第陸章~“風”たちの休息~ / 第一節

「おい! 起きよ!」

 御者の頬を平手で叩き、覚醒を試みる。御者は白目を剥いて気絶しているが、命に別状は無さそうだ。

「ど、どうですか?」

「……ダメじゃな。起きる気配が無い。」

「大丈夫なのでしょうか……」

 運搬商の旦那は、心配そうに御者を見ている。因みに、ワシらの事はゲオルギウスから言付けられていたようなので、面倒な説明等々は省略した。何でも、“皇帝陛下の極秘の来賓”だと言われたとか……どうしてそうなった……

「命に別状は無い。度の強い酒か、或いは、香りのキツイ酢でもあれば、気付け薬になるのじゃがなぁ。」

「残念ながら、酒類や調味料は前回の輸送で運び終えてしまいましたし、今回の荷物は服飾用の生地が中心ですから……ただ、“帝城”まで行ければ、ブランデーの一本や二本ぐらいありますよ。」

 “帝城”……あの城の事じゃろうな。

「ニハル!」

「エラセドか。後ろの御者はどうじゃ?」

 エラセドが肩を竦めた。

「ダメだな。完全に気絶してしまっている。」

「と、なると……」

「オレたちが馬を牽いていくしかない、という事だな。」

 ワシとエラセドは、揃って溜め息を吐いた。

「……仕方ない。城まで行けば、御者たちの介抱も出来ようて。」

「申し訳ありません……私が不甲斐ないばかりに……」

 申し訳なさそうに、平謝りする旦那。まぁ、あんな……“骨だけの人でなし”に襲われたら、ワシだって足を止めざるを得ない。お互い様なのだから、そこまで謝る事も無いと思うのだが……

「……まぁいい。兎に角、早く城に行こう。騒ぎになったら面倒じゃ。」

「ニハル、これを着てくれ。」

 エラセドが手渡したのはフード付きのローブ……これは、シェラタンのローブだ。

「念の為……とシェラタンは言っていたな。オレが兜と鎧を着ているのを見て、思い付いたそうだ。」

「なるほど、これで頭と尻尾を隠せばいいのじゃな。」

 怪しげな感じは拭えないだろうが、普通の人間に見えはする筈だ。気休めにはなるだろう。

「むぅ……やはり……」

「どうした?」

「……余りにもブカブカじゃな。ワシには大きすぎる。」

 フードは深く被ると視界を隠してしまう。袖は長すぎて、捲らないと袖口から手が出ない。丈も長すぎて地面に擦る……動きづらい事この上無い。

「……何ともまぁ、妙ちくりんな見た目になってしまったな。」

「仕方がなかろう……」

 歩きづらさを我慢して、馬の手綱を牽く。この荷馬車は二頭立てなので、牽引する馬も当然二頭いる。二頭共に大人しく物怖じしない気性のようで、怪しげな見た目のワシが牽いても、素直に付いてきた。まぁ、荷牽き用に暴れ馬を使うなど、愚の骨頂でしか無いのだが。

「あの門からお入りください。」

 旦那が指差した先には、閉じられた跳ね橋が見える。遠くからは判らなかったが、跳ね橋があるという事は、城の周囲には堀が巡らされているらしい。

 荷馬車が堀の縁に着くと、鈍い金属音を立てながら、ゆっくりと跳ね橋が降り始めた。誰かが荷馬車を目視した様子は無い。不思議に思いつつも荷馬車を進めると、二台が渡りきった直後、跳ね橋が上がり始めたのだ。周囲に人の気配は無い。

 どういう仕組みかは不明だが、あの跳ね橋は、特定の対象を認識すると、独りでに動作する代物であるようだ。この世界における機械技術の発展度合いを鑑みる限り、あれもまた“魔導”による技術なのだろう。ここまで来れば、一般市民の目を気にする必要もない為、ローブを脱いで後方の荷馬車の荷台に放り込む。中にシェラタンが乗っている方の荷馬車だ。

「もうすぐ、到着ですよ。」

 この城は二重の城壁を有しているようで、今は内壁と外壁の間を進んでいるところだ。運搬商の旦那が指差す先、内壁側に立派な門扉が見える。両脇を、長槍を携えた二人の衛兵が固めているが、大丈夫だろうか……

