ドラゴンたちは パーティープレイ を 開始する。


《英雄学院》には英雄の力を継承した生徒たちが存分に戦えるよう、闘技場が三つも用意されているのは以前にも述べた通りだ。そして闘技場とは別に、ダンジョン攻略を想定した修練の場が学院にはある。


 正面切った競い合いではなく、ダンジョンでの立ち回りを学び鍛えるための場。

 それが人工的に造り出されたダンジョン、通称《学院ダンジョン》だ。


《皇国の母神》ユミル……アスガルド皇国の大英雄が残したと言い伝えられる遺物。それを組み込んだ魔導装置で造られた人造の異界は、装置の操作であらゆる地形・環境を創り出すという。森・洞窟・雪原・岩山・湖や海まで選り取り見取りだとか。


 ただし、実際のダンジョンと決定的に異なる点として、魔物は発生しない。魔物が発生する状態にまで近づけると、世界への浸食が始まってしまうそうだ。


 だから魔物に代わり、生徒のパーティー同士で戦わせ競い合わせる。

 それが定期実戦試験の概要だ。





 そして試験を一週間後に控えた本日。

 午後の授業が、試験の予行を兼ねたパーティー対抗戦となった。


 クラス合同で行い、一〇組ずつのパーティーが対戦。学院ダンジョンの各所からバラバラにスタートして、ダンジョンを探索しつつ遭遇した敵パーティーと交戦する。最後の一組になるまで戦うバトルロワイヤル方式だ。


 いよいよ、俺たちドラゴンパーティー(仮称)の番が回ってくる。


「しっかし、馬鹿に腹黒に金髪ロール……見事に因縁のある連中と対戦になったな。なんかもう仕組まれたんじゃないかってくらいに」

「懲りない人たち。また、ギッタンギッタン」

「そう簡単にはいかないかもしれないぞ? 今回の戦闘では、二人が以前見せた竜巻や城壁を使うこともできないしな」

「お二人さんは大規模な攻撃の使用を、事前に禁じられちゃいましたからねえ」

「どうせなら、ピクニックで来たかったわ。こんなに綺麗な森で戦わなくちゃいけないなんて」


 魔導式の昇降機で俺たちが降り立つと、そこは見渡す限り木々が並ぶ森林だった。

 移動すれば多少開けた場所もあるだろうけど、基本的に木々が密集していて視界が利かず走り回るのも難しい。ドラゴンが大暴れするには手狭な環境だ。


 ……ちなみに、生い茂る葉が人工の日差しを遮って薄暗いわ、動物や昆虫の鳴き声が全く聞こえず静かすぎるわ、森は不気味な雰囲気。汚いわけじゃないが、お世辞にも「綺麗な森」なんて感想は真っ先に出てこない。

 お友達の魔物といい、アリスはどうも独特な感性をお持ちのようだ。


「あらかじめ学院長から言いつけられちまったしなあ。ただ敵を全滅させるだけなら簡単なんだけど。森ごと火をつけて燃やしたり、森ごと津波で洗い流したり、森ごと竜巻で吹き飛ばしたり、森ごと地割れで崩したり――」

「それ、敵と一緒に僕らまで全滅しちゃうヤツですよね!?」

「頼むから止めてくれよ? 本当に止めてくれよ!? ニシキとリューはともかく、私たちは多分死ぬからな!」

「敵はともかく、森の木やお花さんたちを無闇に傷つけるのは良くないわ!」


 約一名論点がズレているが、そういうわけで今までのようにはいかない。


 実際のダンジョンでも、下手な地形破壊は命取りになる。多少の採掘や採集ならまだしも、地形ごと破壊なんてすれば、異界であるダンジョンの崩壊に巻き込まれる危険性が高いからだ。ドラゴンといえど、別次元の狭間にでも落ちたら無事は確約できない。


 まあ普通、ダンジョンを破壊してしまう心配なんてすることないだろうけど。

 なんにせよ、今回の戦いがドラゴン的に不利な条件なのは事実だ。


「あの馬鹿ども、戦う前からもう勝ち誇るようなニヤケ面していやがったな。俺やリューにあれだけギッタンギッタンにされといて、よくもまあ……つーか、腹黒や金髪ロールはよく復帰できたな。かなり重症だったはずなんだけど、噂の保険医が余程優秀なのか」

