ドラゴンたちの前に 魔族 が 現れた!
魔族とは人間と似て非なる、人類の天敵である。
王国では口を酸っぱくしてそう教えられるし、《教国》なんかじゃもっとえげつない言葉で「この世のあらゆる不浄の権化」みたいに評していた。先生から散々人間の醜さ愚かしさを聞かされてきた身としては、「ふーん」と他人事な反応しか出ないが。
しかし少なくとも目の前の、レヴィアタンなる女魔族が敵なのは間違いなさそうだ。
「魔族だと、一体なにが目的だ!」
「普通、訊かれたところで答えるはずがないですが……いいでしょう」
やはり王国の騎士であるが故か、敵意剥き出しで剣を抜くジーク。
対して女魔族は、正体を現す前と変わらない涼しい顔のまま言った。
「一言で済ますなら、これは実験ですよ」
「実験?」
「ええ。人道的にも危険性という意味でも、本国ではとてもできないような類のね」
「自分の国民を実験材料にするのは気が引けるから、他国の国民を実験材料にしようってか? 大した人道への配慮だな」
「一応弁解をさせてもらうなら、私の趣味ではありませんから。実験内容については本国の頭がおかしい魔導学者の発案ですよ。私は本国からの命令をこなしているだけ。まあ、流石に無罪を主張するつもりまではありませんが」
「不本意ながら従っていると?」
「それ以上はプライベートな話になるので、ノーコメントで」
物憂げなため息と表情に嘘は感じられない。別段愉しいわけでもないが、私情を挟む気はないといったところか。印象通り仕事のできる女性って感じだな。
俺がロビンへ目配せしている間にも、女魔族の話は続く。
「さて、肝心の実験内容ですが、私の目的は『《刻印》の軍事利用』……《刻印》、引いてはそれを有する英雄の後継を、一個の兵器と見立てて研究・開発すること。その一環として一部の生徒に人体改造を施しました」
「人体改造――!?」
「馬鹿な、一体いつの間に……いや、そのための保険医ってわけですかい」
「ええ。《英雄学院》の授業となれば、重傷者が出るのも珍しくない話。治療の際に薬物を投与したり、魔導装置の類を体内に組み込む機会はいくらでもありました。特にここ最近、保健室は大盛況でしたから。どこかのドラゴンさんのおかげで、ね」
俺が闘技場やパーティー対抗戦で量産した負傷者が、その実験とやらに利用されていたと。別段ここの生徒どもは仲間じゃないし、罪悪感もなにもないけど……体よく利用されたっていうのはムカつくな。
「おかげさまで、実験の成果は上々でした。人体改造の影響を受けた刻印の強化と変質。逆に刻印の変質が影響した肉体の変異。肉体を蝕む呪符の呪いも、間接的な刻印の改竄に利用できることが判明しました」
「商会ギルドで遭遇したリザードマンもどき……! アレも貴様の仕業か!?」
「呪符というと、腹黒が俺との戦いで使ってた代物だな? アレは貴様が融通したと。加えて、金髪ロールの《刻印》の力が急に向上したのも貴様の細工が原因か」
なんてこった。俺たちの周りで起こっていた不可解なことが、全部一つに繋がりやがったぞ。つまるところ、この女魔族の暗躍が元凶だったらしい。
しかし、なあ……。
「そこまで労力を費やした成果にしては、大した代物には見えないな?」
「ゾンビもどき、兵士にしては、貧弱」
とち狂った屍みたいに変わり果てた金髪ロールは、しかしどう見たって兵力の類として利用できるとは思えない。そもそもこの有様じゃ【魅了】の力だって使えなくなっているだろうに、一体なにがしたいんだか。
失笑を交えた指摘に、女魔族は動じた様子もなく肩を竦めて見せる。
「無論、こんなものを兵士として運用するつもりはありませんよ。これの利用方法は、もっと別にあります」
「そもそも、ベラベラとお喋りが過ぎるんじゃないか? まさか、見逃してもらえるなんて思ってないだろうな」
「それは勿論――ただの時間稼ぎですよ。そして終わりです」
俺とロビンが、それぞれ【龍覇気】の気弾と矢で、女魔族に奇襲を仕掛ける。
しかしそれに先んじて、金髪ロールが全身から光を発した。金髪ロールを中心に魔法陣が展開。渦巻く魔力の圧で、俺たちの攻撃は弾かれてしまう。
その上、魔法陣を構築する紋様の規模は、この空間に収まっていなかった。光の線が通路の向こうまで伸び、一部は岩壁を突き抜けている。
この魔法陣の図式…………まさか!
