第11話:竜の名は②

 「あそこで父様がうち使っていいよ、て言ってくれるとは思わなかったなぁ」

 ベッドの上でひざを抱えて座り、日中のようすを思い出す。仕立ても布地もあっさりした寝間着は、ほっぺを押し当てるとさらさらしていて気持ちいい。

 何せ直前まで怒り狂っていた父が、そこで真っ先に助け船を出してくれるとは全く予想していなかった。驚きはしたが助けた手前、最後までちゃんと面倒を見たかったこともあって、リーゼは一も二もなくお願いした。かくしてケガしたドラゴンは、首都でも比較的閑静な一角にあるバイルシュミット邸へ運び込まれることとなったのだった。

 だが、しかし。

 「……どーしよう」

 これまた何度言ったやらわからない言葉をくり返し、ころんと仰向けに寝転がる。なじんだ感触に少しだけほっとするが、どこかの誰かのごとく眉間に寄ったしわは消えない。ほとんど呻くような声で、

 「ようす見に行きたいけど、またアレルギー再発したらいけないし~……!」

 ……つまりはそういうことだったりする。ある程度はコントロールできるとはいえ、基本的に条件反射で出てくるのだ。怪我人を引っぱたくのはさすがに嫌である。

 横になって枕を抱え込み、丸くなったまましばらくうーうーうなっていたが、やがて勢いよく身を起こした。寝不足とストレスで目元が据わっている。……ダメだ、逆に気になって眠れない。

 「やっぱり行こう! 今ならどつき倒してもわからないかもしれないし!」

 よくよく考えれば失礼なことを口にしつつ、さっそく準備に取りかかった。普段着に着替えてざっと髪を梳かし、ブーツをはいて部屋からすべり出る。

 朝早くということもあって、家の中はしんと静まりかえっている。屋敷は小さな通りに面しているが、日中でもあまり人通りのない閑静なところなので、聞こえる音といえば小夜啼鳥さよなきどりのさえずる声くらいだった。

 何となく忍び足になってしまいながら、廊下をまっすぐ客間に向かう。骨折しているから、反発の少ない柔らかい寝床がよかろうと、いちばん良いベッドのある部屋に入れることにしたのだ。

 敷いてある絨毯のおかげでさして音を立てることなく、すんなりと目的地に到着。そっとドアを開けると、明かりを落とした室内には静寂が立ちこめていた。かすかに、薬の苦い香りが鼻をかすめる。

 入ると正面奥に、床まで届く大きな窓。向かって右側に暖炉があって、反対側にベッドが置いてある間取りだ。普段はめったに人が寝ることのない寝具には今、ちゃんとひとり分の膨らみがあった。

 そうっと近寄っていき、小さく絞った照明を頼りにのぞき込むと、思いの外安らかそうな寝息が聞こえた。ベルベットをめぐらせた天蓋の影になっているが、寝顔も穏やか、だと思う。

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