第陸章~“風”たちの休息~ / 第四節

「……本当に、個性的な面子メンツよのぅ……」

 フカフカなベッド……何とマットレスは驚きの羽毛詰め!……に寝転んで、今朝の謁見の間を思い浮かべてみる。

 謁見の間に集結した6人の聖霊人……カンムリカラカラにオオヤマネコ、タイリクオオカミ、妖精と竜人、ついでにワシは白いキツネと来たものだ。ある意味、異様とも言える面々が、一国の中心に集っただけでも凄まじいのに、当の妖精はその国の主で、竜人は妖精“陛下”の御側仕えを賜る近衛騎士だと言うのだから、驚きを通り越して笑えてくる。しかも、“その国”はかつて、ワシら聖霊人の同胞を甚振いたぶっていた国なのだから、最早、皮肉以外の何物でもない。

 驚愕に満ちた自己紹介を終えると、アルシェ陛下はワシら四人を帝都へと招いた理由を説明した……

『ボクはね、帝国は今のままじゃダメだと思うんだ。軍部が力を持ちすぎた所為で、国のあちこちが歪んでしまっている……政教分離を建前にした神国の併合も、元はと言えば軍部主導の政策だったんだ。あれだって、神国からしたら侵略行為に他ならない。他の近隣諸国とも友好的な関係を築くべきなのに、軍はそれを容認せず、国境で睨みを効かせている……』

『軍だけではあるまい?』

 そう問うと、アルシェは小さく頷いてみせた。

『そう……国内は国内で、由緒正しき貴族たちが幅を利かせているんだ。元老院のお歴々は、その殆どが名家の当主だ。一般国民の代表として、帝都市民連合会の会長が所属しているはいるのだけど、元老院の中で一般市民はたった一人だけだから、発言力は無いに等しいんだよ。ボクを擁立した賢人会議の皆がサポートしてくれても、その場凌ぎにしかならない……結局のところ、弱い皇帝は元老院の傀儡に成り下がってしまうんだ……』

『そうならない為には、否が応にも強権的にならざるを得ない……だが、それでは先代の繰り返しになってしまう……そこのところで、考えが煮詰まってしまっておる、と言ったところかの?』

 ワシが見解を述べると、ハッとした表情を浮かべるアルシェ。図星を言い当ててしまったらしい。

『スゴいな……ニハルは何でもお見通しなんだね。』

『ワシとて知り得ぬ事もあるし、語り得ぬ事も多々ある……故に、ワシは知らねばならぬのじゃ。この世界の事を、な……』

『それなら、ボクと“取引”しない?』

『“取引”か……好かろう。』

『ボクはニハルに協力したいんだ。友達として純粋に、ね。キミの求めるものなら、可能な範囲で用意しよう。』

 ……友としてあらんとする相手への協力を、見返りの存在する“取引”とするとはな……建前と本音を使い分けられる……なるほど、確かに、一国の主としての資質は充分なようじゃ……

『ふむ……して、オヌシは何を求める?』

『そうだね……さっきの話を聞いたら判ると思うけど、ボクは非常に困っているんだ。この国に山積した問題を解決する為には、今まで通りのやり方じゃダメなんだと思う。けど、ボクは実際、どうしたらいいかが判らないんだ。だから……』

『ワシに助言を求める……という事か。』

『その通り! でも……個人的には、助言だけじゃ物足りないかな?』

『ほぅ……?』

 そう言ったアルシェは、玉座から降り、両腕を広げて、優しげな……それでいて野心を思わせるような……笑顔を浮かべた。

『ボクはね……キミと一緒に作り替えたいんだ。この“帝国”っていう国を、ね。』

 “国を作り替える”……か。何ともはや、大それた事を仰られる陛下じゃのぅ……

『ふっ……ふふふ……ふははははっ!』

『……可笑しいのかな?』

 思わず込み上げた思いが、高笑いとなって溢れ出した。

『いやいや……それでこそ、と思うたまでよ。ちょっと前までは見ず知らずの間柄だった聖霊人を、国政改革の中枢に据えようという、オヌシのその気概が気に入ったのじゃ。それでこそ、変革の旗印に相応しい……とな。』