「これってもしかして、召喚儀式!?」
「魔力だけでなく、供物を捧げることで行う大規模召喚……しかし、こいつは!」
「規模、普通じゃない。龍脈から、吸い上げ、してないのに!」
大地に宿る巨大な魔力の流れ《龍脈》を利用したなら頷けるだけの魔力量。しかし俺とリューの眼には、この魔法陣が龍脈を利用していないことが一目でわかった。
しかし、それならこの膨大な魔力はどこから!?
「龍脈を利用しては、実験の趣旨から外れてしまいますからね。生徒たちに施した人体改造……その用途は、彼らの《刻印》を儀式の供物として最適化させるためのもの」
兵器じゃなく、供物として生徒を作り変えた!?
――それで、他の異常が起きた生徒たちの行動の意図がわかった。メンバーの制止も聞かず移動した先は、召喚儀式のために供物を置く場所。女魔族の長話は、供物の配置が整うまでの時間稼ぎだったのだ。
「生徒たちを、召喚儀式の供物にしようと!?」
「正確には、生徒たちが持つ刻印を、ですよ。英雄たちが何代にも渡って力を蓄積させてきた、偉業と神秘の結晶……これを供物に捧げ儀式の触媒としたなら、一体どれほどの存在を召喚できると思いますか? 正直なところ、私も流石に高揚を禁じ得ません」
魔法陣の中央で、金髪ロールの体が宙に浮かび上がった。
魔結晶が全身を侵食しながら輝きを増していく。《刻印》に蓄積された力が、膨大な魔力に変換。空間……否、世界そのものが軋んで悲鳴を上げる感覚。魔法陣によって形成された力場が、ダンジョンよりさらに深い別次元への扉を開こうとしていた。
魔力の嵐が吹き荒れる中、女魔族が高らかに告げる。
「さあ、出でよ。現世と幽世、生と死の狭間、魔の源泉たる暗黒世界の使者。
《バフォメット》――!」
瞬間、光と衝撃波が俺たちを呑み込んだ。
リューが直前に結界を張ったものの、重力の感覚が消えたかと思えば、結界の壁に上下左右と叩きつけられる。結界を破られなかった代わり、結界ごとふっ飛ばされているのだ。おかげで俺たちは結界の中でもみくちゃになってしまう。
「きゃああああ!」
「うおおおおっ!」
どうにかリューを腕の中に確保しつつ、全身を打ちつける痛みに耐える。
なにやらロビンたちがワーギャー騒いでいるが、そっちに気を払う余裕はなかった。
…………何分、あるいは何十分経ったか。
ようやく揺れが収まると、結界の外は真っ暗。瓦礫に埋もれているのだとわかって、俺が【龍化】した拳で瓦礫を殴り飛ばす。
すると、眩しい光に思わず目を覆った。そして目が慣れると、俺たちは唖然となった。
頭上に青空が広がっている。洞窟の天井が、完全に消えてなくなっていたのだ。
おそらく、召喚の際に迸った魔力が天井をぶち抜いたんだろうけど……召喚魔法の余波で本来起こるような破壊じゃない。
そして――その青空を覆い隠さんばかりの巨躯が、俺たちの前に立ちはだかっていた。
一目で感じる、魔物とは一線を画す禍々しい邪気。人間の原始的な恐怖心を引きずり出すような圧迫感。そいつが如何なる存在なのか、初めて目にする俺たちでも理解できた。
「悪魔召喚!? 《奈落》の向こう側に棲むという、魔物の上位存在を呼び出したのか!?」
「しかも、ただの悪魔じゃない。さっきあいつ、《バフォメット》と呼んだ。つまり名無しの下級なんかじゃない、名前持ちの悪魔……!」
湾曲した二本角に雷が走る山羊頭。
枯れ木のような両腕とは別に脇腹から伸びる、炎の右腕と氷の左腕。
輪郭こそ人型だが黒い獣毛で覆われた、一〇メートル近くはあろうかという巨体。
背中には油のように粘着質の液体に濡れる、黒鳥の翼。
まさに人間が想像する『悪魔』らしい姿をした、異形の怪物だ。
「こいつは《ラグナロク大戦》にも現れて猛威を振るい、歴史上に名を刻んだ上位悪魔……《アークデーモン》だ!」
『ゴァァァァアアアア!』
牙の並ぶ口腔から炎の呼気を吐きながら、悪魔が雄叫びを上げた。
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