第33話:断章①

 驚いた。


 足早に進みながら、そっと胸の辺りに触れてみる。あの一瞬、爆発したかと思うほどの動悸がして、久々に己が生きている実感を得た気がした。


 (よくぞ思い切ったものだ。見ず知らずの相手と言葉を交わそう、などと)


 あまりにも長い間を独りで過ごしてきたためか、此方に戻ってすぐの頃は声を出すのも覚束なかった。拙いながらも会話が成立するようになったのは、新たに得た知己たちのおかげだ。元々口数が少ない自分といるとき、間に漂う沈黙を厭わずにいてくれる。


 誰かなど、こちらの分まで賑やかに話を接いでいってくれる。彼女と顔を合わせる一時は、数少ない楽しみといっていいものだった。


 「……あの若者にとっては、弦楽器リュートの乙女がそうなのだろうな」


 いつもの席にすとん、と腰を下ろして呟く。あれほど互いを想い合っているならば、さぞ良い相方同士となろう。彼らのためにも、早く活路を拓かなくては。


 僅かでも身体を休めておこうと、銀灰色の瞳をそっと閉じる。


 数百年前から変わらない静けさと、古き良き紙とインクの香りが心地よかった。

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黄昏の空に竜の舞う 古森真朝 @m-komori

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