第23話:竜と暮らせば⑦

 ほっと息をついたリーゼの肩越しに、こちらもライトの豹変ぶりを目撃したらしきロゼッタが言葉を発した。いつの間にか席を立って移動したようだ。

 「もしかして、ちょっと思い出しかけたのかも! 何か引っかかることなかった? 気になる言葉とか」

 「言葉、っていうか……なんか突然、むかっとした、ような」

 「むかっと? 腹が立ったってこと?」

 「うん、たぶん」

 「うーん……」

 頭をかいて眉を寄せる本竜の証言に、二人そろって首を傾げる。

 ドラゴンは同族の結束が固いから、仲間に危害を加えられれば激怒してもおかしくはないが……記憶喪失真っただ中で、竜族としてのアイデンティティがいまいち曖昧な状態のライトに、一瞬我を忘れるほど強い連帯感が持てるのだろうか。

 「……あ゛ーっ、全っ然わかんない!」

 しばしうなったあげく、ロゼッタが先に白旗を揚げた。やおら目の前のナイフを掴み、ホールのまま手つかずだったケーキをざくざく切り始める。

 「こういうときは焦っちゃダメなのよ、うん。少ない情報で突っ走って、間違ってたら意味ないし。

 というわけで、まずは糖分補給~」

 「そうね……ところでロゼッタ、あなたの取り分だけ不自然に多いのは何でかしら」

 「えっ、そんなことないよ? はいリーゼの、ライトも食べてね~」

 「あるでしょそんなこと! 明らかに今くれたのの倍はあるじゃない、お皿からはみ出てるし!」

 「やだなぁ、気のせいだって。今日のお茶受けが料理長十八番おはこのオペラケーキで、私の大好物だからってそーんなセコいことは」

 「本音が漏れてるからっ! ……あ、ごめん。うるさくして」

 「いや、全然。かえって気分が良くなった気がする」

 いつもの調子でつっ込んでから、急いで謝る。ついさっき発作じみた不調を起こしたひとの前で、いくら何でも騒ぎすぎだ。しかし当のライトはといえば、全く気にした気配がなかった。むしろどこか嬉しそうな、ほっとしたようすで、

 「理由はわからないけど、二人のやり取り聞いてたら安心できたんだ。……ありがとな」

 屈託なく笑って片手でくしゃっ、とこちらの頭をなでてきたではないか。その仕草は例のごとく、至極自然な上にやたらと優しくて、大きな手のひらがとても温かく感じられた。

 ……不意打ちでこれは反則だ。

 「~~~~~っっ!」

 「……あれ、リーゼ!? どうした、顔真っ赤だぞ!」

 「あー、平気平気。この子慣れてないだけだから、ガンガンやっちゃっていいと思うよ~」

 「えっ、何を!?」

 「ロゼッターっ!!」

 慌てる好青年はひとまず横に置き、無責任極まりない友人へ抗議の声を上げるリーゼロッテ。その心はただ一つだ。

 (絶対、絶っっっ対に、一刻も早く手がかり見つけなきゃ! このままだったら確実に寿命が削れていく……っ!!)

 ライトの記憶が戻るのが先か、はたまた自分の心臓が負担に耐えきれなくなるのが先か。我ながら縁起でもないが、事実そうなりそうなのだからしょうがない。

 契約秒読みどころか、下手したら本人が恥ずかしさのあまり照れ死に寸前。ちまたのウワサにはほど遠い、竜騎士ドラグーン見習いの現実なのだった。


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