第玖章~“魔導科学研究所”、始動~ / 第一節
「ふぁぁぁ~……ぁあ……」
眩しい朝日を浴びながら、大欠伸をかます。ベッドの上で半身を起こし、思いっきり背伸びもしながら……兎にも角にも、先日は疲れに疲れた……
丸一週間、水以外に碌な食事も無く、空きっ腹の状態で普段なら眠っているような時間帯に、巨大な蜥蜴の化け物と死闘を演じる……我ながら、実に酷い冗談だと思う。ワシが野性動物の生命力を併せ持つ聖霊人だったから生き残れたようなもので、並みの人間なら死闘を演じる前に餓死していてもおかしくはない。例え餓死せずとも、あんな化け物と戦えるような状態を保てはしないだろう。まず間違いなく、最初の立ち会いでガブリと一齧りか、あの火球で焼き払われて終わり……本当に、良く生き残れたものだ。それもこれも、“
しかし、あれはあれで妙な術だ。シェラタンに訊いたのだが、魔術を行使する為の魔方陣とは本来、
科学を理解するワシからすれば、あの魔方陣は科学的な……それも素粒子論的な……公式の羅列であると解るのだが、一部、行使者であるワシにも理解できない部分が存在する。それは、どう見ても意味を為さない数字と文字の羅列なのだが、別に魔術的と言うワケではない。魔術的な文章は魔術的に意味のある文字列を形成しているが、これは明らかに違う。支離滅裂も甚だしいまでに乱雑に組み合わされた複数の数字と文字……まるで、“文字化け”しているかのようだ。電子的記述方法が存在しないこの世界において、“文字化け”というのもおかしな話だが、事実、そのように見える。もしかすると、これは、人の脳の処理能力を超えたところに……?
「うぅむ……」
……いずれにせよ、一人での研究に限界が見えてきたのは間違いない。電子的情報ネットワークの無い世界において、人一人が調べられる情報の量など、たかが知れている。より多くの情報を扱う為には、情報を集積する為の“基盤”が必要だ。となると……
「……“研究所”など、設けてみるのも面白かろうな。」
先ずは身近なところからコツコツと……その為にも、情報の集積地は必然的である。宿屋や酒場のような、雑多な情報が淀む溜まり場では無く、より純粋な情報を厳選できる環境が相応しい。その面で、“研究所”は最適と言える。集めた情報を精査・検討し、研究に値するものとそうでないものとを選り分ける作業は、“研究所”における最初の仕事だからだ。人員や設備などの具体的な事柄は兎も角、次なる目標としては最良であるだろう。
「そうと決まれば……おぉ?」
早速行動に……移ろうとしたが、腹の虫が飯を催促しだしている。ここ2、3日は
「ふぅ……まずは、飯か。」
ベットから降り、服を着替えて食堂へ向かう。そう言えば、やはり時折、服が新品の如く変わっているのだが、気になってアルシェに訊いてみたところ、新品の如く服を綺麗にする魔術があるらしい。“クリーニング”と通称されているようで、それを生業とする専門の職人的魔術師がいるそうだ……ワシの知っておる“クリーニング”とは大分異なるが、最終的な目標は同じであると思われる。とは言え、服の素材そのものが新品に置換されるような魔術を、“クリーニング”と呼んで然るべきなのだろうか……結果的に“クリーン”になっているのは違いないのだが。
「おはよう、皆の衆。」
「おはようございます、マスター。」
「あ、ご主人。おはようござりス!」
「おはよう。今日はちょっと遅いお目覚めだな。」
もはや見馴れた三人組……シェラタン、ナトラ、エラセドが、食堂にてワシを出迎えた。食卓には、精白パンと干し肉のスライス、生野菜のサラダが並べられている。食品が乾いている様子は無い事から、つい先程並べられたようだ……タイミングが良すぎやしないか? この城の使用人は、ワシが部屋を出るのをどこかで見ているとでも言うのだろうか……
