第肆章~鉄鱗山の“四人”~ / 第二節

「………………」

「辺境故にこんなものしか出せないが……まぁ、適当に寛いでくれ。」

 ……どうしてこうなっているのだろう?……

 ワシらは、ラサラスの街に迫る帝国軍一個師団との遭遇を回避すべく、宿屋の亭主の助力を得て、夜更けの平原を進んでいたところ、帝国軍の基地らしき場所に行き当たってしまった。更には、その基地の管理を任されているらしい帝国の騎士と遭遇……したまでは解るのだが、斯くして至った今の状況がまるで解らない。

 そもそも、ワシらは何故もてなされているのだろうか。ワシらは、篝火によって照らされている駐屯地の只中に招き入れられ、一番大きなテントの中に通された。中は兵士たちの食堂になっているようで、長方形のテーブル1つに椅子4つのセットが幾つか設置されている。その一つに着席してほしい旨をエラセドから伝えられたので、言われた通りにすると、ワシらの目の前に食糧が並べられ始めたのだ。

 神国生まれの帝国騎士……エラセドの言うとおり、確かに出された食糧……干し肉、パン、ラム酒にナッツ類など……の質は余りよろしくなさそうである。だが、重要なのはそこではない。何故、ワシらのような聖霊人を捕まえて、こき使ったり愛玩したりしようとしてきた帝国軍が、無い物を絞り出してまで、ワシらの事をもてなすのかが理解不能なのだ。

「……一つ、非常に失礼な事を訊くぞ。」

「よし、聞こう。」

「これらの品々に、毒なぞは入っていまいな?」

「無論、入っていない。これは我らが備蓄している食糧の一部から、たった今、持ってきたばかりの代物だ。これに毒が入っているとすれば、軍上層部が我らを暗殺しようしている事になる。それでも心配なら、オレ自らが毒味をするが……」

「判った判った。オヌシの誠実さには畏れ入ったよ。」

 ……まぁ、毒が入っているなら、もう既に判っている筈だ。何故なら、食い物が出された途端、食らいついたヤツがいるからである。

「ご主人! これうめェでがスよ!……あむ……」

「アナタという人は……はぁ……」

 ……溜め息を吐いて、呆れ果てるシェラタン。言わずもがな、食らいついたのはナトラである。全く、ネコのクセして警戒心が無いというか、食い意地が張っているというか……

「まぁ、好意で出された物を拒絶するというのも気が進まんしな……シェラタン、ワシらもいただくとしよう。」

「……畏まりました、マスター。」

 ……全く、妙な心地だ。食い物の質は良くないが、不味いという程でもない。それに、ラム酒などの酒精は嗜好品の筈だ。海を往く船の上など、真水の確保が難しい場合を除けば、これを平時から飲用などするまい。とすれば……

「エラセド……」

「どうした?」

「貴重な酒まで振る舞って、ワシらを一体どうしたいと言うんじゃ?」

 ……何かしら意図が無ければ、夜道を歩いていただけの聖霊人を、こんな風にはもてなさない筈である。即ち、エラセドには何か真意がある筈だ。

「……警戒されるのも無理はない。我ら帝国軍が、オマエたちの同胞にしたことは、悪辣非道の所業だからな。」

「ならば、余計に理由が訊きたくなるというものじゃて。」

「順を追って話そう。」

 エラセドは、四つある席の最後の一つに、ゆったりと腰掛けた。

「……先ず、この駐屯地についてだ。ここは“鉄鱗山駐屯地”と言って、鉄鉱山の坑道入口を護る為の拠点となっている。」

「“鉄鱗山”?」

「この駐屯地の背後に聳える山だ。その名の通り、良質の鉄鉱石が採掘できる。言い伝えに因れば、かつて神々と争い、打ち倒された“鉄の鱗を持つ巨竜”の遺骸が、地中に沈んで大地に鉄を齎したらしい。その“巨竜の鉄の鱗”が地上に隆起して出来たのが、この“鉄鱗山”であるという。」

 なるほど、“から成る”で“”か。

「それで、何から坑道を護っているのじゃ?」

「隣国“クァルブ大公国”の軍勢からだ。帝国が神国を併合するより以前から、帝国と大公国は、この山の鉄を巡って幾度もぶつかり合ってきた。」

 確かに、ここは国境の間近だ。大公国側からすれば、攻めやすそうな辺境の地であるし、もし占領に成功すれば、良質な鉄も手に入って一石二鳥……というワケだ。

「帝国が神国を半ば強引に併合したのも、この山あっての事だ。」

「その理由は?」

「大公国を治める“大公”は、神国の“法王”による認可無しでは、“大公”を名乗る事が出来ない……という戒律がある。神国と大公国は、古くから密接な関係にある二国なんだ。」

