第陸章~“風”たちの休息~ / 第二節

 “帝城”……王国の城が“王城”なのだから、帝国の城が“帝城”と呼ばれるのは、至極当然の事ではあるのだが、騎士ゲオルギウスの語るところに因れば、この城にはもう一つの名前があるらしい。

「“グラン・レグルス城”……それが、この城の正式名称だ。」

 レグルス……それは確か、この国を含む地方の名であった筈だ。重ねて訊くと、次のような事らしい。

 この城は、レオン帝国が勃興するよりも遥か昔から、この地に聳えていたという。かつて、此処レグルス地方は、現在のように複数の国が林立する“地方”ではなく、ある一つの国家が統治する“領土”であった、との事だ。その国の名は、“レグルス王国”。現在、地方内に現存する国家や自治圏は全て、この王国から分裂した国々であるらしい。“レグルス地方”という名前は、この国の名に因んで名付けられたようだ。

 グラン・レグルス城はその名の通り、“偉大なるレグルス王国”王家の居城……つまりは“王城”だった場所である。ついでに聞いた話だが、帝国皇家は血筋を辿ると、王国王家の直系に当たるらしい。要するに、レオン帝国は偉大なる古代レグルス王国の直系に当たる国だ……と言いたいようだ。

 ゲオルギウス曰く、城内は迷路のように通路が入り組んでいるという。皇家の者やその使用人たちが普段から日常生活を送る空間にも関わらず、何と城内の地図が用意されているのだ。この城には、元老院の議場や各種政府機関の事務局、市民向けの受付など、多数の人が利用する場所があるらしいのだが、それならば、城内を案内する地図があっても不思議では無い。しかし、そう言った一般向けの案内地図の他に、関係者用の詳細な地図が存在するという。日頃から城に住んでいる者でさえ、場所に因っては、地図が無いとまともに移動できないらしい。話のついでに現物を見せてもらったのだが、各階層毎の地図が、階段の側などに掲示されているのである。ワシが見たのは謁見の間に向かう途中にあったものだが、地上階は然程複雑には見えない。だが、ゲオルギウスに因ると、“地下階は正に迷宮”であるようで、新入りの使用人は、携帯用地図の携行とベテランの付き添い無くば、決して地下に足を踏み入れてはならない……との事であるらしい。ある時、とある新入りが偶然、地下に迷い込んで、そのまま野垂れ死んで以来、そういう決まりなのだそうだ。

 何故、そんなにも複雑なのかと訊くと、ゲオルギウスは、“旧王国時代の城が、そのまま今の帝城の土台となっているからだ”と答えた。この城に住まう王家の者が帝国を建国して今に至るまで、永い年月に渡り、その時々の要望に応じて、増築と改築が繰り返されてきたという。増築に次ぐ増築、改築に次ぐ改築が、迷宮そのものな地下階の構造を築き上げたようだ。その上、現在の地図にも記されていない場所が、この足元には無数にあるという。その為、遺跡の探索を生業とする者に、地下階の調査を依頼しているというのだから、驚きだ。ただ、気になる事が一つ……その内の何人かは、地下に入っていったきり、今の今まで帰還していないという……

「さて……この扉の向こうが、謁見の間だ。」

 地上3階の最奥……眼前には、豪奢な意匠モチーフの浮き彫りが施された大扉が、前に立つ者を睥睨している。獅子が描かれた盾を抱えるドラゴンの浮き彫り……“獅子が描かれた盾”が皇家を表すのは判るが、それを抱える“ドラゴン”は、一体何を意味するのだろう?

「ゲオルギウス、扉に描かれた“ドラゴン”は何の象徴じゃ?」

「“ドラゴン”は旧王国の国章に用いられていた意匠モチーフだ。この浮き彫りは、皇家の血統を表現している。」

 なるほど……この“ドラゴン”は“先祖”を表しているのだな。

「さぁ、陛下がお待ちだ。扉の前に立ってくれ。」

「うむ……」

 言われた通り、大扉の前に立つ。すると……

「おぉ……?」

 ……浮き彫りのドラゴンの眼が光り、重低音を響かせながら、扉が開く。これも“魔導”式自動扉なのか。実に便利なものである。

 扉の奥は、荘厳な空間に続いていた。足元には赤い絨毯が敷かれ、玉座までの道を成している。壁面にはステンドグラスの窓が設けられ、カラフルな光が部屋中に満ちていた。そして、玉座には……

