第伍章~帝都に吹く“風”~ / 第二節
「まさか……キサマが生きているとはな……」
朝焼けの中、ワシの内心は激しく揺れていた。ワシの“知識”の中では、決して有り得ない事が起きているからである。
「覚えていてくれた事に、改めて感謝する。」
「何故、甦ったのかについては、是非とも訊きたいところじゃが……先ずは互いに名乗り合いでもしようかの。」
「そうだな……我が名は“ゲオルギウス・ドラコ=ヨアニナ”。誇り高き帝国の騎士である。」
高らかに名乗り出た騎士ゲオルギウス。重厚なその声は、朝風すら遮って響き渡る。
「ワシはニハル……“レフル族のニハル”じゃ。」
「ニハルか……美しい響きだ。」
自身を殺した張本人の名前を褒め称えるとは……随分と酔狂なヤツじゃなぁ……
「それで、死んだ筈のキサマは、甦ってまで何をしにきたのじゃ? 今度こそワシを捕まえて、帝都に凱旋する心算かのぅ?」
「それもいいかも知れないが……ワタシは心変わりしたのだよ。」
……ん? 何を言いたいのじゃ? コイツは……
「それは……ワシが五体満足な状態では到底捕まえられないから、いっそのこと殺してしまおう……という事か?」
「そんな事は考えもしていない。ワタシは“アナタ”方に、是非とも帝都へ来て頂きたい……と嘆願しに参ったのだ。」
……何やら、風向きが変わってきたぞ……
「我々に……帝都へ来いと?」
訝しげに問い返すシェラタン。元はと言えば、コイツが帝国軍……と山賊共……に襲われていたのを助けたのが、全ての始まりだったのだ。
「帝国軍、そして我が国の貴族たちも含め、我々がアナタ方“聖霊人”に行ってきた蛮行の数々……今さら償いきれる罪で無い事は、重々承知している。」
「では、何故……」
「我が主のご意向だ。先日、新たなる皇帝陛下として即位された我が主……“ザール・レオン=レグルス”陛下は、帝国の現状を憂い、その改善を推し進めようとしておられる。」
新たな皇帝……コヤツが心変わりしたのは、もしかすると、これが原因かも知れん……
「しかし、ワシらが帝都へ行って何になる? ワシらは飽く迄も、ただの“聖霊人”じゃぞ?」
「陛下はアナタを、伝説に謳われる“クヴィータ・レフル”であるとお考えだ。“クヴィータ・レフル”の出現は、世が乱れ、改革を要される時代であるという兆し……陛下は、アナタが齎すとされる“新たなる理”に、一筋の希望を見出だされたのだ。」
……何となく、イヤな予感がする。もしかして、コイツも……
「ワタシはアナタによって生死の淵に立たされた。だが、それはワタシにとっての“変革の時”だったのだ。その淵を彷徨う中、ワタシは己自身と対峙した。虚ろな漆黒の鎧……それは、ワタシの心に巣食った“驕り”と“傲慢”の化身……
ワタシは“それ”と戦い、そして思い知らされた。おぞましく“驕り”高ぶる我が凶剣にて斬り裂かれてきた者たちの思いを、ワタシの“傲慢”が奪ってきた罪無き命の怨嗟を……
……ワタシが恐怖と悔恨とに押し潰されんとした正にその時、漆黒の鎧が何者かによって討ち倒された。
……感慨深そうに、臨死体験を語るゲオルギウス。この後に続く言葉が、何となく判るのは気の所為じゃろうか……
「……その時、ワタシは気付いた。我らと同じ“人”である筈の“聖霊人”を、人以下に蔑んだワタシを戒める為に、彼女は自らの手を煩わせてまで、ワタシを殺してくれたのだ、と……ワタシは深く悔悟し、そして、改心した。ワタシが死の淵から生還した後、ワタシの体験を拝聴された陛下が、志を同じくする者として、ワタシを直属の近衛に拝命なされたのだ。
……あの時、全てが変わったのだ。“新たな地平を拓く”という伝説の通り、“驕り”と“傲慢”に
……死を体験すると、人はガラッと変わるという。肉体的にはそのままだろうが、中身は最早、別人ではないか。“死”とは、そんなにも人を変えるものなのか?
