学年主席(腹黒)は ダンジョン で 戦っている。


 対抗戦の開始から一五分後。

 ローラ=ハウラグローは、遅々と進まない行軍で我慢の限界に達しつつあった。


「ああもう! 冗談じゃないわよ! どのパーティーよりも早く会敵して、どのパーティーよりも大きく手柄を立てなくちゃならないっていうのに……!」


 闘技場でニシキと戦った際、禁制の呪符を使ったローラだが、彼女はつい先日までの謹慎処分で済まされていた。


 本来なら学生といえど牢屋送りは免れない重罪。それがこの程度で済んだのは、忌々しいがニシキに軽く一蹴されたせいで、呪符の危険度が下に見られたため。それと……どうやら呪符を自分に融通した保険医レヴィが手を回したらしい。


 考えて見れば、ローラの口から呪符の入手先を吐かれて困るのは彼女だ。だからローラは感謝などせず、むしろ粗悪品を掴まされたと内心憤っていた。


 しかし、闘技場の失態で教師陣がローラを見る目は冷たい。このままでは、トカゲの尻尾のごとく切り捨てられるのも時間の問題だ。


 だからこそ今回の対抗戦と定期実戦試験が、ローラに残された最後のチャンス。しかも幸運なことに、《雷霆》などの実力者たちは別にグループ分けされている。


 この機に乗じて、今度こそ《竜刻印》を手に入れなければ。

 そう焦れば焦るほど、真綿で首を絞められるかのような現状にローラは苛立つ。


「なんでこの程度の索敵もこなせないの!? 貴方、それで真面目にやってるのかしら!? もっと魔物を召喚して索敵に当てなさいよ!」


 本来なら一〇組がそれぞれ入り乱れて争い合うところを、九組が結託しての一方的な袋叩き。勝利は確定的で、如何に他を出し抜いて、手柄を独り占めするかだけを心配すればいいはずだった。


 しかし現在、ローラは憎きドラゴンもどきのパーティーに遭遇すらできていない。

 召喚した魔物を使った、前線へのトラップ散布という小癪な策に手こずらされていた。


 罠で直接損害を被るのは勿論、罠への警戒でジリジリ体力と神経を削られる。治癒のポーションが数を減らし、治癒魔法を使えば魔力が消耗する。敵の影も掴めていないうちから、パーティーはすっかり疲弊し切っていた。


 せめて、アリスの代わりに入った召喚士が、迅速に罠を発見できていれば。

 ローラが役立たずの召喚士を怒鳴りつければ、悲鳴混じりの反論が返ってくる。


「無茶を言わないでくれ! いくら弱いとはいえ、あんな大量の魔物を同時に召喚・使役するなんて普通は不可能なんだ! アリスだっけか? 彼女、召喚士としてはとんでもない使い手だよ! どれだけ異界との親和性が高いのか……」

「言い訳するんじゃないわよ! あんな劣等生にもできたことがなんでできないわけ!? もう最悪だわ! ただでさえ自分で戦えもしない無能のくせに、最低限の役割すらまともにこなせないなんて!」


 アリスを追い出した自分の判断が間違い、などとは断固として認めない。

 全て召喚士の無能と怠慢が悪いと決めつけ、ローラは罵声を浴びせる。


「他人とは利用するか利用されるか」「助け合いなど無能の言い訳」「弱者は優秀な者の役に立つことだけが存在意義」……そういった思想の持ち主であるローラは、支援職のような自力で敵を倒す戦闘力のない者に対する評価が極端に低い。


 彼らを守って戦うことを無駄な労力と捉え、「余計な手間で自分を煩わせているのだから、その分報酬や待遇から差し引きするのは当然」と考えていた。


 だから魔物を使役しての探索や戦闘のサポートを本分とする、召喚士に対しても扱いが酷かった。しかもローラのメンバーへの評価は完全な減点方式。ただでさえ過分に高い理想を少しでも下回れば、全て無能な仲間が足を引っ張るせいだと罵倒が飛ぶのだ。