「ほぅ。」

「元々、今の大公国がある土地は、神国の法王領だった。かつて、時の法王猊下に仕えた聖騎士の一人が、多大な功績を上げた褒美として、猊下から土地を拝領し賜ったのが、大公国の始まりと伝えられている。」

 ……神国と大公国、どうやら、この二国は姉妹のようなものらしい。

「……この駐屯地にいる兵員は、オレも含め、全員が神国の出身者で固められているんだ。中には、帝国に対し批判的な言動を取ったというだけで送られてきた者もいる……何故だか判るか?」

「……監獄を兼ねた人の盾、か?」

「そうだ。帝国は、この駐屯地に神国出身者が集められているという情報を、大公国に対し敢えて漏洩リークさせている。大公国は神国を拠り所としているから、神国の者がいる場所には無闇に攻め込めない。その上、自分たちに批判的な者は、労働力として鉄の採掘に駆り出してさえいるんだ。」

 ……毎度の事ながら、卑劣な真似をする連中である。自らの手は汚さずに、鉄の入手と採掘場所の防衛を両立させる……余程、人をこき使うのが好きな国のようじゃな……

「……とは言え、じゃ。それがワシらをもてなす理由にはならんと思うが?」

「神国の古い伝説に、こんな節がある……

 “国乱れ、神々の教え喪わるる時、白き狐クヴィータ・レフル、天のいと黒きほらの裡よりきたりて、この地に再誕す。白き狐クヴィータ・レフル、新たなる理を世に知ろ示し、我ら、新たなる地平を拓かん”

 ……というものだ。」

「……その白き狐クヴィータ・レフルというのが、ワシの事じゃと?」

「……はっきりと断言するワケじゃない。だが、白き狐クヴィータ・レフルが世に現れるというのは、変革の兆しと言われているんだ。実際、オレはオマエを見たとき、自分の中で“何か”が変わるのを感じた。その“何か”は、もしかすると、現状への絶望だったのかも知れない。何故だかは判らないが、オマエを見てると、絶望が希望に変わっていく気がする。だから、オレはオマエを無下には出来なかった……という事さ。」

 ……案外と、理想主義者ロマンチシストなのじゃな、コイツは。何となく、あの兜を脱がせて顔を拝みたくなってきたわい……

「あの……それでは、我々はマスターのオマケという事ですか?」

「そういうワケじゃあない。ニハルが相手なら、オレも迷わず付いていく、という事だ。要するに、オレもオマエたちの同類というワケだな。」

「そうでしたか。神国生まれとは言え、帝国の騎士をも味方に付けるとは……やはり、これもマスターのカリスマが成せる業、ですね。」

 ……これも、ワシのカリスマとやらが引き起こした事態、というワケか……益々以て、どう検証したらいいか、判らなくなってきてしまったではないか……

 だが、ここに来て初めて、ワシの“ニハル”という名を、親しく呼んでくれる者と出逢えたのも、また事実。シェラタンの“マスター”は、これはこれでしっくりくるし、ナトラの“ご主人”も、言われていて悪い心地はしない。そして、エラセドが呼ぶ“ニハル”……何故だろう。コイツらとは最近知り合ったばかりの筈なのに……エラセドに至っては、つい先程……、永く共に時を過ごした友のような感覚がある。この“結束感”……これは、もしや、“絆”なのか……?

「エラセド様!」

 途端、叫び声によって思考の海から引き揚げられるワシの意識。声の主たる兵士は、必死の様相を呈している。

「何事だ?」

「定時警戒任務中の偵察部隊から緊急伝達! “大公国軍の一団が当駐屯地を目指し進軍中、同様に、帝国軍第五師団が当駐屯地へと進行中”、との事!」

 ……例の師団は、鉄鱗山ここを目指していたというのか……

「馬鹿な……大公国は、我ら神国の民を討ってでも、この山が欲しいとでも言うのか!?」

「待て、エラセド。」

 ワシの制止に、怒りを納めたエラセド。

「……大公国軍が攻め込んでくるこの時を、帝国軍の上層部は知っておったのかもしれん。」

「ニハル、それはどういう事だ?」

「そもそも、ワシらが夜道を歩いていたのは、宿を取ったラサラスの街に、帝国軍の一個師団が接近中との情報を掴んだからなのじゃ。」

「……という事は、我らが感知する前に、帝国軍は大公国軍の進攻を察知していたのか……」

「もしかすると、若干違うかもしれん。」

 ワシの言いたい事を察したか、兜越しに感じる気配が、驚愕と憤怒が入り雑じったものへと変わっていった。

「……今から起きる二国の争いは、取り決めを成して行われるいくさ……“戦争遊戯ウォーゲーム”かもしれん、という事じゃ。」

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