第16話:竜の名は⑦
しかしライトにしても、怪我が治るまでの間くらいは安静にしておいたほうがいいはずだ。いくら竜族が人の数倍から数十倍の寿命と生命力を併せ持っているからといっても、傷を負えば当然つらい。ついでに彼の場合、身体の不調に加えて精神的にも不安定な状況にあるのだ。
「心配しなくていいよ。うちの父様、あれで竜騎士の隊長やってて顔が広いから、つてを当たってもらえば身元もすぐわかるだろうし。ゆっくり養生してて」
「……だけど、それじゃ君が困るだろ。それでなくても竜、苦手みたいだし」
ましてや俺、素性もよくわからないし、と自分の両手に視線を落とす。
ひとことの説明もなしにアレルギーを察しているのもすごいが、この状況で自分よりまずリーゼを気にかける濃やかさは特筆に価する。さすがは昨日、命の危機にさらされながら街を心配していたひとだ。
……しかし、これは確かに外には出せまい。マルモアは胸を張って誇れる立派な都だが、大都市の宿命として暗部も深い。人、いやさ竜の良さに付け込まれて、誘拐とか竜身売買とかに巻き込まれないとも限らないではないか。止めてくれた父に心から感謝だ。……やっぱり当て身はやりすぎだけど。
「私のことだったら心配しないで。確かにアレルギー持ちだけど、命に関わるようなものじゃないし」
「でも、嫌なもんは嫌だろ? やっぱり」
「うん、全然平気ってわけじゃないよ。だからね、協力してほしいの」
「……協力?」
うつむき加減だった黄金の瞳が、起きたとき同様にきょとんと瞬く。何だかかわいい。見た目の年齢相応な仕草に思わず微笑しながら、リーゼは続けた。
「うちね、ホントは父様のパートナーがいるんだけど、事情があって一緒に暮らせないの。で、私も竜騎士になりたいけど、さっき言ったみたいに体質があるでしょ? 出来たら同じ家で生活して、克服するのを手伝ってくれるひとがいたらうれしいなって」
幸い、慣れれば耐久力が上がってくるのは実証済みだ。立志式まで一月を切った今、残された手段はとにかくしょっちゅうドラゴンに接することくらい。となれば、一つ屋根の下に暮らしてくれる存在ほどありがたいものはない。
「……あ、もちろんイヤじゃなかったら、だけど。私しょっちゅう張り倒すかもしれないし」
相手が気を遣わなくていいように言葉を選んだつもりが、気付けば自分の都合ばかりになっている。あわてて手を振り、強制じゃないよとアピールしてみれば、穏やかに答えが返ってきた。
「いや、むしろそれは俺が言わなきゃ。ホントにいいの?
もしかしたら、どっかの盗賊のはぐれ者とかかもよ」
「もちろん。もし今言ったみたいな真相が分かったって平気だよ、私けっこう強いから!」
「……うん、それは知ってる」
さっき力の限りしばき倒されたので、文字通り身に染みている。そちらのほおをかきながらも、随分明るくなった顔つきでライトが笑った。
「じゃあお言葉に甘えて、しばらくお世話になります。よろしく、リーゼロッテ」
「こちらこそ! それとリーゼでいいよ、みんなそう呼ぶの」
「わかった。綺麗な名前だな」
「――ふぇっ!?」
今度こそ心からの笑顔で、さらりとほめてきたライトに当人が固まった。またぞろ原因不明のテレが全身を駆け巡り、自分でもはっきり分かるくらい顔が赤くなる。
落ち着け私、今ほめられたのは名前だ、私がきれいって言われたんじゃないぞ!
「あ、あああありがと! じゃ、片付けてくるからっ」
声が上ずりそうになるのを必死で押さえつけ、なべを持ってダッシュしようとしたら、ぱっと横から奪い取られてしまった。肩にはまだ包帯が巻かれたままだというのに、重たい鉄なべを片手で持っているライトが明るく付け加える。
「とりあえず、家事は折半な。お世話になるばっかりじゃ申し訳ないし」
「い、いいよそんな! ケガに響くって」
「大丈夫だって。適度に動かしたほうが、ずっと寝てるより治りが早いんだ。それに何となくだけど、俺けっこう頑丈な気がするんだよなー」
「気がするだけっ!?」
なんとも能天気なライトの言葉に、さっきのテレなんか彼方にふっ飛んだリーゼのツッコミが炸裂する。案外人の話を聞かないタイプなのかもしれない。元気が出たのはいいことだけど。
さくさく厨房に入っていくドラゴンに慌てて続きながら、リーゼの頭にふとよぎるものがあった。そういえば、すっかり忘れていたが……
(父様、何であんなに慌ててたんだろ?)
厄介なことになった。
隊舎に向かっている途中、彼の心の大半を占めていたのはそれだった。昨日保護した竜の青年に向けたもの――では、もちろんない。
「どうしてこう、面倒な事態というのはまとめて起こるんだ……」
類は友を呼ぶというが、この場合核になるのは誰なのか。自分と娘じゃないことを真剣に祈りたい。
「隊長! 来られてたんですか」
いつもの半分ほどの時間で移動を終え、馬から降り立ったところへ聴きなれた声が届く。視線を転じると、ちょうど建物から出てくる副隊長の姿があった。随分慌てた様子で駆け寄ってくる。
「今から向かうところだったんです、良かった!」
「……何があった」
基本的に落ち着いている彼女が、こうもはっきりと焦りを表に出すのはめずらしい。険しい顔つきで問いかけるベルンハルトに、息を整えた相手が言葉を続ける。
「今朝早く、
その現場にこれが、と硬い表情で差し出す片手に携えられたものを見て、嫌な予感は確信に変わった。
――細い指先が捉えているのは、一片の羽根。
去ったばかりの宵闇を思わせる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます