第漆章~新生、“賢人会議”~ / 第三節

「“星蛇の虚”……というのか、ここは……」

「そうだ。ここが、帝国国内における“賢人会議”の活動拠点となる。」

 円卓に据えられた椅子に着席したワシらは、頭上に広がる星空を眺める。因みにだが、ワシの座る席が、議長殿の席であるようだ。

 ……何というのだろうか……取り敢えず、“本物の夜空にしか見えない”としか言い様が無い。ワシは真っ先に、“ドーム状の天井に映像が投影されている”という可能性を疑った。しかし、投影する為の機構……映写機、古くは幻灯機……などは確認できないし、そもそも、投影されている映像には見えないのだ。それほどまでに、リアルな夜空が広がっている。まるで、天井や屋根を取り払って、実際の夜空を眺めているような気さえするほどに……

「ゲオルギウス……あの夜空は一体……?」

「ワタシも詳しくは知らないのだが……天井そのものに高度な幻術が施されているらしい。“辰天の一ツ星ポゥルステャルナ”を中心に据えた夜空が、常に映し出されている。」

 “辰天の一ツ星ポゥルステャルナ”……ワシの知識では恐らく、“北極星”と呼ばれている星の事だろう。それを中心に据えた夜空という事は、その周囲には……

「……のぅ、シェラタン。この世界に“星座”はあるのか?」

「“星座”?……“星神せいじんくら”の事でしょうか……?」

 ほぅ……“こちら”では、“星座”の事をそう呼ぶのか。まぁ、アスティール教では星々を神として崇めるというから、そちらの方が当たり前なのだろう。

「うむ、そうなのじゃろうな。」

「では、あると言えますね。天の頂にて不動なる“辰天の一ツ星ポゥルステャルナ”を中心に見て、昼の太陽が通る道を“星神回廊ゾディアクス”と呼びまして、その道の上に、12柱の神々が存在します。占星術の基本ですね。」

 ……なるほど、“星神回廊ゾディアクス”は“黄道”の事と思われるから、“黄道十二星座”の事を言っておるのじゃな……用語の相違こそあれ、占星術に関する事柄は、“夢の中の世界”と大差無いようだ。

「マスターの隣席の頭上には、“矢を射し者ボーガスキェッタ”という名の神が居られます。ここから右回りに、“渦巻く双角ゲーィト”、エラセド殿の席上に“水を湛えし器ヴァトゥンスベーリェン”、続いて、“海原の航行者フィェスクル”、ワタシの席上にあるのが“草原の白雲クルーティゥル”、その次に、“剛毅なる短角ナイゥト”、“連れ立つ二人の旅人トゥヴィービゥラル”、ナトラの席上には“鋏持つ堅甲クラッバディール”、その隣、アルシェ陛下の御座おわす席の上には、ここレグルス地方の守護神である“荒野を統べる王リィヨゥン”、更に続いて、ゲオルギウス殿の席上には“いと麗しき聖女フレィン・メェィ”、その隣が、“均衡を量る者ヴォーギェル”、“砂塵に潜む毒針スポルズドレーキン”と来て、マスターの席に戻ってきます。」

 ……恐らくは順に、射手座、山羊座、水瓶座、魚座、牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座の事だろう。対応する座席前の円卓上には、それらを象徴する紋章(♐、♑、♒、♓、♈、♉、♊、♋、♌、♍、♎、♏)も、ちゃんと描かれている……うむ、順番は兎も角、“黄道十二星座”の事で間違いなさそうじゃ。ところで、ワシの席上にある星座は……

「……となると、ワシの席上には何という神が居られるのじゃ?」

「マスターの席は……うぅむ……」

 悩むシェラタン。詳細不明の神なのだろうか。

「……すみません、判らないのです。ワタシの教わってきた“星神”は、12柱のみでしたから……」

 そうなのか……ワシの眼前にある紋章(⛎)から、その“星神の座”は、ワシの知識における“蛇遣い座”に相当するとは思われるが……

「……その神は“戒律の主クェーゴルムル”……決して語られぬ秘匿神にして、天地の戒律を統べる審判の神だ。」

 おもむろにそう語ったのは、ゲオルギウスであった。

「何と、秘匿された神なのか……」

「そう……戒律を統べるが故に、みだりに信仰してはならないとされている。戒律神を信仰するという事は、その使徒……即ち、“審判の執行者”になる事だからだ。その為、“戒律の主クェーゴルムル”に跪く事ができるのは、“審判の執行者”として神に認められた者のみ……先日、お亡くなりになられたクェルブ翁は、現在では唯一の“執行者”だったのだ。」

