第15話:竜の名は⑥
結論から言うと、リーゼの判断はだいたい正解だった、ようだ。
「……あ、美味い」
「ホント? よかった、おかわりあるからね」
出された粥を口にしての第一声がそれで、そこからわき目もふらずに食べ始めたのである。
寝起きにいきなりたくさん食べていいものかと一瞬不安になったが、一応その辺も考えてのメニューだったから大丈夫だろう。ついでに自分の分もよそって食べ始める。
火から下ろして寝かせていたお粥は、牛乳と塩気が程よくなじんで優しい味だ。最後に入れたバターの風味が、上からかけたソースの甘さとよく合って食欲をそそった。うん、上出来。
そんなこんなでふたりして食べることしばし、なべの中は無事に空っぽとなった。
「ごちそうさまでした。あー、おいしかったー」
「うん。好きなんだな、これ」
「とっても! そっちも口にあったみたいでよかった、……ええと」
普通に会話を続けようとして、はっと気付いた。そういえば、まだ名前を聞いていないのだ。いろいろありすぎたせいですっかり抜け落ちていた。
今さらの事実に口をつぐむリーゼの向かいで、ドラゴンがひとつ瞬きをした。ついで、なんとも複雑そうな表情がその顔に浮かぶ。
「ライト。多分、だけど」
「……えっ?」
表情をそのまま音にしたような、微妙極まりない声が答えた。とっさに見直すと、たった今名乗った相手は更に困った様子でほおをかいている。眉の下がった情けない顔で、
「あー、なんていうか。十中八九そうなんだけど、そのまんま伝えると驚かせるだろうなぁって……
でも助けてもらったんだし、きちんと説明するのが筋だよな」
しばし迷った末、すっと姿勢を正してまっすぐリーゼを見つめ、おもむろに口を開いた。
「記憶がないんだ、俺。どこから来たかとか、自分のことが全然分からない」
残っていた記憶は、自分の名前だけ。それも本名なのか、誰かに呼ばれていた愛称なのかすらも分からない、ひどく曖昧な情報なのだという。
衝撃的なことを告げる相手の声は、落ち着いているがいくらか緊張してもいた。まなざしも真剣そのものだ。いきなりすぎて現実味のない告白だったが、ウソではないと素直に信じることが出来た。同意を示してひとつうなずく。
「……そうなんだ。それ、やっぱり昨日の?」
「うん、そうらしい。さっき親父さんから、頭に思いっきり殴られたような痕があったって聞いた。多分それが原因だろうって」
すんなり納得してくれたのに安心したのか、少しばかり緊張が解けた様子のライトだったが、さらりと続けた言葉に今度はリーゼが衝撃を受けた。頭に打撲って、それはまさか。
「き、昨日私が受け止めそこねたからじゃ……!」
「あ、違う違う。頭は飛んでたときから痛かったんだ」
それに魔物を振り切るのに必死だったが、今にして思えばその時点で既に記憶がおぼろげだったように思う。そういう
内心胸をなでおろしたリーゼの前で、とりあえず核心について話し終えたと思しき青年がいきなり大きく息をついた。安堵のため息かと思いきや、その表情はひどく冴えない。テーブルに立てたひじの上に額を乗せ、がっくりとうつむいてしまった。
「だから、迷惑かけないようにすぐ出て行こうと思ったんだけど……」
なんでもベルンハルト、記憶がない件を聞かされた際はひどく驚いていたが、すぐ我に返ると今のライトにも分かることを二、三聞き出し、『しばらくうちで暮らすように』と言い置いて出て行ってしまったのだという。いやこれ以上お世話になるわけには、と動けないながらも必死で辞退しようとしたのだが、
「……そしたら当て身で転がされて、うめいてる間に振り切られた」
「……うわあ」
まさに問答無用。ケガ人相手だからちゃんと手加減はしてくれたのだろうが、それにしたって思い切ったことをする。なるほど、殴ってでも云々というの、すでに自分で実行済みだったわけか。
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