ドラゴンの前に 《竜殺し》 が 現れた!


 英雄学院に入ってから、早一週間。


《龍刻印》を狙う英雄どもをまとめて叩き潰す。それが目的で入学したが、そもそも学院というのは学び舎、勉強するための場所だ。

 俺とリューも一応は学生となった以上、授業を受けないといけないわけで。


「歴史とか、大人になって働く上でなんの役に立つんですかねえ」

「知識、大事。知ること。知ろうとすること。学ぶ姿勢、身につける、大切」

「むーん。わかってる。わかってはいるんだけどなあ。なんで勉強ってこんな怠い気分になるんだろうなー……」


 学院敷地の中央にある広場。

 ベンチにグッタリと背中を預けた俺に、隣でリューが労わるように頭をポムポムした。


 英雄学院は午前に座学、午後に戦闘訓練という授業構成になっている。

 今日の午前最後の授業は歴史で、内容は《ラグナロク大戦》についてだった。


《ラグナロク大戦》――それは一〇〇年前に起こった、人類存亡を賭けた戦いだ。

 大陸中心部にポッカリ空いた別次元の穴《奈落》から、魔物の大氾濫が発生。

 当時争いの絶えなかった大国たちが一丸とならざるを得ず、それでもなお多大な犠牲を払ってこれを退けた。


《アスガルド皇国》、《オリュンポス神国》、《ウラエウス太陽国》、《ヤマト東部連合国》……その他、地上の覇権を争っていた数々の大国が滅び、生き残った人間たちの手で再建された国の一つがここ《ラグナ王国》だ。


 そして現在、大陸の勢力は大きく分けて四つ。


 人類全体と敵対する《魔族》が治める《アポカリプス帝国》。

 人間族至上主義と反ドラゴン思想を掲げる《キルスティア教国》。

 東部連合の生き残りが再建した《ヒノモト武国》。


 そして《ラグナ王国》の四大国家を中心に、いくつかの小国がそれぞれに属する形で点在している。

 各国は《ラグナロク大戦》以降、互いに疲弊もあって休戦状態だった。しかし種族差別などの溝は深く、未だ水面下で小競り合いが絶えないという。


「つーか王国というか人類の歴史が詰んでやしないか? ただでさえ英雄が足りてない状況で国同士が戦争始めかねないとか、馬鹿すぎるだろ。大氾濫のこと、流石に一般には大っぴらに広まってないにしても、国の偉い連中は把握しているはずだろうに」

「大昔の経験、絵や言葉でしか遺らない。体感、伝わらなくて、実感、持てない。ちゃんと危機感持てる人、限られてる」

「で、危機感持ってるヤツに限って、目先の欲しか頭にない馬鹿どもに足を引っ張られると。この学院でも勉強より派閥争いに忙しい連中が多いみたいだしな」


 これは先生から教わっていた話と、一週間の観察でわかったことだけど。

 学院は勉学の場であると同時、貴族の子息子女による社交の場でもあるようだ。


 上級貴族生まれの生徒は、敵対する家の生徒より派閥を大きくすることに必死。下級貴族生まれの生徒は、より勢力の大きい上級貴族と繋がりを持つことに必死。そうやって権力争いにばかり一生懸命で、勉学や訓練なんて二の次だという有様だ。


 人類の守護者を育成するための学び舎なのに、英雄の称号は権力を飾るための看板に成り下がっている。学院を建てた人が、本気で人類を守る使命に燃えていたとすれば、さぞかし嘆かわしいことだろう。


「ま、そんな人間どもの事情はどうでもいいとして。昼飯にしますかっ」

「ご飯だー!」


 二人して満面の笑顔で喝采を上げる。


 なにせドラゴンは大食いだ。強大な力に比例してすぐ腹が減る。

 そしてサバイバル生活じゃ食事は最大級の娯楽。俺もリューも、ご飯となれば自然とテンションが鯉の滝登りだ。


「今日の売店メニューはー? でけでけでけでけ……」

「でけでけでけでけー?」

「じゃじゃーん! 武国伝来と噂の学院名物、焼きそばパーン!」

「焼きそばパンー!」


 学院には如何にも貴族向けっぽい、豪華な料理の出る食堂がある。しかしそれとは別に、サンドイッチなどの軽食を売る売店もあった。


 刻印持ちは英雄の血筋である貴族が大半を占めるが、例外も存在する。

《刻印》の中には血筋よりも「適性」を重視して、後継者を選ぶ刻印もあるのだ。


 刻印は持ち主が死んだり自発的に刻印を手放すと、自動的に後継へと継承される仕組み。なので、平凡に生まれて平凡に生活していた村人がある日突然、英雄の刻印を授かる! なんて話も実は少なくない。