それにしても……今まで感じたことが無い位に、凄まじく妙な心地だ。自己防衛本能が暴走した所為で、図らずも殺してしまった男が生き返っていて、しかも、その男から“殺してもらったお陰で救われた”と称賛される……こんな状況が他にあるじゃろうか? お陰で、ワシの脳髄は熱暴走を起こしかけておるわ……
「アナタ方には、是非とも帝都へお越しいただきたい……が、行動の選択はアナタ方に委ねよ、とも陛下は仰っていた。実際、どうするかはアナタ方の自由だ。」
「……一つ、訊きたい。」
「何なりと。」
「先程、ワシの首筋に剣を向けたのは何故じゃ?」
問いを聞いたゲオルギウスは、申し訳なさそうな素振りを見せる。
「……大変失礼な事とは承知している。だが、体面的に、ああせざるを得なかったのだ。軍の上層部が黙っていないだろうからな。」
「貴公は軍と無関係なのか?」
エラセドがそう訊ねた。立場は違えども、二人は共に帝国の騎士である。
「陛下直属の近衛部隊は、軍と指揮系統を異にする完全な独立部隊だ。更に、その再編もまだ始まったばかりでな……先代の強権的且つ傍若無人な思想に染まった者が数多くいる中で、ワタシが聖霊人と親しくしている様を見せれば、アナタ方の安全を完全には保証できなくなる。その上、軍の上層部はタカ派に支配されているから、余計に危険だ。
そこで、陛下は一計を案じた。軍内部でも我らに近しい思想を持つ者を個別に引き抜き、特別な部隊を編成したのだ。そして……大変不本意ではあるのだが……ワタシがアナタに刃を向け、その事を彼らが軍に報告すれば、上層部のタカ派たちは、ワタシが自分たちの意に沿った行動を取ったと信じ、安堵するだろう。彼らへの言い訳も立ち、アナタ方の安全も保証される……という次第だ。」
……つまりは、大勢の旧体制派を黙らせる為の口実が必要だった、というワケか。改革も楽なものでは無いな……
「では、改めてお訊きする。帝都へ来て頂けるか否かを……」
……うぅむ、どうしようか……
正直な話、行きたくないと言えば嘘になる。ワシはまだ、“帝都”をこの目で捉えてはいないし、貴族たちに関する噂の真偽も知りたい。皇帝陛下の真意についても気になるし、何より……
「……求められておるのに応えぬというのは、ワシの信念に反する事じゃ……よかろう。」
「では……」
「じゃが、一つだけ条件がある。」
ワシは振り向き、エラセドを見据えた。彼の部下たちの事だからである。
「この奥に、300名程の部隊がおる。軍によって鉄鱗山駐屯地から追われた者たちじゃよ。彼らを自由にする事……これが条件じゃ。」
「了解した。軍上層部が彼らを消したがっていた事は、こちらでも既に把握している。彼らがここで戦死したように情報を偽装すれば、上層部も口を閉ざすだろう。これでよろしいか?」
「うむ……」
……一応、これで今のところの憂いは消え去ったか。これから何が起こるか判らないのだから、課題は片付けておくべきである。
「……では、行くか?」
シェラタンに声を掛ける。
「ワタシは……マスターが往くならば、例え地獄だろうと付いていきます。」
……相変わらずである。
「オラぁ、
……
「帝都か……訪れるのは久し振りだな……」
……エラセドは一度訪れた事があるようだ。感慨深そうな、だが複雑な表情を浮かべている。
「よし……では行ってやろうではないか。“帝都リオニス”へ!」
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