「おぉ、遂に来てくれたか。さぁ、こちらへ!」

 ……“小さな人”が。それも、。その声は甲高く、まるで子供か女性のようだ。

「………………」

「どうした? 早く来てくれ! ボクはキミたちと会いたくて、ウズウズしていたんだ!」

 ……これは一体、何の冗談だろう。“偉大なる帝国を新たに統べる事となった若き皇帝陛下”とゲオルギウスから聞いていたものだから、年若くも威厳のある20~30歳頃の青年であらせられるのかと想像していたのに、こんな、幼児おさなごのように小柄……実質、三頭身……で、威厳よりも愛らしさを纏った人物が出てくるとは……

「ふふっ……陛下の御尊容に驚いたのだな?」

「……オヌシに笑われるとは思わなんだよ……」

 初めて聞くゲオルギウスの笑いに嘆息しつつ、陛下の御前に歩み寄り、片膝を突き頭を下げて平伏する。相手はあれでも皇帝……要するに、帝国の最高指導者だ。例え儀礼的であっても、礼節はわきまえるべきである。

「……この度は拝謁を賜り、身に余る光栄と……」

「そんな堅苦しい挨拶は抜きしようよ。さぁ、表を上げて!」

 ……いざ弁えようとしたら、可愛らしい声が頭の真上から聞こえた。“表を上げろ”とのご指示に従い、顔を上げると、眼前には満面の笑みを称えた陛下のご尊顔が……

「……陛下は自由であらせられるのじゃな。」

「敬語もいらないよ? ボクはニハルたちと“同じ”だからね。」

 ……こんな皇帝がいて良いのだろうか。いや、“平和の象徴”としては、アリかも知れない。だが、即位からまだ間も無く、強権的であったという先代皇帝の風潮が未だに強いとなれば、紛糾ふんきゅう騒擾そうじょうの火種が燻る事は十分にあり得る……そうか、その為の“ゲオルギウス”なのか……

「では、改めて名乗らせてもらおうかの……ワシの名はニハル。レフル族のニハルじゃ。」

「ボクのは、“ザール・アルシェマリ=アルフス・レオン=レグルス”だよ。ご存知の通り、レオン帝国の新しい皇帝さ。“アルシェ”って呼んでね!」

 正式名……では、ゲオルギウスから聞いた“ザール・レオン=レグルス”というのは、“省略名”だったワケか。そっちの名を聞くと、思わず偉丈夫を思い浮かべてしまうのだが……はっ、まさか……それを狙っての事なのか……?

 陛下……改め“アルシェ”の姿を、改めて確認する。クセっ毛のショートヘアーは淡い金色で、くりくりの瞳は深い海のように蒼い。丸っこい顔に三頭身の身体……身長は、ワシら四人の中でも特に小柄であるワシの腰の高さと同じくらいだろうか。服装は豪奢の極みであり、美麗な金糸細工が施された赤いジュストコール(前を閉じない膝丈のコート)、同じく赤地に金糸細工のジレ(所謂“ベスト”)、首元にはレースのジャボ(首元を飾るヒラヒラとした装飾)、下半身は黒と白のショース(俗に言う“半ズボン”の形状をした黒い“オー・ド・ショース”の裾の裏に、膝丈の靴下である白い“バ・ド・ショース”の口が縫い付けられている)と、黒い鞣し革の靴という出で立ち。だが、それ以上に目立つものがある。尖った耳だ。確か……“エルフ耳”とか言うのだったか?……

「アルシェ……失礼とは思うが、オヌシ……」

「言いたい事は判るよ。この“耳”の事だよね?」

「そうじゃ。オヌシ……普通の人間では無いな?」

「うん、そうだよ。」

 臆する様子も無く、さらりとそう言ったアルシェは、次の瞬間、フワッと宙に浮かんだ。その背には、半透明の“翼”……生物的ではなく、絵画に描かれる“風”の意匠モチーフと酷似している……

「ボクはね、聖霊人なんだ。」

「……何じゃとっ!?」

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