《召喚士》が 仲間 に 加わった!


「そしてこちらが俺のスカウトしたパーティーの五人目――」

「アリス=ジャバウォッキーよ。どうぞよろしく!」


 ロビンに続いて俺が連れてきたのは、小柄というか「ちっちゃい」と称すのが似つかわしい少女だ。三つ編みに結わえた金髪と丸くて大きな碧眼。童女でも通じそうな幼い顔立ち。背丈なんて、リューの胸元辺りだ。


 スカートの裾を軽く持ち上げての挨拶一つ取っても、所作に育ちの良さが窺える。しかし偉ぶって他人を見下すような感じは一切ない、良い意味で如何にもな貴族子女。


 アリスはジークたちを前にすると、興奮した様子で彼らに詰め寄った。


「《竜殺し》の騎士様! 貴女のご先祖様と邪竜のお話、小さい頃の寝物語に何度もおねだりしたものよ! お近づきになれてとっても嬉しいわ!」

「あ、その、光栄だな? いや、私自身の武功でもないのだが……」

「へっ。そりゃあ清廉潔白な美麗の騎士様と一緒なら、はしゃがない女子はいないでしょうよ。生憎と小汚い盗賊も一緒ですがね――」

「あら、貴方はロビンフッドね! 私、あなたのご先祖様も大ファンなの! お父様たちはいい顔をなさらないから、内緒で手に入れたロビンフッドの本を、隠れてドキドキしながら読んだわ! これから一緒に戦えるなんて夢のよう!」

「え、いや、俺ってば血の繋がりがあるわけでもないですし? ご先祖様って言い方もちょっと語弊があるっていうか……」


 憧れの英雄を見る目そのものな、キラキラしたアリスの眼差しに、ジークとロビンはタジタジだ。二人とも、こういう打算も裏表もない好意には不慣れなんだろう。


 リューは警戒気味に俺の背中に隠れるが、アリスはお構いなしだ。

 むしろ、俺とリューを見る目が一番キラッキラしていらっしゃる?


「でも、私がお会いできて一番に嬉しいのは貴方たちよ、ドラゴンのお二人さん! 怖くて強くて圧倒的で、まるで本の中から飛び出してきたみたいで! それにドラゴンのカップルだなんて、素敵だわ! 貴方たち、とってもお似合いなんだもの!」

「カップル……お似合い……」


 リューはアリスの言葉を咀嚼するにつれ、パァァァァと表情を輝かせる。

 そして感極まったようにアリスのちっちゃな体を抱きしめた。丁度の高さで胸に顔がうずまって、大変うらやまけしからん。


「ニシキ。この子、いい子!」

「ああ、うん。『いい子』の基準、そこなんだな。わかるけども」


 俺たちの関係についてこうも好意的な反応を示してくれた相手は、村まで遡ってなお初めてかもしれない。先生にさえ、最初は酷く難色を示されたからなあ。つーか、「人間だから」ってだけの理由で俺が先生に随分と嫌われていたのだ。


「なんだろう、この敗北感は……」

「イヤホラ、騎士と盗賊ならともかく、騎士とドラゴンじゃ別腹みたいなもんでしょ? あんた、そんな比較されて気落ちするような性質でしたっけ?」


 がっくり肩を落とすジークに、若干的外れな励ましをするロビン。

 ロビンはジークがリューの友達(未満)の扱いだって知らないからな。ジークは自分より圧倒的に早く、リューに気を許されたアリスに敗北感を覚えたのだ。


 それでもロビンの気遣いに気分を持ち直したジークは、ふと疑問を口にする。


「それにしても、私の記憶違いでなければ、アリス殿は確かローラ殿のパーティーに最近入ったはず……もしや、また?」

「ええ。彼女ったら、私を『戦闘の役に立たないお荷物』だなんて言って、パーティーから追い出したのよ! 『戦力としては最初からなにも期待していない』って戦闘に参加させてもくれなかったのは彼女なのに、勝手な人だわ!」


 アリスは頬を風船のように膨らませてプンスカする。

 その容姿で怒ってもまるで怖くない……はずなんだけど。なぜだろうか、背筋に悪寒が走った。このちっちゃい少女からは、なんの威圧感も発せられていないのに。


「また、ってあの腹黒、そんなにパーティーメンバーをとっかえひっかえしてるのか? 金髪ロールの方なら如何にもって感じだけど」

「金髪ロールって、まさかヒルデスビー令嬢のことか? まあ、確かにあのお嬢さんはパーティーメンバーがしょっちゅう変わりますがね。主に美男子中心で」

「ローラ殿の場合、彼女のようなアクセサリー感覚とはまた違う。ローラ殿はこう、上手くいかないとすぐ癇癪を起こす上、メンバーの意見を全く聞かない。少しでも不満があればメンバーを怒鳴りつけ、失敗の原因は全てメンバーのせいにする始末……」

「汚いコネで成績だけは良いモンだから、それに便乗しようとした生徒が寄っては、ハウラグローのお嬢さんの横暴さに堪えかねて逃げ出すわけでさ。もしくは無茶な役回りを押しつけられた挙句、失敗の責任を全部押しつけられ追い出されるかのどっちか」


