第漆章~新生、“賢人会議”~ / 第二節

「はぁ~、人いっぱい居デ目ぇチカチカするスわ……」

「余りキョロキョロしてると、田舎者扱いされるぞ?」

仕方無しゃねべ? だってェ、オラぁ田舎者ザイゴッタロだぉン。」

 背後から聞こえるナトラとエラセドの解りやすいやり取りを聞きながら、喧騒の只中を掻き分けるように進む。まさか、今、ワシと手を繋いで歩いているこの“小さな子供”が、自分達の国の主であろう事など、この市民たちは気付きもしないのだろう。尤も、纏った外套に付いているフードを目深に被っているから、余程、勘の鋭い輩でもなければ、そもそも気付くのは難しいと言えるが、“市民たちが政治に無関心”と言うのは、どうやら本当の事らしい。

 先頭を往くゲオルギウスに引き連れられて、向かう先は賢人会議の“議場”……そこは、城内でも最高機密の場所だという。その場所の所在を知る事ができるのは、賢人会議の議員を除けば、当代の皇帝とその直属たる近衛騎士のみ。執事や召し使いと言った、身の回りの世話を任された使用人でさえ、その場所を知ることは許されないのだ……いや、知る事がである、と言うべきか。

 何故なら、その“議場”というのは、そもそも、グラン・レグルス城内には所在していないのである。その場所は、街の喧騒の影に隠れた裏路地の奥の……

「“霧煙きりけむる黄昏亭”……ここなのか?」

「どこからどうみても、客足の少なそうな、ただの酒場にしか見えないのですが……」

 ……寂れた場末の酒場であった。

 果たして、誰が気付くというのだろうか。こんな薄汚れた裏路地の奥で、皇帝の諮問機関が国政に関するあれこれを審議しているなど、判る筈も無かろうというものである。

「だとしても、ここが目的地だ……くれぐれも、静かに頼むぞ?」

 今日のゲオルギウスは鎧を着用しておらず、革のジャケットとズボン、淡いベージュ色をした麻布のフード付き外套といった出で立ち。街中に鎧を着て出るなど、剣吞な事この上無い為、当たり前と言えば当たり前なのだが、彼曰く、“これは普段着だが、変装でもある”との事だ。恐らく、鎧を着込んだ姿の方が有名であるが故に、この“普段着”が変装の役割を果たすのだろう。因みにだが、ワシとシェラタン、ナトラの3名はいつもの出で立ちで、エラセドはいつもの鎧を着ておらず、ゲオルギウスと似た服装。ワシとナトラとエラセドはそれに加えて、ゲオルギウスのものと同じ外套を纏っている。ワシの手をしっかと握るアルシェも含め、フードを被った外套姿の六人連れ……日陰者の一向にしか見えないではないか……

「いらっしゃい……」

「やぁ、亭主。」

「おや、“ゲオルグ坊っちゃん”じゃないか。最近はご無沙汰だったなぁ。」

 店に入るなり、フードを脱いだワシらに親しげな笑みを向ける初老の店主……外見的には普通の人間のようだが、“ゲオルグ坊っちゃん”とは……?

「やめてくれよ、おやっさん。その呼び方、余り好きじゃないんだから……」

「オレからしたら、幾つになったって、お前は“坊っちゃん”さ。」

「……ゲオルギウス、ワシは状況の説明を所望するぞ?」

「あぁ、すまない……」

 申し訳なさそうにするゲオルギウス。全員が店に入ったのを確認し、最後に入ったエラセドが扉を締める。

「……改めて紹介しよう。この酒場……“霧煙る黄昏亭”の亭主、ジョルジュだ。」

「よろしく……こんな寂れた店だが、贔屓にしてくれたらありがたいぜ。」

 亭主……ジョルジュが、冗談混じりに挨拶する。

「ところで、亭主……ゲオルギウスとは随分と親密なようじゃが、特別なワケあっての事か?」

「当たり前さぁ。何たって、オレがコイツの“育ての親”なんだからな。」

「お、おやっさん、その話は……」

「いいじゃねぇか。思出話なんて言ったって減るもんじゃねぇんだし……」

 “育ての親”……?