 そんな調子なのでローラのパーティーは、アクセサリー感覚でとっかえひっかえするエレノアに負けず劣らず、メンバーの入れ替わりが激しい。


 それでも加入希望者が後を絶たないのは、教師と癒着しての不正によって成績が保証されるからこそ。しかしローラの不機嫌で空気は悪くなる一方、疲弊したメンバーの士気も一層落ち込んでいく。


「ま、まあ、これだけ罠を用意するってことは、近づかれたら向こうに勝ち目がないって証拠でしょう? 足止めを喰らっているのは他のパーティーも同じで、自分たちが一番前進しているはずです。会敵さえすればこっちのもの――」


 その場しのぎで剣士が発した明るい声が、爆音で遮られる。

 木々の間を縫って飛来した光弾で、剣士の体は勢いよくふっ飛ばされた。【防御結界】が砕け、命に別状はないが衝撃で気絶したようだ。


 ギョッとしながらも、ローラと他のメンバーは素早く木の陰に身を隠す。

 そして、顔を半分だけ出したローラは見た。光の輪を回転させながら浮遊し、各方角――おそらくは他のパーティーがいる方へ魔力弾を飛ばす光球を。


「まさか、【ウィル・オー・ウィスプ】!?」


 ローラの目が、嫉妬と羨望の混じった動揺で歪む。


【ウィル・オー・ウィスプ】とはあらかじめ組み込んだ攻撃魔法を、込められた魔力の続く限り自動で放つ、言わば魔法の自立砲台だ。攻撃の手数を増やし、瞬間火力を上げたり、自分が攻撃する間の隙を埋めたりするのが主な用途。


 魔力以上に、複雑な術式を構築する魔法技術が必要とされる。挫折した秀才のローラでは扱えない高等魔法だ。


 おそらく術者は、第二闘技場を城壁規格の魔力障壁で半壊させたという《竜の巫女》だろう。あの色ボケした田舎娘が自分を差し置いて、こんな高等魔法を行使するなど! ローラは屈辱のあまり唇を噛み切った。


 そうこうしている間に、【ウィスプ】の砲撃が再びこちらに向く。

 魔力弾が木々を削る音に身を竦ませながら、ローラは叫んだ。


「術者を探しなさい! 必ず近くにいるはずよ!」

「だ、駄目です! どこにも見つかりません!」


 そんなはずがあるか、とローラはつくづく役立たずのメンバーに嫌気が差す。


 普通、【ウィスプ】は自分の周囲に滞空させて使う魔法だ。自動で敵を照準する術式まで組み込むと、魔力消費の効率が悪くなる。そのため術者が目視で照準を定め、それに追随する形で攻撃させるのが順当な運用方法なのだ。


 しかしローラ自身いくら目を凝らしても、【ウィスプ】の近くに術者の姿はない。


 まさか、移動も照準も自動化した完全なる自立砲台? ありえない、そんなことは彼の《激情の魔女》にだってできるかどうか。

 なにか絡繰りがあるはず、とローラは【ウィスプ】を注視する。


 と、【ウィスプ】の陰に隠れて動く物体に気づいた。パタパタと動き回る「ソレ」に、思わず嫌悪感で表情が歪む。一言で表せば、翼の生えた眼球だ。異界型と呼ばれる、真っ当な動植物ではありえないおぞましい異形をした魔物。


 そういえば、アリスがあんな羽根付き目玉を連れていたような――。

 落雷のようなショックと共にローラは全てを悟る。


【ウィスプ】を従えているのはあの魔物だ。術者に代わってあの魔物に追随し、その視線で照準された標的を攻撃するよう【ウィスプ】が紐付けられているのだ。


「あ、あの悪趣味脳ミソお花畑ェェェェ!」


 術者を守り支援するための【ウィスプ】を下等な魔物に従わせるなど、どういう神経をしていれば思いつく発想なのか。

 魔道を冒涜するがごとき所業に発狂寸前のローラ。


 そこへ、駄目押しとばかりに。

 一体目と丁度十字砲火になるような配置で、二体目の【ウィスプ】が現れる。


「――――!」


 ローラの絶叫は、魔力弾の砲撃と【防御結界】の破壊音にかき消された。


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