第肆章~鉄鱗山の“四人”~ / 第三節
「全ての兵員及び人員は、坑道へと待避させろ。外を巡回している者たちも同じくだ。直ちに呼び戻せ!」
「
手際よく指令を発する騎士エラセド。軍上層部から爪弾きにされている身とは言え、流石は駐屯地の管轄を任されているだけの事はある。優秀な指揮官であるようだ。
「駐屯地内の物資はどうしますか?」
「物資も坑道内へ移送しろ。食糧、武器、薬品、工具……駐屯地内にある物は全てだ。状態が悪くなければ、使い古しの物も捨て置くな。可能な限り詰め込め!」
「
「報告します! 採掘作業員の待避完了しました!」
「よろしい。続いて兵員の待避を開始しろ。手持ち無沙汰な奴からだ。急げよ!」
「
慌ただしく、人と物とが鉄鱗山の胎内へ続く坑道へと流れ込んでいく。この状況へと至る切欠は、およそ一時間前に遡る……
『“
シェラタンが怪訝そうな表情でワシを見つめている。
『そうじゃ。敵対する双方が日時やルールを定めて行う戦……対戦相手のいる試合の如き戦争行為を、盤上で駒を動かして戦う遊び、即ち“
『しかし、何故今回の戦いがそうであると言えるんだ?』
ワシの言わんとしていた事……“戦という名の遊び”……を察し、怒りに震えたエラセドは、幾分か冷静さを取り戻したようだ。
『エラセド、今こちらに向かって来ている“第五師団”は、どこを管轄としているのじゃ?』
『“第五師団”は、“帝都リオニス”に本拠を置いている。帝国軍でも一二を争う戦力を保有する師団で、平時は帝都の守護を主任務とし、戦時下においては、敵国の侵略に逸早く対応する為、領土内を縦横無尽に転戦する機動力に優れた大部隊だ。』
……遊撃を得意とするワケか、例の師団は……
『……シェラタン、2000人近くの兵員を抱えた大部隊が、帝都からこの辺境まで来るのに、最短でもどのくらいの時間が掛かる?』
『帝都からですか。そうですね……途中には、行軍上の難所と言われる“アルギエバ大森林”がありますし、早くても5日は掛かると思われます。』
……ワシのいた“あの森”が、そのように言われる場所だったとは初耳じゃ……
『……とすれば、5日より前には既に、“鉄鱗山に大公国軍が攻め入る”という情報を、軍上層部は掴んでいた事になる……妙じゃとは思わんか?』
『妙、とは……?』
『そもそも、この鉄鱗山駐屯地に神国出身者が掻き集められたのは、大公国軍の侵攻を未然に防ぐのが目的だった筈……目論見が外れ、大公国軍が攻め入ってくるという情報を予め入手していたなら、帝国軍はもっと早く手を打つ筈じゃ。重要な鉱山と領地を、みすみす手放すとは考えられんからな。』
『それは、確かに。』
『大部隊を送り込むのに時間が掛かるなら、早駆けの伝令を出し、この駐屯地に逸早く情報と命令を届ける……というのが、最も効率的な対処方法じゃ。ここの兵員たちが素直に従うかは兎も角、これで大公国軍の勢いを削げれば、帝都から送り込んだ大部隊が到着するまでの“繋ぎ”にはなる。』
『だが、それをしなかったという事は……』
『帝国と大公国……その双方による“鉄鱗山の奪い合い”は、予め取り決められていた事だった……というのが、最もしっくり来る結論じゃ。大公国軍の侵攻が、突発的な事ではなく、日時のはっきりした行為なのだとすれば、確りと行程を定め、余裕を持って大部隊をこの地に派遣する……というのは、至極当然の事と言える。恐らくは、大公国側が宣戦布告し、帝国側がそれを容認した……という事じゃろうな。』
『ならば……オレたちは何の為に、この山を護ってきたというのだ!』
握り拳をテーブルに打ち付けるエラセド。その手は、小さく、だが激しく震えている。
『推測も含むがな……この駐屯地は捨てられたものと思われる。』
『何だと……!?』
『考えてもみよ。ここには、帝国に批判的な者が多数おる。幾ら大公国に対する人の盾とは言え、一所に批判的な意見を集約し、封じ込めれば、その反発が強まるのは必然じゃ。密閉された壺に、その
『我らが帝国に反旗を翻す……と?』
