第二章:

第10話:竜の名は①

 かなしい。くやしい。憤ろしくも、慕わしい。

 様々な感情がない交ぜになって、胸を塞いでいた。それは今、このときも変わらない。

 けれど、その想いが何処からやって来るのかがわからない。知っていたはずなのに、どうしても掴めない。

 (なんだか、とても大事なものを置き去りにした気がする……)

 閉じた眼裏まなうらで思いながら、再び意識が沈んでいった。



 「……どうしよう」

 とりあえず、現状はその一言に尽きた。

 意を決して立ち上がるのだが、やっぱりやめとこう、と再び座り直す。しばらくするとよし! とまた席を立ちかけ、うーんでも……なんてつぶやきながら腰を下ろす。

 こんな動作を延々目の前でくり返されたら、見ている第三者はイライラするに決まっている。ちょっと落ち着け、といい加減にツッコミが入る頃だろう。それがないのは、ここがひとえに自分の部屋で、他に人目がないからだ。

 「うーん、気になる……!」

 三度ベッドから立ち上がって、何度言ったかわからない言葉をくり返すリーゼだ。

 現在の時刻は、夜中の二時を回ったところ。王城にドラゴンが飛来してから、ざっと八時間後のことだ。

 一連の騒ぎが無事終結した後、駆けつけてきた騎士団……というか先頭を切ってきた父に捕まって、リーゼは当然のごとくめちゃくちゃ叱られた。

 いわく、『自分の力量を過信するな、異常があったらまず報告しに来い!』とのことで。誓約の歌を使ってドラゴンを誘導する、なんてとんでもない無茶に激怒していたベルンハルトは、騎士団の面々になだめられてようやく矛を収めてくれた。……影で『鬼隊長』なんて呼ばれる父が、意外と人望厚いのを確認した瞬間だった。慕われてなかったら、誰も止めには入ってくれまい。

 アレルギー再発に加えて、人前でどやされたせいで一時は涙が止まらなくなり、顔見知りの副隊長(紅一点)に胸を借してもらい、ついでにロゼッタによしよしと頭をなでられた。そんな個人的には恥ずかしすぎる光景を、なぜか騎士たちおよびドラゴン一同が『あーいいな~』とかうらやましがって上司に睨まれる、なんて一幕もあったりしたが、それはまぁとにかく。

 何も壊れたものもないし、怪我人といえば当のドラゴンくらいなもの、しかもその当事者が気絶中というのでは、大した調査も出来ない。さっさと切り上げた一団は、城内にある医務室へ竜の青年を運び込んでくれた。

 そこで発覚したのは、右の肩と肩胛骨……つまりドラゴンで言うなら右翼の骨折と、全身のあちこちに軽い凍傷、さらには頭部打撲という、なかなか重い怪我だった。ついでに言うなら、ここのところ城内の医務室がいろいろあって塞がりがちなため、新たに患者を受け入れる余裕がないとのことで。

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