第弐章~“科学”と“魔導”は邂逅す~ / 第三節

「さてと……講義の“受講料”と言っては味気無いかも知れんが、オヌシには色々と教えてもらわねばならぬ事が多々ある。」

「は……」

 自宅の書斎にて、向き合うワシとシェラタン。小さな丸テーブルを中心に、二脚の椅子にそれぞれ腰掛けて、である。最低限ではあるが、応接用の家具があったのは幸いというものだ。

「ワシが記憶を喪っておるというのは聞いたな? ワシは、今、世界がどうなっているのかが判らん……例えば、“どんな技術が普及しているのか”とか、“どんな国があって、誰がどのように統治しているのか”とか……要するに、この世界に関する常識が、ワシには欠けておるようなのじゃよ。」

「なるほど……」

「そこでじゃ……オヌシには、この世界に関して色々と教示して貰いたいのよ。無論、可能な限りで、な。」

「畏まりました、マスター……ワタシの知り得る限りの事柄であれば、なんなりと。」

 ワシの要請に対し、深々と拝礼するシェラタン。

 ……しかし、何もそこまで畏まる事も無いとは思うのだが。その“マスター”は、“先生ティーチャー”や“教授プロフェッサー”と言った意味である筈で、“ご主人様”という意味では無い筈である。

「……どうされました?」

「!……い、いや、何でもない。」

 軽く咳払いをし、白を切る。ともあれ、今は、余計な詮索は不要だ。知るべき事を訊かなければ。

「先ず手始めに……オヌシを追っていたあの連中、奴らは何者じゃ?」

「山賊然とした者共については誰かも知りませんが、兵士たちについては判ります。」

「ほぅ。」

「彼らは、“カルディア・レオントス神聖帝国”の兵士たちです。」

 “カルディア・レオントス神聖帝国”……名前の“カルディア・レオントス”という部分からして、元々、一つの国家では無かったかのように感じる。一体どのような国なのだろうか。

「“カルディア・レオントス神聖帝国”は、元々、“カルディア神国”と“レオン帝国”という二つの国家でした。“帝国”が“神国”の政治的権力を自国側に吸収する形で、現在の“神聖帝国”が誕生したのです。ただし、建前上、二国の主権はそれぞれの国に独立したままですので、便宜上の国境が“神聖帝国”領土内に存在しています。尤も、飽く迄“便宜上”の国境ですので、越境に制限はありません。」

 なるほど……表向き、二つの国はそれぞれ現存しているように見えるが、実際には併合によって“一つの国家”の体を成している、というワケだ。

「“カルディア神国”は“アスティール教”の総本山でして、全世界の教会を束ねる“カルディア聖庁”があり、これがこの国家の主体となっています。」

 “アスティール教”……全世界に教会が点在しているという事実は、この世界において、これが最も一般的に普及している宗教である、という証左になる。

「“聖庁”における最高権威は?」

「“法王”と尊称される人物です。しかし、個人名などの詳細な個人情報は、その一切が秘匿されていまして、それを知り得るのは“聖庁”の最高幹部である12人の“枢機卿”だけ……と言われています。」

 全世界に普及している巨大宗教の総本山……その政治的権力は“帝国”に吸収されたと聞いたが……

「政教は分離されておるのか?」

「はい。かつては、聖庁内に“枢密院”という政治機関があり、所属する枢機卿たちの合議で国内の政事まつりごとを定めていたそうですが、“レオン帝国”との併合を機に“枢密院”は解体され、現在、国内の政治的権力は“レオン帝国”側に集約されている状況です。」

 宗教は“神国”が、政治は“帝国”が……という構図が出来上がっているのだな。

「一方の“レオン帝国”は、絶対君主制と共和制とが混在する独特な国家です。」

「ふむ。」

「国家の絶対的主権は、最高権威である“皇帝”に委ねられています。ただ、広大な帝国領土全域を統治するというのは、“皇帝”一人の身には余りにも荷が重すぎるという事で、“元老院”がその責務を分担している……というワケです。」

「具体的には?」

「先ず、“元老院”が国民の意見を吸い上げて政策の概案を策定します。策定された複数の概案は、一旦“皇帝”の元へと奏上され、“皇帝”は今の帝国に必要な政策の概案を選択します。この際、“皇帝”は“賢人会議”による口添えを受けます。」

