ドラゴンは 馬車の中 で イチャついている。


 別段改まって言うことでもない、わかり切った事実なのだが。

 リューは可愛い。とても可愛い。俺的には世界一だと思っている。

 まあ、男にとって愛する人こそ世界一なのは当然の結論かもしれないが。


 とにかくリューは可愛いのだ。

 容姿だけの話じゃない。その振る舞い一つ一つが俺のドラゴンハートに致命傷を与えてくる。愛しすぎて理性さんが死にそうになるとかしょっちゅうだ。

 たとえば今も、


「ふわー。王都、見えてきた。でっかい石の壁?」

「城壁だな。今は休戦しているけど、いつ周りの国と戦争を再開するかわからないから備えてるんだろ。……ところで、逆側の景色もいい眺めだから見に行ったら?」

「や。ここがいい。特等席で、指定席っ」

「そっかー。特等席で指定席ならしょうがないかー」


 馬車の窓から外の景色を、目をキラキラさせて眺めつつ、オンザ俺の膝だからな!

 しかも向き合って抱きつくような姿勢だから、もうリューのぷにぷにでむにゅむにゅな柔らかさが容赦なく押しつけられて。極上の感触で早速理性さんが圧死しそう。


 いや、リンドを出発してから、かれこれ三日。休憩や夜を除けばほぼずっとこの体勢であることを考えると、俺の理性さんはよく頑張ったと言うべきか。実際は何度かお亡くなりになってるけどな!


「ん?」

「ん、いや、なんていうか……リューは可愛いなあ」

「んにー」


 こっちは旅の坊さんに教わったお経を唱えているというのに、つぶらな瞳で上目遣いしつつ小首を傾げたりするんだからもう。


 愛らしい仕草を愛でずにはいられない。頬に手を添え、撫でる。間違っても傷つけないよう優しく指を滑らせ、時折ムニムニとほっぺたを摘まんだりして。


 リューが嬉しそうに笑って頬をすり寄せてくるものだから、こっちも愛でる手が止まらない。


「クルルルルッ」

「あーあー、喉まで鳴らしちゃって……いや待て、角と尻尾はマズイ。馬車壊しちゃうから。引っ込めて引っ込めて」

「むー」


 慌てて宥めると、リューはちょっと頬を膨らませながらも引っ込めてくれる。

 危ない危ない。リューにはのびのびさせてやりたいけど、車内で角と尻尾はマズイ。

 でも……この先、リューには我慢を強いる機会が増えてしまうかもしれない。


 これから俺たちが向かう先は王都。俺の《龍刻印》を狙う英雄どもが集う《英雄学院》だ。当然、《龍の巫女》であるリューを狙う者も大勢いるだろう。リューは可愛いし。

 自然と口から謝罪の言葉が零れる。


「――ごめんな」

「? なにが?」

「王都の学院に入ること、ロクに相談もしないで勝手に決めちまっただろ? いきなり外の世界に連れ出して、困ってるんじゃないかって」


 俺が《魔窟の森》でリューと出会ったのは、約一〇年前。


 子供の身で魔窟の森に入った理由はもう思い出せない。子供らしく、くだらないことを無駄に深刻に思い詰めた結果だったような気がする。魔窟の森がどれほど恐ろしく危険な場所かも知らず、無知で愚かな子供だった俺は森の奥へ奥へ入ってしまった。


 そして、リューと出会ったのだ。魔窟の森で育ち野生児と化していた、恐ろしくも美しい《龍の巫女》に。


 経緯は彼女自身にも不明だが、リューは物心ついた頃から魔窟の森で育った。俺と出会ってからもずっとで、村まで降りるようになったのはつい最近のこと。森より外の世界を知らないままに育ってきた。