 だから学院には平民の生徒もいるのだ。

 しかし当然と言えば当然だが、平民の生徒と貴族の生徒は酷く仲が悪い。


 自分たちを選ばれた存在と言って憚らない貴族にとって、刻印持ちの平民など目障りなだけ。平民だって、そう自分たちを見下す貴族が大嫌いだ。


 そんな背景もあり、特に規則で定められたわけでもないのに、貴族は食堂、平民は売店と自然に住み分けがされていた。


 なお俺とリューは身分とか関係なく、食堂に行けば食事どころじゃなくなるのが目に見えてるから売店で買った。


 そして今日はついに、連日売り切れで逃してきた焼きそばパン!


「いやあ、このソースの香りが……」

「麺、野菜、肉、ソースが絡んで、パンに合う!」


 ウマーウマーと二人して焼きそばパンを夢中で食べる。


 パンの切れ目という限られたスペースに、肉と野菜も絶妙な量で入った麺。

 このソースを絡めて焼いた麺っていうのが、また斬新だ。王都の料理店でも麺料理はあるが、この東方風は学院の購買でしか味わえない。なんでここだけ売ってるんだろ?

 そしてソースの濃い味が淡白なパンとマッチし、真ん中に乗った目玉焼きでまろやかに味が変わって最後まで飽きない!


 もう無心で焼きそばパンを齧り進め、気づけば手のひらは空っぽに。


「ふむ。あっという間に焼きそばパンが終了しちまったな。どれ、次はなににしようかなっと――」

「ニシキ、ニシキ」

「ん?」


 まだまだどっさりパンを詰め込んだ買い物袋を漁っていると肩を叩かれる。

 顔を上げれば、小さな口を大きく開けたリューが。


「あーん」

「……いや、だから学び舎の中くらいは慎みと周りの被害を考えようって、昨日も一昨日もなんなら毎日言ってるよな?」

「あーん」

「…………あーん」


 うん、無理。勝てない。だってパンを押し込まないと、この無防備な唇を自分で塞ぎたくなっちまう。もしくは向こうからこっちの口に齧りついてくる。


「美味いか?」

「うん! お返し、あーん」

「……あーん」


 それはそれは美味しそうで嬉しそうで、幸せそうな笑顔。

 そんな顔をされれば、催促も差し出し返されるパンも拒めず、食べさせ合いっこ。

 うん、これは格別に美味くて、嬉しくて、幸せだ。


「なあ? この激辛マスタードサンド、砂糖とハチミツと生クリームをぶちまけたような味するんだけど?」

「誰か壁を用意してくれ。殴っても殴っても壊れない丈夫な壁を!」

「爆ぜればいいのに。爆ぜ散らかせばいいのに」


 そして周囲で今にも血の涙を流しそうな顔の生徒たちである。


 ご覧の通り、売店で買った軽食を食べる場として、中庭は平民生徒の縄張りみたいな感じになっている。貴族生徒も昼食時は食堂に集まるから、揉め事は滅多に起きない。ただ、わざわざ荒らしに来る暇人の貴族もいるようだが。


 しかし……今日やってきたヤツは、どうもその手の輩とは違うようだった。


「――貴様かああああああああ!?」


 なんか土煙が上がるほどの勢いで走ってきたかと思えば、その勢いのまま剣で斬りかかってくる謎の銀髪女。


 元より学院は敵地も同然。この程度の襲撃は想定内だ。

 慌てず騒がず、俺は【龍化】させた右腕を掲げて剣を受け止める。……が、そこで想定外のことが起こった。


 銀髪女の剣が、右腕を覆う黒鱗を斬り破ったのだ。


「なに?」


 白刃は骨にこそ達しなかったが肉を抉り、血が飛び散る。

 でなく、外部から体が傷ついたのは久しぶりだ。


 俺が右腕を振り払うと、先んじて飛び退いた銀髪女は表情に若干の動揺が窺えた。

 しかし迷いを散らすようにして頭を振り、俺に剣を突きつけてくる。


「貴様の不埒な悪行もここまでだ! このジークフリート=ファフナーが、悪しき竜を成敗する!」

「ジークフリート……ファフナー……《竜殺しドレイク・スレイヤー》の末裔か!」


 自然と口元に獰猛な浮かぶ。

 闘技場を竜巻で吹き飛ばして以来、すっかり生徒は腰が引けちまって、挑戦者が現れずに退屈していたところだ。


 どうやら、ようやくまともな「敵」のお出ましらしいな!



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