「……部屋の出入りを監視する仕掛けでもあるんじゃろうか……」
「言い得て妙ですね。使用中の部屋の扉が開けられると、使用人詰所に置かれたそれぞれの部屋に対応するベルが鳴る……という仕組みのようです。我々も起床時間はバラバラだったのですが、寝床から出てここへ向かうと、着いた時には既に食事が並べられていたのですよ。」
「実に手際の良い事じゃな……」
……そう言う仕掛けがあるなら納得だ。それがこの城の礼儀なのだろうし、口を挟むのは控えるとしよう……とは言え、ワシ自身の個人的な意見としては、余り気味の良いものではないと言わざるを得ない。やはり、我が血肉となるものは、自らの手で調理してこその食事だろう……となると、“自宅”も必要か……そうだ! どうせ“研究所”を拵える予定なのだから、“自宅”に併設すればいいではないか……うむ、我ながら
「さて、そうと決まれば……」
「ん? どうかしたスか?」
「そろそろ、ワシらも“自宅”を持ってよい頃合いではないか……と思っておったのじゃよ。」
「“自宅”スか……エエでがスね!」
「いつまでも陛下の世話になりっぱなしというのも気が引けますし……丁度好い頃合いでしょうね。」
「あの事件以降、少なくとも帝都内部では、聖霊人への潜在的な偏見は薄れつつあるようだし……好い頃合いというのは間違いじゃないだろうな。」
ここにいる仲間たちの同意は得られた。後は、アルシェとゲオルギウスに話を通さねばな。
「よし……食事も済んだし、アルシェ陛下に謁見と洒落混むかのぅ。」
「ボクならここだよ!」
「っ!?」
……背後から聞こえた声に、ビクッと身震いしながら背後を見遣ると、フワッと浮かんで椅子の背凭れに頬杖を突いているアルシェがいた。
「……いつから、そこにいた?」
「さっきからいたよ。気が付かなかった?」
……全く気配を感じなかった。食事と思考に集中していたとは言え、気配を感じるのが得意なワシが、である。古来より、妖精は悪戯好きであると言うが、陛下もそうなのだろうか……
「話はどこまで聞き及んでいるのじゃ?」
「“自宅”が欲しい、ってところまでは聞いてるよ。」
……ほぼ全てではないか……まぁ、謁見に行く手間が省けたのは事実か。
「ならば、話が早い。それで、アルシェは同意してくれるか?」
「うぅん……皆が城から離れるとなると、それはそれで寂しいんだけど……」
「別に、城から遠い物件でなくともよいのじゃよ。敷地の中か、直ぐ側に居を構えてもよい。それよりも重要なのは、丁度好い物件が見つかるか、という事なのじゃ。」
「丁度好い物件?」
「うむ……帝都は既に、建物が過密に建っておる。まともに使えそうな空き地などは確認できんかった。新築が不可能となれば、丁度好い空き家を探さざるを得まい?」
「そう言う事かぁ……むぅ……」
フヨフヨと浮きながら、腕を組んで考え込むアルシェ。数秒の後、ハッとして顔を上げる。
「あるよ! 丁度好い空き家!」
「本当か?」
「うん。城の北隣に、皇家所有の小さな森と庭園があるんだけど、その中に、ボクの別邸があるんだ。」
「オヌシの別邸……という事は、皇帝陛下の離宮という事になるのか?」
「ううん。離宮はちゃんと別にあるよ。あの別邸は、ボクが先代から引き継いだものなんだけど、実際は殆ど使ってないんだ。いつか取り壊そうかとも思ってたけど、皆が使ってくれるなら大歓迎さ!」
満面の笑みで語るアルシェ。皇帝陛下の持ち物とあっては少々気が引けるというものが、使ってくれと言われて使わない手は無い。何よりも、アルシェは皇帝である以前に、ワシらの“友達”だ。朋友の好意を無駄にするワケにもいかんだろう。
「うむ……ならば、その別邸を貰い受けるとしようかのぅ。」
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