 だから急に森を離れ、王都になんて来る羽目になって、突然の環境の変化に困らせてしまったのではないか。

 そう思っての謝罪に、リューは微笑んで首を横に振った。


「ニシキ、謝ること、なにもない」


 背中に腕を回し、ギュギュッと抱きついてくる。

 温かくて、柔らかくて、心臓が早鐘のように高鳴るのに、同時に凄く安心して。

 リューの方からも、軽やかなステップを刻む鼓動が伝わってきた。


「だってこれ、リューのため。リューとニシキ、二人の約束の、ため」


 そうでしょ? と紅の瞳が慈愛に満ちた光を湛えて俺を見つめる。

 ああ、敵わないなあ。


「リューにはまるっとお見通しか」

「うん。ニシキのこと、リューは誰よりもわかってる!」


 それはもう得意満面に胸を張る彼女が愛しくて、抱きしめる。

 本当、この人には敵わない。


 俺には、リューと交わした大切な約束がある。

 その約束を果たすため、俺には『敵』が必要なのだ。


《魔窟の森》に生息する獣や《魔物》ではもう足らない。もっと強大な敵と血で血を洗うような、闘争に次ぐ闘争を俺は必要としている。


 だから俺は《英雄学院》に目をつけた。代々人類を守護してきた英雄たち、その力を《刻印》で継承した英雄の卵たちに。

 村に押しかけてきた自称勇者はとんだ期待ハズレだったが……。


 どうか強敵であって欲しいものだ。具体的には、俺が全身全霊全てを投げ打って、ギリギリのギリギリで敗北するくらいの強さだとベスト。限界とは超えるもので、超えなきゃ進めない程度の壁であってくれないとな。


「でも、大勢の人間がいる場所に行くんだ。村とは比べものにならないほど、たぶん俺たちの想像以上にたくさんの。しかも《龍刻印》を狙う連中の巣窟だ。リューのことを狙うヤツだっているだろう」


 なんたってリューは可愛い。こんな可愛い子が自分の恋人だなんて、夢を見ているんじゃないかと今でも不安になったりするくらいだ。


 そりゃあ、狙いたくなる野郎どもの気持ちも無理からぬものだろう。

 絶対に渡さないし、リューを傷つけるようなことがあれば絶対に許さないが。


 だけど、そんな連中が大勢巣食っているであろう学院に、リューを連れていく俺も相当に酷い男だ。


「リューには、嫌な思いをさせちまうかもしれない。リューの安全を考えるなら、本当は俺一人で来るべきだったかもしれないけど……」


 唇に人差し指を当てられて、言葉を遮られる。

 リューは真顔だが、これは激怒しているときの表情だ。


「ニシキのいる場所が、リューの居場所。ニシキが一緒なら、どこでもリューは幸せ。ニシキがいない、それがリューの一番嫌なこと。だから、傍にいる。離れない。離さない。リューはどこまでも、いつまでも、ニシキと一緒」


 強い、決意と執着を宿して金の眼が覗き込んでくる。

 激しく燃える、想う相手まで焼き尽くすような熱。


 それはゾクリ、と俺のドス黒い熱を煽った。離れない離さないはこっちのセリフ。こんな引き返しようのない場所まで黙っていた俺も大概だ。どれだけ大切にしたくても、離れることだけはできない。


 リューが好きだ。どうしようもなく、思慕の炎で我が身を焼くほどに。

 だからこそ俺は闘いに向かう。全ては二人の未来のために。


「離さないさ。リューは俺のモノだからな」

「――っ。うん、リューは全部、ニシキのモノ。身も心も、全て全て」


 眼差しに込めた熱が、互いの理性を溶かす。

 衝動のまま、どちらからともなく唇を重ねた。深く、唇の感触を味わうように。

 しかし幸か不幸か、舌を絡めかけたところで我に返った。唇を離すと案の定、リューが不満そうに唇を尖らせる。


「もっと」

「悪い。これ以上は、キスだけじゃ済ませられそうにない」

「いいよ?」

「いや、場所考えような? ここ馬車の中だし、もう王都に着くし」


 そりゃあ俺たちは恋人同士で、将来も約束していますし? 俺も色々とお盛んな年頃で、リューはバッチコイどころか押し倒してくるくらい積極的ですし? そもそも出会ってからの一〇年間、下着の概念も知らなかった彼女と二人きりで洞窟暮らししていたのだ。


 これでなにもない方が不健全というもの。なんなら王都までの道中でも、休憩時間やら就寝時間を利用してアレコレ励んじゃったわけですが。

 流石に今ここで始めちゃうほど、俺もお猿さんじゃないのでして。


「その、まだお日様も沈んでないしさ。夜になってから、な?」

「ん……わかった。じゃあ――夜になったら、いっぱい愛して、ね?」


 普段の子供みたいな無邪気さから一転、女の顔で耳元に甘い囁き。

 ちょっ。これ、は。反則、だろ……!


「でも、チューはもっと、いいよね?」

「え、いやだから、俺の理性さんは既に瀕死の重体でだな」

「いいよね?」


 そう言い募るリューの目は、獲物を前に舌なめずりする肉食獣のそれで。

 俺の理性さん、夜まで生き延びられるかなあ……。







「…………………………………………早く王都に着かねえかな」


 死んだ目で馬車を走らせる御者のおっちゃんには、正直すまなかったと思う。

 あ、チュッチュまでしかしてないからな? 理性さん超頑張った。


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