第4話:竜、北の空より来たる④

 執務室を飛び出したリーゼは、まっすぐ目的地に向かっていた。

 ここはロルベーア首都・マルモアの中心部。今出てきた騎士団の隊舎をはじめ、政治や軍事関連の施設が集中している区画である。その間を通り抜け、次第に視界が開けてくると、小高い丘の頂に国を象徴する建物が堂々とそびえ立っているのが目に入る。

 大小の尖塔を持つ、白亜の外壁もまぶしい巨大な建造物――王城である。

 お城の見本のように瀟洒な外観には、何度見てもため息が出てしまう。これから会いに行く友人によれば、よく晴れた夕方には入り日の橙色が壁に照り映えて、間近で見上げるとことのほか美しいのだとか。……ただし、広い上に通路が入り組んでいるので、ヘタすると脱出に必死で風景どころじゃなくなるらしいが。

 「……まさか、今日は迷ってたりしないわよね」

 いやいや、まさかそんなことは。仮にもここの住民なワケだし。

 そんなことを思いつつ道をたどり、正面玄関から真っ直ぐ中に入る。すっかり顔見知りの衛兵達が丁寧に一礼を送ってくれるのに会釈を返し、通い慣れた通路を進んでいくことしばし。

 「――あっ、やっと来た! こっちこっち」

 階段を上りきり、回廊を右に曲がると視界が開けた。いつもの待ち合わせ場所――日当たりのよいテラスで、こちらに気付いた友人がうれしそうに手招きする。その目の前にあるテーブルには、すでにお茶の準備が万端整えられていた。

 「遅くなってごめんね、ロゼッタ」

 「ホントだよーもうどんだけ待ったか……なんてねっ。気にしないで、何があったかは聞いてるから」

 「え゛」

 わざとふくれっ面を作ってから、ぱっと笑顔に戻っておどけてみせる。胡桃色のふんわりした巻き毛と、大きな翠緑の瞳が相まって大変可愛らしかったのだが、さり気なく発せられた一言が心をざっくりえぐった。固まる彼女に、ロゼッタは至って気楽なようすで言葉を続ける。

 「ほら、竜のひとたちって、何かあったらみんなうちに報告に来るじゃない。父さんといっしょに私も聞いてたんだよねー、今日はリュートで殴ったんだって? いやーすっごいタンコブだったなぁ」

 「わーわーわーっ! 具体的な描写はいいからー!」

 「あはははっ」

 またしても本日の失敗を掘り返され、あわてて耳をふさいで悲鳴を上げる。爆弾を放った友人はといえば、こらえもせずに声を立てて笑っていたりした。朗らかな声で、他意がないのはすぐ分かるのだが……だからって、大失敗がばれたという羞恥心は消せないわけで。

 「もう、ロゼッタ! 王女様が大口開けて笑っていいの、一応お世継ぎなのにっ」

 「公務の時はちゃんとやってるもーん」

 くやしまぎれのツッコミを余裕でかわし、すました顔でもってロゼッタ――正式名ヴェインローゼ・アルマ・フォン・ロルベーア、この国の第一王位継承権を持つ姫君――は、自分で淹れた紅茶で一息ついていたりする。悪気がないから当たり前だろうが、反省の色は全く見えない。

 真っ赤になってむくれていると、ロゼッタがようやく笑いを収めてこちらに向き直った。ごめんごめんと軽く謝って、

 「そんな気にしなくて大丈夫だよ。だいぶ慣れてきたんでしょ? さっきは不意打ちだったみたいだけど、最近はちゃんとそのつもりでいれば引っぱたくことも少なくなってきてるんだし」

 「……まあね。そもそも、うちにいてドラゴンに全然会わないってわけにはいかないんだもの」

 父親が現在進行形で隊長を務めているため、ほぼ毎日のように隊の騎士たちやそのパートナーが尋ねてくるのだ。家人としてその応対をしたり、また団の詰め所に出入りをくり返したりするうち、本当にわずかずつではあるが耐性がついてきたリーゼである。

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