「コイツがガキの頃、路頭に迷ってたのをオレが拾ったんだ。何でも、“親から棄てられた”とか何とか……」

「ワタシの一族は、アナタ方のような生粋の聖霊人ではない。我が“ヨアニナ家”は、大昔に、人間と古代ドレキ族の間に生まれた混血の子が為した家だ。今では混ざりあった血も限りなく薄まり、殆ど人間と変わらないのだが、数世代に一度、先祖帰りが起き、ワタシのような者が産み落とされるのだ。」

「そうそう……それで、先祖帰りを起こした者は、“忌み児”として棄てられる……だっけか?」

「その通りだ。街に放逐されたワタシは、食うに食われず途方に暮れていたのだが、そんな時に、このジョルジュに拾われて命拾いをしたのだ。」

「オマエさん、意外に苦労してたんだな……」

 同情の意を示すエラセド。しかし、何とも皮肉な話である。先祖帰りは一族の祖が混血である事の証であり、一族の祖の写し身ならば尊ばれて然るべきだ。なのに逆に蔑まれ、棄てられてしまうとは……

「仕方の無い事なのだ。ドレキ族と人間とでは、一生の長さが異なるからな。特にワタシは、“純血”と言えるほどにドレキ族の特徴が強いから、尚の事、致し方無い。」

「待て……ワシらと人間とでは、そんな事まで違うのか?」

「聖霊人の常識といえば常識なのですが……」

「シェラタン……ワシが記憶を喪っておる事、よもや忘れたワケではあるまい?」

「し、失礼致しました、マスター!」

 平伏するシェラタンが言うところに因ると、ワシら聖霊人は、そもそものライフサイクルが常人とは異なるらしい。種族毎に差はあるものの、共通しているのは、ある一定の年齢までは普通の人間と同様に成長するが、それ以降の成長及び老化が著しく遅延するということ。それは、聖霊人が全体的に長命であるという事を意味する。シェラタンの種族であるファルキ族で常人の二倍の時を生き、ドレキ族に至っては五倍との事だ。確かに、周囲に普通の人間しかいない家に、ライフサイクルの噛み合わない者が生まれたとしたら、爪弾きにされるのは目に見えている。人はそもそも、明らかに違う存在を認めがたい生き物なのだ……ところで、ワシの種族たるレフル族は、どれ程の時を生きるのだろう?

「……レフル族に関しては、余りにも資料が少ないので、ハッキリとした事は申せませんが……言い伝えに因れば、“5000年の永きに渡って生き続けた”と伝わっております。」

 5000年!?……いやはや、常人の50倍、ドレキ族の10倍とは驚いた。50世紀も生き続けていたら、死ぬ頃には知り合いが伝説上の人物になっていそうだな。

「えっとぉ……そろそろ、本題に入ってもいいじゃないかな?」

「これは陛下……私事で失礼をつかまつりました。」

「陛下? この可愛い坊っちゃんが……っ!?」

 驚愕の声を上げた亭主の口先に、人差し指を宛がうゲオルギウス。その表情は険しい。

「では、亭主……“絡み付く蛇の杖”を一つ……」

「そ、その注文は……!?」

「頼む、察してくれ……」

 形容しがたい複雑な表情を浮かべて、ワシらを眺める亭主。少し悩んだ後に、意を決したように頷いた。

「……よし、今日は貸し切りだ。」

かたじけない……」

「いいってことよ。」

 カウンターの中から、“Servata Est貸し切り”と書かれた紐付きの札を取り出し、出入口のノブに掛ける亭主。

「さて、ご注文の品は奥だぜ。」

「あぁ、判った。」

 ワシらを見て頷くゲオルギウス。“付いてこい”、という事なのだろう。その意に従い、彼と共に店の奥へと足を踏み入れる。

「この階段は、普段は幻術で隠されている。先程の注文があり、亭主が信ずるに値すると判断した場合にのみ、ここの幻術が一時的に解かれるのだ。」

 薄暗い廊下の最奥……そこには、地下へと続く石造りの階段があった。どうやら、螺旋状であるらしい。

「では、行くか。」

 ワシらは、一層仄暗い石の階段を降りていく。灯りは既に火ではなく、青白い発光体がガラスの器に納められたものとなっていた。これもまた、“魔導”によるものなのだろうか……

「さぁ、ここが賢人会議の“地下議場”……別名、“星蛇せいじゃうろ”だ。」

 ……石の螺旋階段を降りきった先……そこにあったのは、石造りの大きな円形の部屋、その中心に置かれた大きな円卓と、それを囲む13脚の椅子、壁に敷き詰められた無数の書籍……そして、その天井には、満点の星空が広がっていた……

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