第漆章~新生、“賢人会議”~ / 第一節
「ニハル! おはよう!」
帝城グラン・レグルスの自室に、可愛らしく元気な声が響いた。アルシェ陛下の御声である。
「これは陛下、
「もー、ニハルったら……ボクたち友達なんだから、そう言う他人行儀な言い方はヤメテって言ったよね?」
「冗談、冗談じゃて。」
朝の風を取り込もうと開けていた窓を閉め、ワシはアルシェの方へと振り向いた。今日の陛下はジュストコールを着ておらず、比較的軽装だ。謁見の予定は無いものと思われる。
「それは兎も角……直々に朝の挨拶をしに来たという事は、何か所用あっての事なのじゃろう?」
「用事が無かったら、朝の挨拶ってしちゃダメなの……?」
愛くるしい御顔が悲しげな表情に包まれる……そう言う心算で言ったワケではないのじゃが……
「……いやいや、別に用件が要るワケではないし、オヌシに起こしてもらったら嬉しいのは事実じゃぞ?……ワシはな、当たり前の挨拶の他に、何か特段の伝達事項は無いかどうかと訊いておるだけなのじゃよ。」
「良かったぁ……出逢って早々に嫌われたかと思っちゃったよ……」
……喜怒哀楽の激しい御方じゃな、全く……まぁ、付き合ってて退屈はしなさそうじゃが……
「して、結局は何事も無いという事かの?……まぁ、面倒事は無いに越した事はないのじゃが……」
「あ、そうだった! 皆に“賢人会議”を紹介しようと思ってたんだ。身分の件で相談したいとも思ってたし、丁度良いかなぁって。」
“賢人会議”か……一体どんな連中が顔を連ねているのか、一度拝見しておくのも悪くはない。
「うむ、好かろう。今、軽く支度をするから、部屋の外で少し待っておれ。」
「うん、判ったよ。」
愛らしく会釈をしながら、部屋の外へと退出するアルシェ。出入口の戸が閉まったのを確認したワシは、寝間着からいつもの服へと着替え……
「ん……?」
……ようと、畳まれた“いつもの服”を手に取ると、今までとは明らかに手触りが違うのが感じられた。正確に言うと、素材自体は同じものなのだが、新品に変わっているのだ。
……いつの間に作ったというのだろう。衣服を作り替えたのだとすれば、それには、それなりの手間と時間が要求される筈だ。ワシがこの服を脱いだのは昨晩の事だから、僅か一晩で、ワシの衣服が新品に変わってしまったという事になる。一体何が……
「まだ~?」
ドア越しに響くアルシェの声。
「おっと、すまぬ。もう少しじゃ。」
……兎にも角にも、考えるのは後回しだ。解らぬ事を考え込んで、これ以上アルシェを待たせるというのも忍びない事である。ワシは急ぎ、新品となった“いつもの服”へと着替え、部屋の外へと出た。
「待たせたのぅ。」
「よっし、それじゃあ行こうか。」
まるで、長らく待ち焦がれていた想い人と再開したかのような満面の笑みを浮かべて、ワシの事を出迎えるアルシェ……そんなに待ち遠しくする事も無かろうに……
「ところで……」
「うん、何?」
「“賢人会議”とは、そもそも、どのような組織なのじゃ?」
「えっとね……簡単に言うと、“皇帝の諮問機関”……でいいのかな?」
「そう言う機能がある事は、前以て聞いておる。ワシが訊きたいのは、もっと根本的な部分じゃ。例えば、その成り立ちについて……とかな。」
「うーん……」
廊下を歩きつつ話していたワシらだったが、ここでアルシェが歩みを止める。腕を組んで、深く考えているようだ。
「……実を言うとね、ボクもよく知らないんだ。」
「ほぅ……?」
「皇帝の意思決定について、多種多様な助言を行う諮問機関……っていうところまでは知ってるんだけど、それ以上の事となると、当の皇帝であるボクにさえ知らされてないんだ。多分、先代も同じだったと思うよ。その理由も一切判らないし……」
「恐らく、秘密である事に意味があるのじゃろうな。」
「え、何で?」
「皇帝の諮問機関という立場なら、やりようによっては、皇帝を飼い慣らす事もできてしまう。もしも、皇帝を影から操って、この国を己がままにしたいと願う野心家がいたとすれば、どうにかして“賢人会議”に自分を差し込もうとするじゃろう。もし、そんな奴が紛れ込んでしまったら、“賢人会議”は諮問機関としての機能を喪う可能性すらある。それどころか、場合に因っては、“賢人会議”という組織そのものが瓦解してしまうかもしれん。そう言った
「なるほどなぁ……何だか、“謎多き秘密結社”って感じだね。」
……なるほど、“秘密結社”か。
「陛下っ!」
「ど、どうしたの!?」
慌てた様子で走り寄り、アルシェの前に跪く騎士。アルシェの近衛を任されているゲオルギウスだ。
「オヌシがそんなにも慌てるとは……何事かあったのか?」
「あぁ……一大事だ。」
息を切らせた様子のゲオルギウス。だいぶ、大事の様子である。
「ねぇ、一体何があったの?」
「“賢人会議”議長、“クェルブ・アル=ラァイ”導師が……何者かによって殺害されました……」
「えぇっ!?」
「何じゃと? 詳しく説明してくれ。」
「“賢人会議”直属の諜報員が齎した情報だ。議長様は南の隣国“アルジャバー共和国”を私的に視察していたらしく、国境を越えた辺りで殺されたらしい……」
「警備の者などは付いておらんかったのか?」
「“賢人会議”のメンバーは機密保持の為、直属の者を例外として、基本的に単独での行動が義務付けられている……議長様とて例外ではない。」
「むぅ……秘密を守る為の仕組みが仇となったか……下手人に関しては?」
「複数名で山賊のような出で立ちだったそうだが、その行動は高度に組織化されていたという。先の情報を齎した諜報員は、議長様の護衛も兼ねていたのだが、数的不利の状況下では、どうする事もできなかったようだ。」
……高度に組織化された山賊風の刺客たち、か……何となく、陰謀の気配を感じる。
「そうか……他の議員たちは?」
「問題なのはそこだ。議長殺害の報を受けて、議員たちに緊急招集を掛けたのだが、一向に連絡が来ないのだ……」
「何……?」
「現在、直属の諜報部隊を総動員して行方を追わせているが、今のところ、成果は上がっていない。まるで、煙の如く消え去ってしまったかのようだ。」
……殺された議長に、行方知れずの議員たち……“賢人会議”が皇帝の諮問機関ならば、それは同時に、皇帝の“後ろ楯”である事を意味する。後ろ楯を失った皇帝は、繰り手を失った人形も同義だ。その繰り糸を手にすれば、手にした者の傀儡と化すだろう……ならば、その“黒幕”は、“傀儡としての皇帝を望む者”、そして、“秘密組織の体を成す賢人会議について知る事ができる者”……恐らくは、元老院だ。
「そんな……クェルブ翁が……」
アルシェの顔が、絶望に染まっている。確かに、これは一大事だ。なれば、ワシは……
「……ゲオルギウス、ワシの仲間を集めてくれ。」
「?……いずこに集めればよいのだ?」
「そうじゃな……“賢人会議”の議場があるなら、そこが好い。」
「議場に……はっ!?」
……アルシェは気付いたようじゃな。ワシの目論見に……
「“賢人会議”が消えてはならない……ならば、ワシがその後継を勤めよう、というワケじゃ。」
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