 ……そうか、それではシェラタンが知らぬのも無理は無いか……

「賢人会議の議長は、歴代の“執行者”が務める決まりなのだ……と、クェルブ翁から聞き及んでいる。自分にもしもの事があった時、新たなる“執行者”を探し出せ……ということづけと共にな。恐らく、クェルブ翁は自分の身に起きる事を予見されていたのだろう。議長が儚くなられた今、賢人会議を存続させる為には、次代の“執行者”を見つけ出し、議長を務めてもらう必要がある。」

 ……“賢人会議”が、そのような“神に選ばれし者”が議長を務める組織であったとは驚きだ。ならば、その役割は、一国の諮問機関に収まるものでは無いようにも思われる。とは言え、秘密結社さながらの“賢人会議”について、その委細を詳しく知る者は、この場には誰もいないのが実情だ。ゲオルギウスは、皇家と“賢人会議”との連絡役を任されていたらしいので、前議長から託けを受ける事ができたのだろうが、それ以上の事は何も知るまい……どうにかして、詳細を知る事ができないものか……

「むぅ……して、どうやって探し出せば良いのじゃ?」

「クェルブ翁はこうも仰っていた……“先ずはを見た事のある者を探し出せ。そして、その夢がを暗示させるものであったなら、この議場に招くのだ。資格ある者ならば、神の声を夢に聞くだろう”……とな。」

 ……じゃと?……思い当たる節がありすぎて、少し頭が痛いのじゃが……

「マスターの“夢”……まさか……!」

「な、何か、良く判んねぇけど、ご主人ヌぴったりなンでねェの……?」

「あぁ、オレも今、そう思った……」

 シェラタン、ナトラ、エラセドと、三人の仲間たちが次々と驚きの声を上げる。

「ホントにスゴいよ……ニハルは神様に選ばれる素質があるって事だよね。」

「しかし、まだ“神の声”とやらは聞いておらんぞ?」

「それはこれからの事だ。アナタに真の資格あらば、直に夢の中で戒律神よりお声掛けがある……という事らしい。歴代の“執行者”たちは皆、自分も含め、そうして“執行者”となったのだ……と、クェルブ翁は仰っていた。」

 ……何ともはや、妙な風向きになってきたものじゃ……勢い勇んで“後継を務める”などと言ってみたものの、推測される使命は想像したより遥かに重そうだ。なのに、ワシにはその資格があるやもしれんという。“資格がある”という事は、“使命を遂行する義務がある”という事に他ならん。いやはや、何とも面倒な事になってき……

『……えよ……“理…紡…し者”……』

 ……何者かの声が聞こえる。音は霞んでいて、判然としない。

『……汝……深…の底よ…来…し者よ……』

 また聞こえた。皆には聞こえているのだろうか。

「……のぅ、誰か喋ったか?」

「いえ、誰も……」

「ならば、何か聞こえたか?」

「いンや、なンも聞けェねぇでがスよ?」

『……我が声…聞く……ば……』

 誰にも聞こえていないのか……だとするなら、この声は、耳を介してではなく、頭に直接響いている事に……

『……いざ……我が元…と来たれ……』

「ぐっ!?」

 途端に歪む視界……何だ、これは……頭が痛い……割れそうな程だ……

「……マスタ……どう…れまし…!?」

『汝……門…開け。我が元へと至る門を。』

 ……シェラタンの声が霞んでいく……逆に、謎の声は明瞭さを増していく……

「うぅぅ……キサマ……何…者……」

『抗うべからず。激流に逆らえば、その身は自ずと砕かれるが故に。』

「あ……抗う…な……じゃ…と……?」

『左様。汝、流れに身を任せ、我が元へと来たれ。“理を紡ぎし者”よ。』

 ……どうやら……今は……考えるだけ……無駄なようじゃ……ならば……ただ……身を……任せる……のみ……

『今、ここに門は開かれた。』

「ぐぅぅ……ぅ……」

 瞼が閉じる……眼前には暗闇……墜ちる……堕ちていく……まるで、“夢”に見た“あの時”のように……

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