第2話:竜、北の空より来たる②

 「竜族が半径三十歩以内に入ると拒絶反応が出る、というのではな」

 「……努力はしてます。けど、ほとんど条件反射だから」

 そうなのである。

 ありのままの相手を受け入れる、というのは、他者との信頼関係を築く上で基本中の基本。竜騎士の場合も同様で、『竜を恐れないこと』が最も重要視される。

 実地に訓練を積むようになって初めて気付いたのだが、リーゼはドラゴンが生理的にダメなのである。大抵の竜族は人の姿を取ることが出来、気を遣って変身してくれるのだが、それでも本性を知ったとたんにパニックになってしまうという筋金入りだ。最初の段階でつまずいて以来、いろいろと頑張ってはみたものの、いまだに改善されないままだった。

 そんな内幕を知っているだけに、努力をないがしろにするようなことを告げるのは気の毒だが、致し方ない。しょんぼりとうなだれる娘にこっそり息をつき、出来るだけ穏やかな口調で言葉を紡いだ。

 「――今年の立志式は見送れ。その方がいい」

 「えっ、でも!」

 「でもも何もあるか。現に結果が出ていないだろう」

 痛いところを突かれて言葉に詰まった。確かにこのまま行けば、一月後に騎士志願者が行う立志式には間に合わない。竜騎士としての志を表明する式典には本人だけでなく、パートナーたるドラゴンも必ず出席することになっている。

 でも、あきらめたくない。ぎりぎりまで足掻かなければ、何のために努力してきたか分からなくなる。

 「嫌です! いくら言いつけでも聞けません、まだ頑張れます!」

 「そういって無理を押した結果が今日の失敗だろうが」

 「次こそ上手くやってみせます! お願いしますっ」

 「出来なかったらどうする? 言っておくが、いくら竜族が寛大だといっても限度があるぞ。同じようなことが何度も続けば、人間そのものに対する心象が悪くなる。最悪、今後一切の召喚に応じなくなるかもしれん。そうなった場合、お前に責任が取れるのか」

 「うっ……と、取れません、けど!」

 冷静かつ厳しい追及に、思わず及び腰になりつつも必死で食い下がる。頑張れ私、ここで身内に負けるようじゃ未来なんかないぞ!

 自分を励ましつつにらみ合う。ほぼ真後ろに当たるドアからノックが聞こえたのは、そんな折だった。

 「失礼します。隊長殿、先ほどの書類ですが……おや」

 「レナードさん!」

 控えめな呼びかけと共に現れたのは、二十代半ばほどの青年だ。若草色の瞳を丸くした彼に、身構えていたリーゼがぱっと笑顔になった。そのまま椅子から立ち上がり、ダッシュで背後に回り込んで盾にする。

 「どうしたんです?」

 「ちょっと抗戦中なんです!」

 「こら、分が悪いからって他人を巻き込むな」

 「父様が初志を叩き折ろうとするからでしょ!」

 「わざと人聞きの悪い言い回しをするのはやめんか」

 「まあまあ。お二人とも落ち着いて」

 またしてもヒートアップする父娘おやこの論争に、だいたい何が起こっているか察したらしい。間に入った青年の、栗色の髪が似合う優しげな顔立ちに苦笑がにじんでいる。

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