ドラゴンは 定期実戦試験 を 知った。


《黄金の百竜》亭の看板娘救出のため、商会ギルドの商館で一暴れしてから一ヶ月。

 中庭のベンチで昼食を一緒に取りながら、俺とリューはジークから「後始末」の結果を聞かされた。


「――それじゃあ、商会ギルドが《黄金の百竜》亭にちょっかいかけてくる心配は、もうないと見ていいんだな?」

「ああ。最早、商会ギルドはそれどころの状態ではない」


 俺が龍秘技で起こした、貴族街を丸ごと巻き込んだ津波。あの水害に対して「商会ギルドが魔導装置を暴走させたことによる事故」という容疑をかけることで、王国騎士団に商館への強制捜査を実行させたらしい。


 なにせ、一番被害の大きかった場所が商館だ。そこが水害の発生源だと考えるのは自然な流れ。個人の手で起こした津波よりかは、魔導装置暴走の方が現実味もある。


 貴族どもの間でも《龍刻印》の噂は広まっているはずだが、本気にしていない者がほとんどらしく。今回の件と結びつける者はまずいないし、仮に俺の仕業だと主張したところで笑い者になるのがオチとのこと。


「騎士団による強制捜査の結果、商館からは裏帳簿や貴族との不正な取引の証拠が山ほど見つかったらしい。特に奴隷売買を始めとする違法な商売に、官僚貴族の半数以上が関わっていたことが問題だ。主だった貴族は御家取り潰し、爵位も領地も失った。当然、商会ギルドの上役も揃ってお縄についたぞ」

「その口ぶりだと、関わってた貴族全員が処分されたわけじゃないのか?」

「これを機に一掃とまではいかなかったようだ。しかし、処分された貴族が見せしめとなって、今後貴族たちの動きは抑えられる。それでも馬鹿なことを考える貴族は今後も出てくるだろうが……それ以上は、私が口出しできる領分にないな」


 忸怩たる面持ちでジークはため息を吐く。


 腐った貴族どものことは、彼女からすれば身内の恥といったところか。しかし権謀術策なんて向いてないから、ジークにできることは少ない。あの王女さんはむしろ得意分野っぽいから、任せとけば良さそうだけどなあ。


 もう津波で全部洗い流せば良くね? とか思っちまうのは、俺が順調にドラゴンに近づきつつある兆候だろうか。うん、実に良い傾向だな?


「そういうわけで、商会ギルドは上役の大半が失脚した上、官僚貴族との繋がりも失った。財務省の口利きを当てにできなくなった今、商会ギルドは経営の立て直しに奔走中。《黄金の百竜》亭を始め、《商人同盟》に手出しするような余裕はないはずだ。武力の要としていた暴力団も壊滅したからな」

「むしろ商人同盟がギルドを取り込む絶好の機会かもな。ま、その辺は商人たちの問題で、俺たちには関係ないか。とりあえず、美味いリンゴさえ無事ならどうでもいい」

「ドラゴンらしいな、とでも言うべきか?」

「わかってるじゃないか」


 ニヤリと笑って見せる俺に、ジークは呆れ顔をした後、その視線が会話に不参加だったリューへ向けられる。


「ところで、その……リューは随分とお疲れの様子だが、どうかしたのか?」

「んゆー」


 リューは会話の間ずっと、ベンチの後ろから覆い被さるように俺に抱きついていた。


 くったり体重をこちらに預け、俺の肩に頭を乗せてスリスリ頬を寄せてくる。スリスリだけじゃなくてスンスンとかハムハムとかチュッチュとかやりたい放題にされている気もするけど、今日ばかりは好きにさせてやった。


 俺の理性さんが大分瀕死だけどな! 膝上に乗ってきたりしないだけ、これでも人目を憚っている方なんだよ……。


「それが先週辺りから、他の連中が急にやたらと絡んでくるようになってな。絡んでくるっつーか、なにかの勧誘? あまりのしつこさに、リューがストレスになっちまってるみたいで。だからまあ、こうして好きに甘えさせてるというか」