「ま、このパーティー対抗戦のルールなら、正面から戦う必要はないですからね。それこそまぐれ当たりでもいい、【防御結界】さえ破れば勝ちって魂胆でしょうよ」


 定期実戦試験でもそうだがこのパーティー対抗戦、生徒には弱い【防御結界】がかけられ、これを破壊されたら死亡扱いで失格となる。


 当然、俺も結界を壊されたら即失格。たとえ【龍化】した体には、喰らったところで本来なんらダメージにならない攻撃であってもだ。敵対する生徒たちからすれば、俺を負かす千載一遇のチャンスだろう。


「それにローラ殿たちの様子からして、残りの九組は全て結託していると見ていい。ルール上はバトルロワイヤルでも、実質九対一だ」

「確かにドラゴンはたくさんのパーティーで退治するものでしょうけど、なんだかとっても嫌な感じね! どっちが悪役かわかったものじゃないわ!」

「でも、こっちの思う壺」

「そうさ。徒党を組んでくれるなら結構なこと。九組まとめて、俺たちパーティーの手柄になってもらおうじゃないか」

「そう上手くいけばいいですけどねえ……」

「いくともさ。俺の考案した陣形を試すのに、この森はむしろお誂え向きだ。ドラゴン退治を舐め腐っている馬鹿どもに、どっちが狩られる側か教えてやる」


 今の俺は、さぞかし悪い笑みを浮かべているだろう。

 クククとそれらしい笑い声を漏らしていると、リューが背中に抱きついてきた。


「ニシキ、楽しそう」

「ん? そう見えるか?」


 肩越しに振り返ると、俺を見つめるリューの表情には不安の色が。

 自分と一緒に過ごすより楽しいのか、と揺れる瞳が問いかけていた。

 ……とんだ誤解だ。それを正すべく俺はリューに言う。


「なあ、リュー。こうしてると、昔を思い出さないか?」

「昔? 森にいた頃?」

「ああ。まだ俺がトカゲ以下のへなちょこだった頃、アレコレ作戦を考えながら二人で強い魔物に挑んだりしただろ?」

「うん。あのときは、楽しかった」

「俺もだ。二人一緒に力を合わせて挑戦することが楽しかった。だからさ、ここにいる連中とやれば、もっと楽しいことができると思わないか?」


 背中に抱きつかせたまま、リューの手を取って握りしめる。


「リューも言ってくれただろ? 森じゃできなかった、新しい体験をリューと一緒に楽しみたいんだ。こうしてパーティーを結成して試験に挑むのも、その一環。……勿論、リューが楽しいかが一番肝心なんだけど」


 リューはお気に召さなかっただろうか?

 今度は俺が不安を覚えて見返すと、リューは淡い微笑みを浮かべた。


「二人の、昨日までと、明日。ニシキは、どっちも、大事にしてくれるんだね」


 柔らかい頬を擦りつけられ、甘い甘い囁きが耳朶をくすぐる。


「ありがとう。――大好き」

「うん。俺も、大好きだよ」


 何度伝え合っても胸をじんわりと熱く満たす言葉。

 その熱を分かち合うように頬をすり寄せ、俺たちは笑う。


「お二人さーん! お熱いのは大変結構なんですけどぉぉ。もう対抗戦始まるんで、そろそろ二人の世界から帰ってきてくれませんかねぇぇぇぇ」

「いや、本当にロビン殿がいてくれて助かった。私では、どうにもあの空気に割って入れなくてな……」

「うふふ、二人は本当に仲良しさんね!」


 騒がしいパーティメンバーだ。

 リューと顔を見合わせて、また笑みが零れた。

 今はこいつらと、新しい挑戦を楽しむことに集中するとしますか。


「それじゃあ、いっちょ暴れてやりますか。――まずはお前らを馬鹿にした連中に、お前らの力を見せてやれ! ロビン! アリス!」


 号令を下し、俺たちパーティーの初陣が始まった。


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