第壱章~“異邦人”の目覚め~ / 第三節
「……ふむ、これは中々に美味。」
割れた硬い殻の内側には、薄茶色の
「……うむ、甘酸っぱいな。」
次に、小さな釣鐘状の真っ赤な果実……この特徴的な見た目は、
「しかし……これでは食った気がせんなぁ……」
他にも安全なベリー類をいくつか発見したが、空腹を若干満たしたに過ぎない。小さな木の実やベリー類で空腹を満たそうと思ったら、相当な量が必要となるだろう。実の生る木々は森中に散在しているようなので、必要な数を集めきる為には森中を駆けずり回らなければならない。そんな事をしていてはあっという間に陽が暮れてしまい、昼飯が晩飯になってしまう。それでは、苦労して狩りをしたのと大して変わらぬではないか。
……だが、若干なりとも腹を満たせたのは僥倖と言うべきだろう。狩りにおいては、獲物を追っても獲られぬという事は間々ある。“労多くして功少なし”とならなかったのは幸いだ。
「まぁ、今はこれで……ん?」
……我慢して晩飯のアテでも探そうか……と独り言ちろうかとした途端、森の静寂を騒がしい音が切り裂いた。狂乱したかのように鳥たちは羽ばたき、甲高い嘶きを上げて獣たちが周囲を駆け抜けていく。どうやら、森の中で何事か騒動が起こっているらしい。
「
聞き耳を立てると、遠くから激しい金属音が鳴り響いているのを捉える。この音は、金属製の武器と武器とがぶつかり合う音……人間同士の戦い……?
そう思った途端、ワシの足は既に走り出していた。例え血を流す戦いが其処にあったとしても、人がいるなら一目見るべきだ。ワシは記憶を喪ってから、自分以外の“ヒト”を見ていない。他の者もワシと同じような姿なのか、或いは違う姿なのか……それが判るだけでも、更なる考察に役立てる事ができる。大いに価値のある事だ。
ワシは獣のそれに酷似した脚を最大限活用し、森の只中を疾駆する。前傾姿勢を取り、翼の如く後ろに広げた両腕が風を切る。堅牢な足爪を地に突き立てての素早い方向転換。見た目以上に強靭な筋肉は、まるで
風になったような気分……とでも言おうか。疾風が木々の間隙をすり抜けるように、ワシの身体は、迷い無く的確に、確実に通れる箇所を駆け抜けているようだった。この動きは身体に染み付いているもの……そう思わせるには十分すぎる程に最適化された一連の動作。もしかすると、記憶を喪う前のワシは、文明の利器など携えずに、この身一つで狩りを行っていたのかも知れん。
「あれか……?」
疾走の最後に高く跳躍したワシは、太い樹の枝に着地した。眼下は開けており、下草が取り払われて露になっている土は、硬く踏み締められているようだ。踏み締められた土は、森を貫いて横断しているらしい。明らかに道、それも街道の類いだろう。
街道では、幾人もの人間が、剣なり槍なり盾なりを携えて、互いに争っている。彼らの約半分は、金属製の兜や
争いの原因は恐らく、明らかに装備の異なる一人の男だった。灰褐色のフード付きのローブを纏い、それは全身を覆い隠している。フードを目深に被っており、見る角度の所為もあってか、その容姿は全く窺い知れない。辛うじて、体格から男性であろう事は理解できる。武器の類いは装備しておらず、木を削り出して作ったであろう原始的で堅そうな長い杖を携えている……いや、あれも武器の類いなのだろうか? それにしては攻撃の素振りを見せていない。ただひたすらに、繰り出される剣撃を躱し続け、得物であろう杖で剣を受け続けている……逃走の機会でも伺っているのだろうか?
彼以外の男たちは、ローブの彼以外の相手に対しては、眼前から払い除ける程度で、明らかに本気を出してはいない。恐らくは、彼を巡って小競り合いをしている……と言ったところか。何故、彼を狙う……?
「滞れ、
「なっ……!?」
紙一重で剣閃を躱したローブの男が、素早く杖を天に掲げ、何事か叫びながら……その声は20代前半の青年男性を思わせる……、“I”の字を描くように杖の先を動かすと、中空に“I”の形をした“光の文字”が浮かび上がった。刹那、異様な風が彼の周囲に吹き荒ぶ。それは雪と雹とを伴った、肌を刺すような極寒の暴風……これは吹雪だ。峻厳なる霊峰にて吹き付ける猛烈な吹雪そのものだ。
異様な吹雪は2秒と経たずに収まり、辺りは白く染まっている。だが、異様な事は吹雪だけに留まらなかった。ほんの僅かな時間しか吹雪は吹いていないにも関わらず、それをモロに受けた兵士たち、並びに山賊……と
……いや、もしかすると呪術的な、或いは魔術的な
……そう言えば、あの中空に閃いた“光の文字”……あの“I”に似た文字は確か、ルーン文字の一種ではなかったか。どこで見知ったのかはてんで思い出せんが、発音は“
そうか! 恐らくではあるが、あの魔術的な吹雪には、他者の行動の一切を阻害し停滞させる作用があると思われる。全く以て“科学的”では無いが、今はそう結論付ける他にない。
……あのローブの彼には、色々と聞きたい事が出来てしまったようじゃな……
「うっ……」
「がっ……」
およそ2分程の時間が経過しようとしたその時、男たちは小さい呻き声を発しながら、バタバタと倒れ付していく。あれは窒息の症状だ。恐らく、息する事すら阻害されていたのだろう。術が解けるまで、身体は硬直状態にあったようだが、2分もの間、呼吸を止められていたのなら、並みの人間は問答無用で失神する。このまま放っておけば、直に死を迎えるだろう。
「癒せ、
ローブの彼がまたしても何かを始めた。今度は、横向きの正三角形を二つ縦に並べて“B”の形を取ったような“光の文字”を中空に描き、何事か呟きながら、祈るような仕草をする。すると、明るい緑色をした光の粒が彼の周囲を舞い飛び、倒れ付した男たちの上に降り注いた。よく見ると、彼らが顔などに
負った軽微な負傷……多くは互いの剣や槍による切り傷であると
……あの“B”に似た文字……あれもルーン文字であった筈だ。発音は“
それにしても……何ともまぁ、お人好しなヤツじゃ。襲ってきた相手を倒すだけなら未だしも、わざわざ治療まで施すとはのぅ……
「ふぅ……」
「んなっ……!?」
一息吐いた彼が、目深に被ったフードを脱いだ時、ワシは思わず驚愕の声を上げてしまった。其処にいたのは、人の手のように動く“翼”と、猛禽のそれと同一な“
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