 ジークとロビンは揃ってため息混じりに非難する。

 それだけ、腹黒と金髪ロールの素行が日頃から目に余るものなんだろう。

 アリスも同調するように、両の拳を掲げて怒りを表した。


「私が戦えないのは事実だから、それについてはまだいいのよ。けれどなにが許せないって、彼女ったら私のお友達を悪く言うのよ!」

「お友達?」

「あら、嫌だわ! そういえばあの子たちの紹介がまだだったわね! ――おいで、私のお友達! 【召喚】!」


 アリスが右手の刻印から、《霊宝》と思しき本を取り出してパラパラ捲る。

 するとページが光り出すのに合わせて、彼女の周囲に小さな魔法陣がいくつも展開された。


 そこからワラワラと現れる……異形の黒い影。


 翼を生やした眼球。這いずる鎧の手。頭がランタンの小人。牙と舌を生やした宝石箱。その他、手のひらサイズながら小動物と呼ぶにはあまりに奇怪な姿の怪物たち。それを手や肩に乗せてアリスは華やいだ笑顔を浮かべるが、童話の光景には程遠い絵面だ。


 両手にハサミ――それも赤錆付き――を生やしたぬいぐるみのクマに頬擦りされながら、アリスはご満悦の笑みで言う。


「どう? これが私のお友達、とっても可愛らしいでしょう!」

「お友達って……それ《召喚獣》ですよね? ジャバウォッキーのお嬢さん、《召喚士》だったんで?」

「それも、『異界型』の魔物を使役するのか……」


 魔物には大きく分けて二種類ある。


 一つはこちら側に元々生息する動植物が、《奈落》から流れ込む別次元のエネルギーの影響で異形に変貌した『変異型』。そしてもう一つが別次元のエネルギーから発生した、純粋な別次元の住人と呼ぶべき『異界型』だ。


 前者が動植物に異形が付加された姿なのに対し、後者は真っ当な生物ではありえない姿をした者が多い。彼らは複数の生物が混じったような姿や、無機物が生物化したような姿。本来なら子供の落書きでしか存在し得ない、奇怪な異形の怪物となる。


 しかし、ただでさえ珍しい《召喚士》の中でも、異界型の魔物を使役する者は更に希少だ。見かけで敬遠されやすいというのも理由の一つだが、単純に弱いのだ。


 変異型に比べ、異界型はこちら側の世界で実体を保つのが難しい。だからアリスが呼び出したような小動物レベルの個体になる。逆に実体を問題なく保てるような強い個体は、とても使役できるだけの手頃な強さには収まらない。

《デーモン》などがその筆頭で、故に一般に悪魔召喚は禁忌とされている。


「そうよ、別世界からやってきた素敵なお友達なの!それなのにローラったら、『悪趣味』だとか『役立たずの上に気持ち悪い』なんて酷いこと言うのよ! 失礼しちゃうわ!」

「そ、そうだな。確かにそれは、失礼だな」

「まあ、趣味嗜好は人それぞれですし?」


 奇々怪々なる魔物たちと戯れるアリスに、若干引き気味のジークとロビン。

 二人の目から見ても、アリスが使役する魔物たちは奇異に映ってしまうようだ。


 全く、ちょっと愉快な外見してるだけの連中相手に、繊細なことで。

 リューなんか、人差し指でつっつきランタン小人と戯れてるというのに。


「可愛い……」

「自立稼働する光源とか、洞窟の中とかで普通に助かるよな。それに一体一体の戦闘力こそないに等しいけど、そもそもこれだけの数を同時に召喚・使役できること自体が、並大抵の技量じゃない。腹黒もこんな逸材を役立たず呼ばわりとか、見る目がないな」

「って、あんたらは平気なのかよ!?」

「そういえば、二人は《魔窟の森》で育ったと前に聞いたが……それで魔物には慣れているとか?」

「いや、森に棲む魔物はほとんど変異型の獣だからな。逆にこういうタイプは珍しくて新鮮なんだよ。使役されてて危険がないのもわかるし」


 俺としても、この魔物たちはなかなか興味深い。


 そもそも召喚された魔物って、どういう理屈で召喚主に従順なんだか。単に洗脳とか強制命令の類かと思ったが、少なくともアリスの場合は違うらしい。まさか本当に友達になってるとか? 人間と魔物じゃ「友達」の概念が違うなんてオチだったりしない?


 一度じっくり訊いてみたい気もするけど、またの機会にするとして。

 ともかく、これで役者は揃った。


「しっかしまあ、チグハグな面子を集めたモンで。本気で、こんなパーティーで定期実戦試験に挑むつもりなんで? そりゃ、ドラゴンのお二人がいれば楽勝かもですけどね」

「舐めるな。俺がいい加減な数合わせでお前らを集めたとでも? お前らが他の連中にどう言われてきたか知らないが……すぐにそいつらの減らず口を黙らせてやるさ。なんたってここにいるのは――ドラゴンが選りすぐった、最強のパーティーなんだからな」


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