『少なくとも、軍の上層部はそう考えておるようじゃな。ならば、決壊する前に壺の中の水を捨て去ってしまえばよい。連中は、この戦でそれを成そうとしている。』
『まさか……!?』
エラセドの語気に、恐怖が混ざり出した。
『大公国軍が侵攻を再開した理由は幾つか考え得るが、最も判りやすい理由が一つ……即ち、“鉄鱗山駐屯地の兵員たちが神国出身者であるという情報は、帝国側の
『……坑道を守る我らが神国の民で無いならば、大公国が侵攻を躊躇う理由は、何も、無い……』
『そういう事じゃ。誤情報に踊らされている大公国軍は、躊躇無くオヌシらを討ち滅ぼすじゃろう。さすれば、帝国軍に大義名分が出来る。“自国の兵を殺された”という大義名分がな。そして、それを盾に大公国軍を撃滅せしめれば、鉄を産出する領地を守り、領内の愚民共には“立派な功績だ”と称えられ、同時に批判的な勢力を抹消できる……というワケじゃ。正に“一石三鳥”という事じゃな』
エラセドの震えは一層激しさを増す。怒りと恐れ、そして、悔しさがその要因か。
『帝国軍め……いよいよ以て、外道に成り下がったか……!』
『じゃが、ワシはこれで良いとは思わん。』
『何……?』
ワシはやおら立ち上がり、テントの隙間から夜空を垣間見る。黄金色の満月が、美しく輝いていた。
『……確かに、今は全てが帝国の掌中にある。じゃが、これからはどうかな?』
『これから……』
『蟻は、例え相手が強大であっても、その手に噛み付くものよ。ワシらは帝国という“強大な者の手”に握られた蟻じゃ。然らば、ワシらはその手に噛み付く事ができる。』
『それは……』
『エラセド、ここはワシの言う通りにせよ。この駐屯地の者たちを死なせる心算は無い。ならば、ワシの“知識”を、オヌシらの為に役立てようではないか。』
……そして、ワシはエラセドに諸々の指示を下し、エラセドはそれを実行している、という次第である。
「ニハル……オマエの指示の殆どは完了した。後は、オレたちを含めた兵員の待避が完了するのを待つばかりだ。」
エラセドが報告に来た。これで、目標の“5割”は達成された事になる。
「よし……では、そろそろワシらも……」
「ニハル。」
荷物をまとめて坑道へ向かおうとしたワシを、エラセドが呼び止める。因みに、シェラタンとナトラには、先に坑道へと入ってもらった。“別命”を与えてあるのである。
「どうした?」
「一つ、聞かせて欲しい……何故、オレたちを助けようとする?」
「何故、とは?」
「オマエは帝国に狙われいるんだろう? オレたちは……まぁ、見捨てられたとは言え……飽く迄も“帝国軍”だ。自分を狙う者と同じ勢力に属するオレたちを救う理由が、どうもオレには見えてこなくてな。」
……何じゃ、そんな事か……
「……判りきった事を訊くのじゃな。」
「何だ、判り易い事なのか?」
「ワシは、帝国にも、そして大公国にも、
「じゃあ、誰の味方なんだ?」
「オヌシの味方じゃ。ワシがワシの仲間を助けて何が悪い?」
その問いに、エラセドはキョトンとした。
「どうした? ワシがオヌシに与するというのは、そんなにも妙な話なのか?」
「……いや、そういう事をサラッと言ってのけるヤツに、今まで会ったことが無くてな。正直、言われ慣れていない。」
……まぁ、面と向かって“自身の味方である”などと突然言われたら、確かにそうもなろうものか……
「困っている者がいたら、思わず助けたくなる
「……とんだお人好しだよ、オマエは……」
「自覚はしておる心算なのじゃがなぁ……」
「フフッ……」
静かに笑うエラセド。やはり、ワシらの間には、何やら強い結び付きがあるようだ。互いの呼吸が揃っているこの感覚……シェラタンと同じく、もしかすると、コイツやナトラも、前世からの……?
……ふと、エラセドが語った伝説の一節から、次の一文が想起された。“天のいと黒き
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