第一章:
第1話:竜、北の空より来たる①
「……これで何度目だろうな、一体」
深い深いため息とともに放たれた、相手の第一声がそれだった。
思わず肩がびくつく。あくまでも静かな口調と地を這う重低音が、凄まじい迫力をかもし出している。これは相当来ているときの声だ。
(怒ってる、もんのすっごく怒ってるー!!)
うつむいたまま顔を上げられず、半泣きでひざの上の弦楽器を握り締める。思い切り鈍器扱いしてしまったにもかかわらず、本体には傷ひとつついていない。が、それがよけいに罪悪感を増幅させた。別に壊れてほしいわけじゃないが、自分も何らかの被害を被った方が気が楽なのだ。あくまでそんな気がするだけではあるのだが。
「聞いているのか、リーゼロッテ。ちゃんとこちらを見なさい」
「はいぃっ!!」
うっかり現実逃避しかけたところを、絶対零度の声音が引き戻した。飛び上がる勢いで姿勢を正し、おそるおそる――言われたからには仕方ない――視線を上にずらしていくと、見慣れた顔の中で厳しい光を放つ瞳があった。黒い髪をかき上げた眉間に、これでもかというほど深い皺が刻まれている。
……そのうち寄ったまま戻らなくなったらどうしよう。
最近増えている気がする縦じわの本数を心配していたら、咳払いが聞こえて我に返った。
「……どこを見ている」
「ごごごごめんなさい! 私のせいかもって思って!!」
「お前が生まれる前からこうだ、気にせんでいい。……体質は相変わらずか」
「…………はい。父さま」
そっけない言い方で図星を指されて、再びリーゼの肩が落ちた。深々とついたため息が、静かな執務室ではやけに大きく聞こえる。
――リーゼロッテの実家は、代々
竜騎士とはその名の通り、ドラゴンをパートナーとし、終生共に戦うという誓いを立てた騎士達の称号だ。その戦闘力は高く、国の内外で魔物の討伐など特別な任務を任されている。その起源はここ、ロルベーア王国の建設当初にさかのぼるという、由緒正しき職業である。
騎士となるには本人の素質が大きく関わり、同じ家系から続けて輩出されるとは限らない。そんな中、幾代にもわたっての任命歴を持つバイルシュミット家は名門とされる。現に今目の前にいる父親・ベルンハルトは、筆頭騎士隊の長を現役で勤めている猛者なのである。
そんな身内を見て育ったリーゼが、自分も同じ道に進みたいという夢を持つのはごく自然なことだった。幸い気構えや武器の扱い、あと誓約に必須である楽器や歌も平均以上にこなせており、いたって順風満帆な道のりだった。
……途中までは。
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