「“賢人会議”……?」

「帝国領土内の有識者たちの集団です。“皇帝”の見識が一辺倒にならないよう、様々な場面で口添えをしたり、知識的に“皇帝”を補佐する為の人々なのです。」

 ほぅ……“皇帝”に、過ちを犯させないようにする為の機関、というワケか。だが、この手の機構システムは、時に最高権力を傀儡にする事もあるし、できる可能性を秘めている、とも言える。

「選択された政策概案は、再び“元老院”へと戻され、そこで概案を元にした具体的な政策が策定されると、再度“皇帝”へと奏上します。最終的に、“皇帝”が政策の可否を決定し、可ならば、勅令として発布され、然る後に施行される……と言った具合です。」

 うむ、“皇帝”がやりたい放題できる政治形態で無いことは判った。主権的には絶対君主制でありながら、共和制を取り入れる事で制限君主制に限りなく近づけ、“皇帝”による独裁を未然に防いでいる点にも好感が持てる。だが……

「そんな奴らが、何故ワシらを捕らえようとしたのじゃ? それも“半殺し”などという物騒なやり口で……」

「………………」

 シェラタンが重苦しい表情を浮かべている。そんなに深刻な問題なのか?

「彼らにとって、ワタシたち“聖霊人せいれいびと”は……“物珍しい生物”程度の存在なのです。」

「奴らは、ワシらに人権を認めていない……と?」

「平たく言えば、そういう事です。」

 ……何とも腹立たしい話だが、それ故に、詳細を知りたいところだ。

「知恵ある者に当然の権利を認めんとは……これは如何なる事なのじゃ?」

「……“アスティール教”では、夜空の星々を神として信仰しています。そして、その化身たるのが、“聖霊”です。」

「ふむ、良くある話じゃ。」

「“聖霊”は獣の姿を以て世に顕現すると伝えられています。ですから、我々“聖霊人”は、“聖霊”の御心と人の血を共に受け継いだ、神々と人々の聖なる繋ぎ手……として、崇められてきました。」

「ほぅ。」

「しかし、“アスティール教”の総本山である“カルディア神国”が事実上併合されて以来、世間に対する“アスティール教”の影響力が弱まってきているようなのです。聞いた話では、“帝国”の貴族たちが皆、こぞって我々の同族を捕らえているとか……」

「何の為にじゃ?」

「表向きには、“保護の為に”と謳っています。“アスティール教”を信じない者たちにとって、ワタシたちは、非常に高値で売れる“希少動物”です。あの山賊たちも、恐らくは、闇市で売るためにワタシを襲ったのでしょう。そういう者共から我々を守るため……というのが貴族たちの言い分です。」

 ……人売りが横行しているというのか。ワシらが“非常に高値”なのだとしたら、普通の人間は“安く”売られているという事なのかも知れん……

「ですが、彼らの言葉は所詮、ただの建前に過ぎません。彼らは恐らく……珍品蒐集と同じ感覚で、或いは愛玩の為に、我々を捕らえているのでしょう。」

「ワシらのような知的存在を、骨董品や愛玩動物ペットと同じ感覚で見ていると言うのか! その屑共はッ!?」

「は……はい……」

 気圧されたように硬直するシェラタン……しまった、つい熱くなってしもうたか……

「んん……いや、すまん。余りに酷い有り様を聞いてな、怒りが沸点を越えてしまったようじゃ。」

「いえ、その怒りは至極当然のものです。とは言え、一般の市民たちは、我々を“ちょっと特別な人”ぐらいに思ってくれているようですし、貴族も公衆の面前で手荒な真似はしたくないようですので、その点は幸いと言えます。」

 ……確かにそれは幸運だ。“金になる動物”として追い回されるのは我慢ならないが、だからといって、“神の使者”などと持て囃されるのも、却って居心地が悪い。ごく自然に、何事も無く街の人混みを歩けるに越したことは無いのである。

「それにしても……随分と詳しいな?」

「はい?」

「オヌシの見識が広い事に感心しておるのじゃよ、シェラタン。」

「そんな……ワタシは職業柄、各地を流れる事が多いだけで……」

 後頭部を翼でさすりながら、恥ずかしそうに照れるシェラタン……ほぅ、可愛い顔もできるのじゃな……

 感心した直後、二人の腹の虫が、ググゥと見事に重奏ユニゾンした。

「おっと……そう言えば、朝から何も食っておらんなぁ。」

「そう言えば、そうでしたね……どうしましょう?」

 ……やれやれ、今度こそ狩りをせねばならんのかなぁ……

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