第3話:竜、北の空より来たる③

 「今日の一件はいちおう伺ってます。先ほど当事者ドラゴンさんにもお会いしましたよ」

 「……怒ってましたか?」

 「いえ、全く。ひどく驚かせてしまって申し訳ないと、むしろ恐縮されていました」

 そんなふうに言ってもらうと逆に気がとがめるが、気分を害していなくてよかった。こっそり胸をなで下ろしていると、レナードが穏やかな声で話を続ける。

 「思うに今回、呼ぼうと思って呼んだわけではないんでしょう? 目立たないところで練習していたつもりが、たまたま先方の耳に入ってしまっただけで」

 「はい。急に声かけられたから驚いてしまって……少しは慣れてきたんだけど」

 「ええ、リーゼロッテはよく頑張っていますから」

 にっこり笑ってよしよし、と頭をなでてくれる相手に、リーゼの頬がうれしそうにほころんだ。すっかり懐いているようすの彼女に、身内は何やら微妙な表情をしていたが、口を開くより先に青年が言葉を接ぐ。

 「確かに何らかの手立ては必要でしょうが、まだ立志式まで一月と少しあります。もう少し様子を見ては? 出席届は前日まで受け付けていますし」

 「…………………………一週間前まで待とう。それまでに成果を出して来い」

 「やった! ありがとう父様!」

 思わずその場でガッツポーズし、それでも足りなくて相手に飛びついた。礼にはまだ早いぞ、と冷静なツッコミが入ったが全く気にならない。ひとしきり喜んでから、ほほ笑ましそうに見守っていたレナードを振り返った。

 「ありがとうございます、これでロゼッタにも心配かけなくてすみます」

 「おや、これから何かご予定でも?」

 「今日はお茶しようって約束してたんです。私すぐ顔に出るから、何かあったら即ばれちゃうし」

 「ふふ、なるほど。ではお気を付けて」

 「いってきまーす!」

 元気よく出て行くリーゼをいってらっしゃい、とにこやかに見送る。ぱたんとドアが閉まると、案の定背後で盛大なため息が聞こえて苦笑がこぼれた。

 「お疲れ様です」

 「……いや、助かった。毎回すまん」

 執務机に肘を付き、片手で額を抑えている身内は、それでもどこかほっとした風情でそう返す。

 「何かの心的外傷トラウマとでもいうならまだマシだが、生まれつきだからな。本人に責任はないが……」

 「頑張りたい気持ちはよく分かるけれど、無茶はしてほしくない。それが努力だけでは補えない問題なら尚更でしょう。近しい身内に対してはつい感情が先に立ってしまうものです」

 まるで紙に書いたものを読み上げるように内心を言い当てる青年に、すっかり保護者の顔になっていた隊長は胸中で感嘆した。こうした相手の機微に聡い、こまやかな部分にリーゼも懐いているのだろう。……娘の父親としては微妙なところだが。

 「さすが、史上最年少で宰相に抜擢されただけのことはある。相変わらず良い洞察力だ」

 「昔取った杵柄というやつですから。……ところで、ベルンハルトさん」

 「ん?」

 互いに公私をきちんと分けるタイプなので、役職名ではなく名前で呼ぶのは雑談を振るときだ。すぐにそれと分かったから、気楽に手元の紅茶を含みつつ聞き返したのだが……それがいけなかった。

 「リーゼロッテのパートナーが同性の方だと良いですねえ。何せ入隊したら四六時中いっしょ、文字通り寝食を共にするわけですし」


 ごふっ!


 にこやかに放られた爆弾発言に、盛大に茶にむせて咳き込んだ。ああ、あえて深く考えないようにしていたのに!

 それから相手が復活してくるまでの数十秒間、実はけっこう良い性格をしている若き宰相は、心底楽しげにくすくす笑いを続けたのだった。

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