォ!」
それはパーティー対抗戦にて、隕石を落としたような惨状を招いた一撃。
振り抜かれた龍の拳が、上位悪魔の巨大な顔面を殴り飛ばした。
体格差をまるで意に介さない鉄槌に、バフォメットの首が千切れんばかりに捻じれる。
しかし――直後、燃え盛る火球がニシキを呑み込み、続く氷の槍がニシキを串刺しにした。炭化した全身を鋭い氷槍に貫かれ、ニシキが地に堕ちる。
「ニシキの旦那ぁぁぁぁ!」
「そんな……!」
ロビンとアリスが悲痛な叫びを上げた。
これくらいで死ぬニシキではないと知るジークさえ、まさかと背筋が凍る。
リューは、堪えるように杖を強く握るだけに反応を留めていた。
バフォメットの追撃はなく、降りかけた静寂を物音が遮る。
幽鬼じみた仕草で、ニシキが起き上がった。炭化した肌が崩れて真新しい皮膚に取って替わり、氷を引き抜いた先から体に空いた穴が塞がる。魔物でもありえない再生力に、ロビンとアリスは絶句した。
「仮にアークデーモンの召喚と制御に成功したところで、その戦闘能力が支払った代償に見合うだけのものか。……正直なところ、それをどうやって測ろうか困っていたんですよ。そういう意味でも、貴方の来訪は私にとって好都合でした」
驚くどころか眉一つ動かさず、レヴィアタンは淡々と告げる。
「ドラゴンの少年、貴方ならアークデーモンの仮想敵として申し分ない。――全ては、来たる『脅威』に備えるために」
意味ありげなレヴィアタンの呟きを、ジークは聞き逃さなかった。
これまで種族間の溝こそあれ、王国と帝国は小競り合い程度の関係に留まっている。魔族を絶滅させようと躍起になっているのは《教国》の方だ。王国民を生贄に利用した悪魔召喚などという今回の一件は、教国に加えて王国まで敵に回すことになる。
浅慮とも思える所業だが、それほど性急にことを進めざるを得ない理由があるとすれば、思い当たる一つだけ。《大戦》の再来については、ジークもヘル王女から聞き及んでいた。
「まさか帝国は大氾濫への対抗策として、アークデーモンを兵器に軍事利用しようというのか……!?」
「そこまで律儀に答える義理はありませんね。ところで、貴方たちはそこから見ているだけのつもりですか?」
嘲るでもなく、こちらの出方を窺うようにレヴィアタンは問う。
カッと頭に血が昇り、ジークは半ば衝動的に結界から進み出ようとした。
それを、ニシキの手が制止する。
「お前らは退いてろ。率直に言って、邪魔だ」
「そんな! 私たちはパーティーだろう! ニシキ一人で戦わせるなんて――!」
「時と場合ってモノを考えろ。これは明らかに、お前らが割って入れる限度を超えていやがるだろうが」
ジークは反論できずに口ごもる。
事実としてジークたちでは、結界から出た途端に消し飛ぶだろう。リューの結界を破るほどの攻撃だ。たとえ《ファフナーの鎧》を纏ったところで、鎧を残して中身は消し炭となるだけ。そしてリューはジークたちを守るために動けない。
曲がりなりにも、パーティーの仲間として一緒に戦っているつもりでいた。それが強敵となった途端、すっかりただのお荷物ではないか。
無力感と情けなさに唇を噛むジークに、ニシキは慰めるかのように笑いかけてくる。
「それにな。……好都合なのは、俺にとっても同じことだ」
バフォメットに視線を戻し、ニシキの笑みが獰猛な獣のソレに変わった。
口が裂け、牙を剥いて、ニシキは虚勢でなく闘争への悦びに笑う。
「前のリザードマンもどきは、すぐにスタミナ切れしちまったからな。今度はとことんまで削り合いができそうだ。存分に付き合ってもらうぞ――俺が、《龍》に至るために!」
「いいでしょう。こちらとしても、敵国のドラゴンなど放置したくはありませんからね。ここで潰させてもらいます。……行け、バフォメット!」
「ゴォォォォ!」
「グルアアアア!」
龍の爪と鱗を纏った少年が、山羊頭の上位悪魔と真っ向から激突する。
英雄譚の一場面めいた光景を前に、ジークたちは観客のごとく見ていることしかできない。誰かの奥歯が軋み、拳を握りしめ、爪を立てた手のひらから血が滴り落ちた。
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