『それじゃあ……!』

『うむ! その“取引”、喜んで乗るとしよう。今、この場にて、“契約”は成された!』

 ……斯くして、ワシらは帝都に逗留……ではなく、居住する事と相成った。共に改革を為す者が、帝国の中枢たる帝都の内情を知らぬという事は、あってはならない事だからだ。とは言え、ワシらは帝都に寝泊まりできる居宅を持っていない。帝都に宿が無いというワケではないが、長期滞在の為に皇家の資金を拠出するというのは、正直言って誉められた行為ではない。出所を辿られてしまえば、元老院や反体制派に付け入る隙を与える事になる。疑獄スキャンダルの扱いに関しては、こちらより向こうが数段上なのは言うまでもない事だ。要らぬ心配は増やさないに越した事はない。

 というワケで、帝都内に安定して居住できる場所と、しっかりとした身分の用意が整うまで、この帝城……正式名“グラン・レグルス城”の空き部屋に寝泊まりさせてもらう事となったのだ。アルシェ曰く、“部屋数が多過ぎて使いきれていない部屋がたくさんあるから、実に丁度良かった”との事で、ワシらの為に、城の一角を丸々貸し出してくれた。部屋も家も、誰かに使われていなければ、次第に廃れていく……というのは、いつの世も変わらぬ真理であるようだ。

 ワシは、“取引”に伴う要求として、“先ずは帝都の内情を隈無く知る必要がある”と述べた。何事も身近なところから始める……というのが、“科学者”としてのワシの姿勢スタンスだ。だが、これからの事に関して、あれこれ議論する内に、時間はあっという間に過ぎていったようで、気付けばもう夕方近くになってしまっていた。因みに、会合は皇家専用の食堂で行われ、朝食と昼食もそこで戴いたのだが、これは、“情報の機密”という観点から、信頼の置ける者以外は一切の余人が立ち入れない空間が求められたからである。ところで、“飯はまだか”とせがんでいたナトラだが、見たことも無いような豪勢且つ美味な食事に、涙さえ溢す有り様だったな……

 ……ともあれ、この目と耳で実際に見聞きせねばならぬ……というのが、先の要求に関する最終的な結論だった。情報は人から人へと伝聞される間に、当初とは違った形へと変質する……という、社会学の講義を経て、その結論は定まったワケだが、如何せん、実行するには遅い時間だった。夜の街も重要な観測対象ではあるが、勢い勇んで飛び出して、何らかの問題に巻き込まれては、本末転倒というもの。故に、今日はこのまま夕食を戴き、明日に備えて英気を養おう……という事になったワケである。

「……さてと、ワシは何が欲しい……?」

 辺境では一切見かけなかったガラス窓越しに覗く月を眺めながら、そう自問する。約束してしまった以上、帝国の改革に協力するというのは当然の事だが、その見返りに、ワシは何を求めるべきなのだろう……

 ……ワシの心に燻る根源的欲求……それは“知的好奇心”だ。そもそも、記憶を喪った……と思われる……原因なのであろう“あの夢”の中で、ワシはその“知的好奇心”を拗らせた挙げ句、“ブラックホール”などという、誰が見ても危険極まりない漆黒の洞に、その身を投じる羽目になってしまったではないか。結果として、ワシは“この世界”における記憶と知識を喪い、“夢の中のワシ”が持つ知識を得る事になったのだ。そして、その知識の一部は、この世界の“常識”から遠く乖離している……

 ……今思えば、あれが全ての始まりだったのだろう。なればこそ、一体何が起きたのかを解き明かさねばなるまい。それこそが、“科学者”たるワシの使命だ。

 そう……ワシは今、目標を見出だしたのだ。“この世界”の真理を解き明かし、“夢の中”と“この世界”の関係を解き明かし、そして、ワシの身に何が起きたのかを解き明かす……先代皇帝の真似ではないが、それこそ、使えるものは何でも使ってやろうではないか。この世界の“常識”たる“魔導”と、ワシの“科学”……一見、相容れぬように見えるものが融和した時、そこには強烈な“反応”が起こるものだ。それこそが、解明への原動力となるに違いない……

 一抹の野心と、一筋の光明にも似た希望を抱きながら、柔らかな毛布の暖かさに浸りつつ、ワシは安らかな眠りに耽った。これが一時の休息でない事を、切に祈りつつ……

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