「お待ちしておりました、ニハル殿!」

「……は?」

 ……衛兵が発した予想外の言葉に、一瞬だけ硬直してしまう。

「ゲオルギウス様から話は聞いております。どうぞ、お通りください。」

「陛下もアナタ様との面会を心待ちにしておられます。さぁ!」

「……調子が狂うわぃな……」

 ……もっとこう、つっけんどんな感じで嫌々通されるのかと予想していたのだが、こんなにも歓待されているとは思いもしなかった。

 衛兵たちは儀礼的に、互いの長槍を一度交差させて打ち鳴らし、引き戻して石突で地を叩く。その合図と共に、鉄の門扉が重々しい音を響かせながら開いた。誰かが開いている様子は無い。機械的な仕組みも見受けられない。やはり、この門扉も、“魔導”によって自動で開閉する代物か。今の儀礼的な動作が、門扉を開く“鍵”の役割を果たしているらしい。

 ワシらと荷馬車が門扉の内側に入ると、そこはちょっとした広場になっていた。装飾は皆無だが、門扉のある面以外の三方にも城内への出入口が配置され、物資の分配を容易にしているようだ。

「さて、御者共を起こさねばな。」

「はい。アナタ方を荷運びにまで付き合わせるワケには参りませんので。」

 旦那は気合いの入った声でそう言った。まぁ、別に付き合ってやっても構わないのだが、“皇家御用達”のプライドがそう言わせているのだろうし、ここはそれを尊重するとしよう。

「来たか、ニハル。」

「ゲオルギウス……」

 ふと気付くと、騎士ゲオルギウスが正面から歩み寄ってきていた。

「そんなに身構える事も無かろう。」

「……すまんな。慣れるまでには時間が掛かる。」

 頭では大丈夫だと理解していても、身体の方が本能的に反応してしまう。この身を斬り裂いた男なのだ。そう簡単に慣れるものではない。

「さて、陛下がお待ちだ。一緒に来てほしい。」

「ちょっと待ってくれんか?」

「……何かあったのか?」

「ここに着く直前に、一悶着あってな……」

 ワシはゲオルギウスに、事の経緯いきさつを語った。

「“身体が骨だけの刺客”……まさか……」

「何か、心当たりでもあるのか?」

 一息置いたゲオルギウスは、おもむろに語り始める。

「……それらは恐らく、死霊術師の操る“骸骨の兵士”だ。」

「死霊術師……?」

「“魔導”の中でも、人々に忌避される禁術の一つ、死霊術……それを操る術師だ。死骸を己が下僕と成し、死者の尊厳を辱しめる連中なのだ。」

「……そんな奴らの一人が、皇家御用達の荷馬車を襲った、と?」

「恐らくは、な……」

「理由に心当たりは?」

「無い、とは言えんな。陛下は改革を推進しておられるが、それに反発する勢力があるのもまた事実だ。恐らく、陛下の改革に反対する者共が、死霊術師を雇って荷馬車を襲わせたのだろう。アナタがいなければ、皇家はあらぬ批判を被るところだったワケだな。」

 ……確かに、新皇帝が改革を急進する中、反対勢力によって皇家の関係者が殺されたとなれば、この事件を槍玉に上げて、“反対勢力の暴走”の根本的原因が“改革の急進”であると、声高に主張するであろう事は目に見えている。しかし、それが目的ならば、真っ先に運搬商の旦那と御者たちを殺すよう仕向ける筈だ。だが、あの時、真っ先に攻撃されたのは他でもないワシだった。偶然と言えば偶然なのかもしれんが、もし、連中の狙いがワシなのだとしたら、連中の目的は……

「よし、判った。御者たちは城の職員に介抱させよう。アナタは仲間たちを連れてきてくれ。ワタシが謁見の間まで案内する。」

「……了解した。」

 ワシは荷台に戻り、ナトラを叩き起こしたところ、まだ寝惚けまなこのままだった。あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、今までぐっすりと眠りこけていたらしい……何と図太い神経を持っていることか……。エラセドはシェラタンを伴ってワシの元へと来た……うむ、やはり、あのローブはシェラタンが着るべきものじゃな……

「ムニャァ……朝飯ァまだでがスか……?」

「ナトラ……アナタという人は……」

「フフッ、いいじゃないか。緊張感の無いヤツがいれば、こちらの気もほぐれるというものだ。」

「……よし、こちらは集まったぞ。」

 集合を確認し、ゲオルギウスへ声を掛ける。

「了解した。それでは、参ろうか。」

 ゲオルギウスの後に続き、城内へと進むワシら一行……はてさて、どのようなヤツが待ち受けている事やら……

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