「んにー」


 指先で顎をくすぐれば、クルルと喉を鳴らして微笑むリュー。

 うん。機嫌は大分良くなったみたいだ。ワーギャーとうるさい生徒たちに囲まれたときは、龍秘法で学舎ごと吹き飛ばしそうな不機嫌具合だったからなあ。


 俺の説明に、ジークは得心がいったように頷いた。


「なるほど、それはおそらく、定期実戦試験が近いためだろうな」

「定期――」

「実戦試験?」


 揃って首を傾げる俺とリューに、ジークが苦笑しながら解説する。


「現在では形骸化しつつあるが、ここ《英雄学院》は魔物の脅威に立ち向かう人材を育成するための学び舎だ。個々の戦闘力は勿論として、《ダンジョン》攻略などの基本となる、パーティー単位での連携能力も重要視される。それを測るのが定期実戦試験だ」


《ダンジョン》とは、世界各地に発生する一種の《異界》だ。

《奈落》という別次元に通じる穴が空いた影響で、この世界は不安定な状態にある。その「揺らぎ」から局所的に発生する異界がダンジョンだ。


 そこは現実世界とは異なる法則で成り立ち、生息する魔物の強さも比較にならない。放置すれば《奈落》のように魔物の大氾濫を起こし、世界を滅ぼすとまで言われている。一方でダンジョンを崩壊させれば、異界を構成するエネルギーが大量の《魔結晶》に変換されるため、資源を稼ぐ格好の場でもある。


 世界の守護と資源稼ぎ、双方の面からダンジョン攻略は人類の最重要事業であり、そのための人材を育成するのが《英雄学院》である。

 実際に、その役目を果たせているかは別として。


「強い者とパーティーを組めば、それだけ試験が有利になるのは自明の理。それで同級生たちが、お前たちをパーティーに勧誘しようと必死になっているんだろう。純粋に戦力として取り込みたいのか、あるいは……試験に乗じて《龍刻印》を狙う腹積もりなのかまではわからないが、な」


 生徒からすれば世界がどうこうなんて話より、目先の成績と利益が大事と。

 俺たちにはどうでもいい話だけど、なんかイヤーな予感がする。


「なあ、一つ確認だけど……その実戦試験とやらは、パーティーを組まないと受けられない感じか? しかも二、三人くらいの数じゃパーティーとして認められない、とか」

「正解だ。パーティーの人数は最低でも五人以上。パーティーを作れなかった者は、余り者同士で強制的にパーティーにされる。初対面同士で臨時のパーティーを組む、というのもままある事態だからな。それをこなせるかも含めて試験という扱いになる」


 やっぱりそうくるか。


 目的が目的だから成績にはあまり頓着していないけど、試験の結果を口実に難癖つけられるのも面倒だ。かといって足手まといどころか、背後から刺されるのを気にしなきゃならないような連中と組むのは断固として御免被る。


 そうなると、自分で適当なパーティーメンバーを見繕った方がよさそうだ。


「ジーク、リューたちと組むよ、ね?」

「あ、ああ。無論、私が力になれるのなら、我が魔剣を抜くことに否はないとも」


 袖をキュッと指で掴みつつのお願いに、ちょっと動揺しながら了承するジーク。

 うんうん、気持ちはよくわかるぞ。リューはこういうちょっとした仕草がいちいち可愛いからなあ。

 ……そんな仕草をジーク相手にも見せたのは、距離が少しは縮まった証拠かね?


「しかし、私を含めても、あと二人はパーティーメンバーを探す必要がある。エレノアのグループに目をつけられていたこともあって、不甲斐ないが私にメンバーの当てはない。これまでの試験も余り者組になるのが常だったからな」

「そういうことなら、俺に任せてくれないか? ――丁度、二人ほど当てがある」


 ドラゴンとパーティーを組むに値する「適当」なメンバーが、な。

 ジークの不安そうな顔を余所に、俺はニンマリと笑みを浮かべた。


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