黄昏の空に竜の舞う

古森真朝

プロローグ

 

 澄み渡る寂寞に 月の影落ちて

 焦がれ求める運命を 見守る星々――

 

 木々の狭間に唄が流れる。

 澄み切った高音は、水晶の鈴を打ち振るがごとく。低音は柔らかな響きを伴って、耳朶を優しく撫でてゆく。

 弦楽器を携え、妙なる調べを奏でるのは、うら若くも麗しき乙女。落ちかかる木漏れ日に淡い金の髪が輝く、その煌めきを紡いだような歌声が弾けた。


 ――刹那にも満たぬ刻 風花に寄せ

 永久とわを翔ける誓い 天球に結ばん


 嫋々と紡がれる旋律に、風鳴りが重なった。変化を捉え、歌い手が伏せた瞼を開く。

 黄昏の紫紺が映すのは、空を舞う鳥影――否。

 『――乙女よ』

 声と同時、ごうと風が吹きすさぶ。天より降り立つ巨躯を認めて、地上の少女が息を呑んだ。

 顔を首を、更には胴までを覆ったいらかの如き蒼い鱗。大地を踏む足は巨木のようにたくましく、ゆったりと差し伸べた翼は空を覆い隠さんばかりに広い。伝説そのものの姿を持つ竜がそこにいた。

 ふいに、小山の如き体躯が縮んだ。瞬きひとつの間に人の姿へと成り代わった竜は、年若い青年のなりだ。声もなく立ち尽くす少女に歩み寄り、優雅に片膝をつく。

 「このようにひそやかに歌を紡いでいるとは、なんと奥ゆかしい。しかし、今のは紛れもなく竜をぶもの」

 かすかに震える細い手を取り、安心させるように微笑を浮かべる。その瞳は鮮紅色に透きとおり、の身が人でない証の、黒々と縦に裂けた瞳孔を持っていた。

 「怖がらないで、麗しい人。古の盟約により、召喚の歌に導かれてまかり越した私に、どうぞ永劫の誓約を――」

 諾と応えるであろう乙女の声を待ちわびながら、竜はその指先に儀礼の口付けを贈る――――はず、だった。

 「いぃーやぁぁ~~~~~~~~~ッッ!!!」

 ……引きつった悲鳴と共に、少女が弦楽器で相手を張り倒さなければ。

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